2007年03月26日

13:因縁の二人

上位種の女は艶やかな唇を動かし、水晶の響きのような美しい声をその隙間から漏らす。
言葉だけを聞けば、優しさと愛しさに彩られている。
しかしその表情はややうつろでどこか現実味を帯びていない。
目は剣呑な光を宿し、口元には薄い笑みを浮かべ、存在しえない相反する感情がその中に渦巻いている。

ダークエルフの青年、ラファエルは殺気を抑えようとする気配がない。
ティファとアルバートに背を向けているため、彼の表情は読めないが、おそらく凄まじい憎悪を貼りつけているであろうことが伺える。
そのことは彼の発する言葉にも現れていた。

「・・・今日こそ・・・返してもらう!」

歯を食いしばり、呻くように絞り出した言葉だった。
その言葉の意味は、二人のヒューマンにはわからない内容であり、響きであった。


女はゆっくりと歩みだし、少しずつラファエルへと近づいていく。
異形の魔物達がそれに続く。
美しく黄金の輝きを放つような上位種であるエルフが、おぞましい行列を作る魔物を付き従えている。
そして、同じく異種族であるダークエルフとのただならぬ因縁を伺わせるような発言。
今対峙している二人の人外が、浅からぬそして計り知れぬ関係であることは、容易に察することができた。

徐々にエルフとダークエルフの距離が縮まっていく。
離れた場所にいるティファとアルバートにも緊張が伝わる。
エルフは優雅な足取りで地を踏み、ラファエルを見つめながら歩みを進める。
その目にはラファエルしか映っていないのであろう。
爪と牙を魔物の体液で濡らした銀毛の獣、セロを一瞥することもなく、その隣を通り過ぎる。
セロは徐々に近づいてきたエルフに対し威嚇する体勢をとり、低く呻っていた。
セロは、遙か上位の存在であるエルフがその隣を通り過ぎる際、無意識のうちに体を竦ませ怯み、2,3歩退いていた。
しかし、自分の成すべきは主の命を実行するのみ。
自らの意志を奮い立たせ、本能に逆らい、一際大きくうなり声を上げると、力を溜めてエルフに飛びかかった。

容赦のないハイウルフの牙と爪が、エルフの美しい肌に食い込むことが想像された。
セロは、半ば無我夢中で飛びかかっていた。
主であるラファエルが一瞬驚いた表情をしたのを視界の端に捉えられた。
セロの牙は鋭く、爪は強靱な力を宿している。
セロ自身もそれは確信していた。
間違いなく自分の牙は、爪は、たとえエルフであろうと、その柔肌を切り裂くには充分な物であるはずだった。

しかし、セロの牙はエルフに届くことはなかった。
エルフはセロに視線を移すことなく、飛びかかってきた方向である左手を無造作に上げる。
突然、空中でその威力を削がれたセロは、自分の身になにが起こったのか瞬時に判断できなかった。
息苦しさに悶えながら周囲を見ると、主であるラファエルがスティングを構え、こちらを睨んでいる。
自分の体は、あろうことかエルフの細い片手に喉元を捕まれ、空中で制止されていたのだ。
仔牛ほどの体躯を持つ自分を女のエルフが片手で空中に掴みあげている。

にわかには信じられない光景であった。
しかし、自分の喉に食い込む恐るべき膂力は無情なほど現実を叩きつける。
明らかに尋常ではない力で締め上げられている。
足を動かし、その手から逃れようとするが、女の手は少しも緩む気配がない。
やがてセロは苦しそうに口を歪め、食いしばる牙の間から呻り声が漏れる。

その光景を見ていたティファが身震いしたのは、女の現実離れした存在にだけではない。
躍りかかってきた、閃光のような巨体の獣を掴みあげている女は、変わらず愛しい表情で薄い笑みを浮かべたままだったからだ。
一体あの二人に何があったのか。
いつしか、魔物達が自分達との距離も縮めていることに気付いた。
エルフの狙いはダークエルフの青年、ラファエルであっても、それを取り巻く魔物達は必ずしもそうとは限らないのだ。
ここに来て遂に、得体の知れぬ未知の魔物達と戦うことになるのだと悟った。
アルバートが先に前に出て、ティファを護るように立ちはだかった。
いつもの陣形だった。
アルバートが剣として最前線に立ち、ティファはその洞察力を最大限に生かし、やや下がった場所からアルバートの及ばない死角を埋める。
そして弓や魔法で剣をサポートする形だ。
ヒューマン二人の戦いも、今まさに始まらんとしていた。


エルフは、自分に飛びかかってきた獣を微塵も気にとめていない。
掴みあげ、締め上げる指に力が入るのも恐らく無意識のものであったのだろう。
呻き声を上げる獣は、自分とダークエルフとの間に入った邪魔者でしかなかった。
二人の距離は、セロの作り出した交錯から止まっていた。

