2007年05月30日

17:彼女の名

エルフは衣服の胸元を開け、眩しいほどに美しい肌を晒す。
そこには美しさとは不釣り合いな、しかし醜さを感じさせない十字傷が刻まれていた。
その傷に愛おしそうに触れるエルフは、怒りに身を震わせるラファエルに向かって話しかける。

「はっきりと覚えているわ・・・二人で誓った永遠を・・・」

ラファエルからの殺気が一段と激しく膨れ上がるのが明らかに察知できる。

それは、二人から離れた場所にいるティファとアルバートにもはっきりと感じ取ることができた。
五感の鋭いハイウルフであるセロは毛を逆立て、自分の主に恐怖を抱いているようであった。

「なにが起こってるんだ・・・!?」

アルバートが魔物を両断して呟く。
はなれた場所にいるために、エルフとラファエルの会話をはっきりと聞き取ることができない。

「動きが止まった?・・・あの二人、なにか因縁があるの?」

ティファも二人の人外に視線をやり、思わず手を止める。
エルフとアルバートはお互いの間合いの外で視線をぶつけ合い、その動きを止めたままでいた。

「・・・あなたは、なにか知っているの?」

ティファがセロに視線を移し、訪ねるように言葉をかけた。
しかしセロはその言葉には答えず、苦悩するように低く呻るだけだった。



ラファエルの精神が怒りに塗り尽くされる。
視界が狭まり、周囲の風景が薄れていく。
今視界にあるのは目の前に立つエルフの姿だけだ。
意識が暗い殺意に染まっていく。
自分の中が黒く黒く埋め尽くされていくのがわかる。
自分でも恐ろしいほどの殺意が沸き起こる。
殺気を抑えることができない。
両手に装着された爪が、さらに残酷な輝きを増して鈍い光を宿す。
静かに、一歩を踏み出す。
まだ遠い。
一瞬にしてこの間合いを詰めるにはあと三歩必要だ。
エルフは動きを見せていない。
あと三歩。
エルフがこちらに視線を向ける。
だがまだ動く気配はない。
あと二歩。
エルフが動こうとしている。
左手をこちらに向けている。
だがもう遅い。
あと一歩。
何を笑っている。
何をしゃべっている。
もう無駄だ。
次の瞬間には貴様を貫く。
覚悟しろ。
その姿を、その声を、その記憶を俺から奪ったことを後悔しろ。
懺悔の時間など与えん。
一瞬で終わらせる。
・・・間合いに入った。
そこから動くな。
今こそ返してもらうぞ。

ラファエルの動きは、常人では捉えることはできないものだった。
およそ一足では飛び込めないであろう距離を、一瞬にして無くした。
エルフの懐へ飛び込んだラファエルは、感情の欠落した表情のまま右手に力を溜める。
そして、強力な闇を帯びた爪がエルフに遅いかかった。

油断ではなかった。
怒りで自分を見失っていたのか。
あまりの殺意で周囲の全てを排除していたのか。
ラファエルの爪が貫いたのはエルフの体ではなかった。
いつの間にか二人の間に割って入ったのは、一匹の名も無き魔物。
少なからず狼狽を隠せなかった。
普段なら絶対にあり得ないことだ。
目の前に現れた魔物の存在に気付かなかったのだ。
おそらくこの魔物が判断した行動ではないだろう。
エルフの仕業に違いない。
奴は他の魔物さえ操れるというのか。

一瞬だがラファエルの動きが止められる。
その一瞬の隙に、複数の魔物がラファエルの体を拘束した。
右手は最初の魔物を貫いたまま捕まれていた。
魔物達に捕らわれ、そのままラファエルはエルフの前に跪く形となった。
魔物達に拘束されたラファエルの四肢がぎりぎりと軋む。
その様子をエルフはさらに楽しそうに、嬉しそうに微笑みながら近づいてくる。
エルフはいつの間にか右手の武器化を解いていた。

「・・・捕まえた・・・」

一層の熱を帯びた声でラファエルに近づいてくる。
そしてラファエルの胸元に手をかけ、衣服を開けようとしている。
その表情は相変わらず恍惚とし、夢を見ているかのようにも見えた。

ラファエルに手が触れる直前。
彼の衣服に伸びるエルフの手が止まる。
今まで優しい微笑みを浮かべていた表情が無くなり、目に冷酷な光が宿る。
そして空気を切り裂く一閃の光。
その正体はエルフに向けられて放たれた一本の矢であった。
しかしエルフはその矢を視線を移すことなく左手で掴み取る。
そして明らかな怒りを伴ってその相手へと視線を動かした。
その視線が突き刺したのは一人のヒューマン。
離れた場所で、自分の攻撃が通用しなかったことに驚きを隠せないでいるようだった。

ティファは無意識のうちに放った矢があっさりと防がれたことをにわかには信じられなかった。
エルフから、凄まじい怒りの波動を感じる。
いかに離れた場所にいるとはいえ、これほどの殺気を受けたのは初めてだった。
体中の血が冷え切るような感覚に襲われる。
全身から汗が噴き出る。
震えが止まらない。

「・・・邪魔をするな・・・!」

静かな怒りをティファに向ける。
先ほどまでとは全く違う、明らかな感情がティファの全身を貫く。
しかし次の瞬間。

「・・・!これはっ!?」

エルフの表情が驚愕に歪む。
矢を掴んだ左手を見た。
僅かに湯気を上げ、火傷したかのようにただれていた。
矢を地面に落とし、得体のしれぬ物に対する警戒が生まれ、矢から離れた。
脆弱なヒューマンに、少なからず動揺を与えられたことにさらなる怒りが芽生える。

「貴様・・・」

エルフの視線に捉えられたティファは膝が震え、力なくその場に座り込んでしまった。
アルバートが駆け寄り、その頼りなげな体を支える。
ティファの恐怖が最高潮に達するかの時であった。

「・・・運がいいわね・・・もう時間だわ」

エルフの表情から怒りが薄れ、皮肉を含んだ笑みを口元に浮かべる。
いつの間にか空は白み始め、夜明けを知らせていた。
エルフは再び優しい表情でラファエルに向き直る。

「また逢いましょう、ラファエル」

優しい響きの言葉を残して森の中へと歩いていく。
魔物達がそれに続く。

「・・・待てっ・・・!」

ラファエルが喉の奥から絞り出すような声を出す。
そして彼を拘束していた魔物達も彼女の後に続く。
魔物達から解放されたものの、四肢に力が入らずぎしぎしと軋む。
よろよろと立ち上がりエルフの後を追おうとするが、それすらできぬほどに消耗していた。
やがてエルフの姿は微かな笑い声だけを残して森の闇の中へと消えていく。

「待てぇ!!」

二、三歩前へ出るが木に手を付き、悲痛な叫びを上げるにとどまる。
太陽が昇り始め、森の闇が徐々に払拭されていく。
暖かい光に包まれる中、ラファエルの声が木霊した。

「フェリジアァァァァァ!!!」

おそらくあのエルフものであろう名を天に向かって叫んだ。
その声には、言いようのない憎悪と、怒りと、悲しみが含まれていた。
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2007年05月22日

16:愛憎の十字

鉄とも鋼とも質の異なる、鈍い衝撃音が暗い森に響く。
その正体はラファエルの装着するクロウと、エルフの女性が右手から捻出させた『硬質化した液体』とが打ち合わされる音であった。
ラファエルのクロウは両手に、エルフは右手に武器を装備していることとなる。
しかし、そのエルフは華奢な外見とは裏腹に、ラファエルの両手から繰り出される息もつかせぬ連続攻撃に対し、右手一本でいとも簡単にそれを捌く。