視線が複雑に絡み合う。
空気が弾けそうなほどの緊張が、森にいる全ての者を包み込んだ。
posted by ラストエフ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

12:混乱の渦

森に一瞬の静寂が訪れる。
立ち並ぶ木々の間、
おそらく最深部であろう森の奥から姿を現した者は
ダークエルフから放たれる凄まじいまでの殺気を正面から受けているにもかかわらず、
黄金の輝きを放つように美しくそこに佇んでいた。

しかし
その光景はあまりにも異様だった。
普通の森であれば、上位種であるエルフに出会ったとしても
違和感はないであろう。
だがここは普通の森とは到底かけ離れている。
魔物達が跋扈し、
人はおろか命ある生物は好んで近づくことはないであろう、死の森だ。
しかも
その美しい女のエルフと対照的な醜い魔物達が、
彼女を護るような形で取り巻いている。

それだけで充分に「異常」が察知できた。
たとえそのときに、その女が口元に薄い笑みを浮かべていなくても。


上位種と比べれば、やや感覚の劣るヒューマンである二人、
ティファとアルバートにも、その異常は余りあるほど察知できた。
明らかに普通でないことが、視覚で、感覚で、嫌というほど感じ取れる。

ティファは、町中でまことしやかに囁かれていた噂を思い出す。

『魔物の群れの中に、綺麗な女がいた』

今目の前にいる、この美しいエルフがそれなのだ。
確たる証拠こそないものの、しかしはっきりとそう確信した。
それでも未だ混乱する頭をもどかしく思いながら、隣で自分を護るように立つ、頼れる血盟員に視線をやる。
隣の男、アルバートは変わらず警戒態勢を保ったまま、ティファの視線に気付くとゆっくりと口を開いた。

「あれが、魔物を統率しているヤツ・・・じゃないか?」

やはりアルバートもその結論に至っていた。
しかし、まだ確信には至らないように、言葉に力がない。

「私もそう思う・・・。ううん、間違いない。」

肌にまとわりつくような不快な空気に顔をしかめ、
喉を大きく動かして、しかしはっきりとティファは断言した。

「なんで上位種であるエルフが魔物引き連れてるんだよ!?」

落ち着いているように見えても、やはり混乱しているのであろう。
その言葉がやや荒々しく発せられたことが如実に物語っている。

「そんなのわからないよ・・・!」

答えが出ないことはわかっていた。
それでも言葉にせずにはいられなかった。
それは二人とも承知のことだった。

「しかも・・・町まで襲いやがって・・・!」

アルバートの顔が歪み、続く言葉は小さいものであったが、
混乱と怒りが混じり、苛ついた響きを含んでいた。

「理由はわからないけど・・・彼、ラファエルの様子もおかしい。あの人の言ってた『あいつ』っていうのも・・・彼女のこと?」

アルバートはここで驚いたようにティファを見た。
戦闘は得意ではなく、体格も小柄でアルバートの肩よりも少し低い。
あどけなさが残る表情には険しいものが刻まれている。
普段は明るく振る舞っているが、恐ろしい場面には小さく震える姿を何度も見ている。
アルバートにとっては、護るべき、言わば妹のような存在だ。

戦闘に関しては彼女は素人に近い。
このような前線にいることも場違いなほどだ。
しかし、その観察力と洞察力は鋭いものだと感心するものがある。
今回のことに関しても、
少なからずエルフの登場に混乱があったはずである。
にも関わらず、即座に周囲に視線を巡らせ、観察し、これまでの情報を整理している。
対してアルバートは、エルフの登場によって少なからず周囲への警戒が散漫していた。

ティファは、物事の全体的な把握と瞬時の判断力に長けていた。
アルバートはそのことを頼もしく思うと同時に何故か嬉しく思った。
その様子に気付いているのかいないのか、ティファは前を見据えている。

同じようにアルバートも視線を前、対峙する二人の人外の者へと戻す。
相変わらずラファエルからは、後ずさりしそうになるほどの殺気が放たれている。
それを真っ向から受けて悠然を微笑むエルフ・・・。
そしてそれを取り巻く魔物達。

先に動いたのは
エルフの女だった。


正確には
言葉を発したのだ。


その言葉は
二人のヒューマンを更なる混乱へと誘う、理解できぬものであった。


エルフが
笑みを浮かべたまま、ゆっくりと
しかしはっきりと
どこか現実味を帯びない声で、ダークエルフの青年に向かって
言葉をかけた。


「また、会いにに来てくれたのね・・・。」
posted by ラストエフ at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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