両者は瞬時に間合いを詰め、同時に斬り合った。
ラファエルは一撃で勝負を決する覚悟で、低い体勢のまま滑るように地を蹴り、最大にまで力を貯めて右手のクロウをエルフに対して放った。
エルフはその必殺の一撃が届く寸前に、左手でラファエルの右手首を掴み阻止する。
ラファエルはその程度で取り乱すこともなく、瞬時にもう片方のクロウを突き出す。
エルフはそれを右手で外側に逸らすと同時に、流れるような動きで刃物と化した右手をラファエルの首へと滑らせる。
ラファエルは右手を捕まれたままであるから後退することすらままならない。
しかしそのことを逆に利用し、右手を軸に体を右へ反らしながら左の頬を掠める凶刃を紙一重で避ける。
同時に左足を振り上げ、鋭く唸らせエルフの後頭部に風をも切るような重い蹴りを叩き込む。
が、その蹴り足は空を切る。
エルフはラファエルの右手を解放し、地に片膝をつき蹴りを潜るように避けていた。
エルフの頭上を通るラファエルの蹴り足は、空中で勢いを殺さぬまま方向を真下へと変え、踵を落とす形となる。
頭上に襲い来るラファエルの左足に対し、エルフは刃物となっている右手を振り上げ、そのまま切り払おうとした。
ラファエルは瞬時に狙いを変えて、その右手首、刃物となっていない場所に足を付き下からの攻撃を止めると同時に、それを踏み台に大きく後ろへ宙返りし、飛び退いて距離を取った。
再び数歩ほどの距離が離れた位置に着地したと同時に、数発のスティングがエルフに向かって放たれていたが、先ほどと同じようにあっさりと叩き落とされた。
まばたき数回の間に、目にも止まらぬような攻防が繰り広げられた。

凄まじいまでの戦闘能力を持つラファエルであったが、自分が劣勢であることは悟っていた。
なぜなら、幾度の衝突にも後退させられているのは自分であり、エルフはただの一度も歩みを下げることはなく、それどころか前へ前へと進むだけであったのだ。
その表情には変わらず微笑を浮かべ、ラファエルとの死闘をも楽しむかのように恍惚としていた。
ゆっくりと、しかし確実にラファエルは追いつめられていった。
時々ラファエルの周囲には名も無き魔物達が襲いかかるが、それらは彼の無造作な一撃によって悉く屠られていた。
彼にとってはエルフを取り巻く魔物などはただの邪魔者でしかなかった。
その間もラファエルは目の前にいるエルフから視線をはずすことはない。
若干の呼吸の乱れと、額を伝う冷たい汗が鬱陶しかった。

エルフとの距離を取り直し、幾度目かの衝突が繰り広げられるかと思われた時だった。
ふとエルフが足を止めた。
ラファエルは一瞬怪訝な表情で眉を寄せるが、警戒態勢を解くことはない。
エルフはじっとラファエルを見つめながら、一瞬で詰められる距離のぎりぎりの間合いを保ちながら歩みを止めていた。
そして神が作成したかのような、彫像のような美しい表情に、一層の情愛を表して言葉を発した。

「・・・嬉しい・・・」

その奇妙な発言にもラファエルは微動だにしない。

「今の貴方の目には私しか映っていない・・・私のことしか考えていない・・・」

自らの言葉に熱を帯びたのか、自分の頬を、唇を、首を撫でながら吐息を漏らした。

「私は貴方の物・・・そして貴方は私だけの物・・・もうひとつの光・・・」

その手がゆっくりと胸元の衣服へと伸びていく。
それまでエルフの言葉を頑なに無視しようとしていたラファエルが、次に彼女が取ろうとする行動に気づき怒りを露わにする。

「それ以上しゃべるなぁぁ!!」

しかしそれを意に介した様子はなく、どこか夢見心地のような様子でエルフは胸元を開けた。
白く透き通るような肌が晒される。

「何故・・・?私たちはこれに誓ったじゃない・・・」

その言葉を掻き消すかのような絶叫に似た咆哮が森の空気を震撼させる。
ラファエルから発せられた声は、怒りと憎悪と悲しみが複雑に絡み合う感情の激流の現れだった。
エルフはラファエルの反応を楽しんでいるかのように言葉を続ける。
可笑しそうにくすくすと笑いながら自分の胸元、ちょうど心臓の位置を愛おしそうに撫でていた。
そこには、美しいエルフの肌にはそぐわない、十字の傷跡が浮かんでいた。
細く、しかしはっきりと彫り込まれたように存在するその傷跡は、十字架を逆さにしたような形を描いていた。
そして彼女は、歯を食いしばるラファエルに目を向け、再び熱の篭もった言葉を投げた。

「・・・ずっと一緒だ、と・・・」
posted by ラストエフ at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

15:二種の死闘

ラファエルとエルフの女性とはおよそ10歩ほどの距離がある。
相変わらずラファエルからの肌を刺すような殺気は弱まる気配がない。
エルフの女性はそれを正面から受け止めながら悠然と微笑んでいた。
彼女からは殺気や怒気などはおろか、むしろ生気さえ感じられないように思える。

ふと、エルフの女性が動きを見せた。
厳密には感情を表に出したのだが。
彫刻のように整った艶やかな唇が笑みの形を作る。
そしてゆっくりと歩みを進め始め、ラファエルとの距離を縮める。
すると、エルフの女性の手に変化があった。
色白のやや小さめの右手全体から半透明の液体のような物が滲み出る。
それは徐々に手刀を延長させたような刃物を形成し、硬質化し残酷な輝きを放つ武器へと変化していった。

ラファエルは牽制も兼ねて、両手に構えたスティングを数発立て続けにエルフの女性に向けて放った。
しかしそれらは悉く、剣を模したかのような右手によって苦もなくその全てを打ち落とされた。
その間にも女性はゆっくりと、しかし確実にその距離を詰めてくる。
ラファエルはスティングを放った後、即座にクロウを構え直し、すでに近接戦闘の態勢を整えていた。

エルフの女性はラファエルとの距離が縮まるにつれ、その表情がさらに深い愛しさに彩られる。
どこか恍惚とした表情で笑みを浮かべている。
その表情は、感情は、見る者によっては歓喜しているような印象を受けるだろう。
事実、彼女は歓喜していたのだ。
もうひとつの光を見つけたのだから。

「・・・嬉しい・・・」

その女性が微かに呟きを漏らす。
やはりその声にも明らかな歓喜の色が伺える。

「また逢いに来てくれると思っていた・・・」

その言葉だけを聞くのであれば、待ち焦がれた恋人にかける言葉に相応しい。
しかし、この場面ではあまりにも場違いだ。
その二人はそれぞれに武器を手にし、あまりにも殺伐とした森の深部で魔物達に囲まれていたのだから。

「・・・黙れ・・・!」

ラファエルがその言葉に反応するように、食いしばる歯の間から低く呻った。
エルフの女性の態度とは対照にラファエルの対応は明らかに殺気立っている。

「今日こそ・・・返してもらう!」

女性は微笑を浮かべ、嬉しそうにラファエルとの対話を楽しんでいるかのようだ。
その女性の態度が、言動が、ラファエルには狂おしいほどの怒りを生み出す。

「貴様が奪ったその全てを!」

二人の距離はすでに先ほどの半分にまで近づいていた。
ラファエルの決意を表したかのような言葉を機に、二人は同時に飛び出した。
二人の人外の脚力は、そこにあった距離を一瞬にして埋めた。



セロが宙を舞い、一匹の魔物に躍りかかる。
その動きに追いつけず、魔物はいともあっさりと首を切り裂かれる。
勢いを殺さないままにセロはその後ろにいる次の獲物に飛びかかっていた。
次の魔物はセロの鋭い牙がその首に食い込まされる瞬間、腕で庇い防御した。
セロはその腕に噛みつき地面に引き倒したが、左右から違う魔物達がそれに襲いかかった。
魔物達には仲間意識などないのだろう。
仲間に覆い被さる獣に対し、仲間を助けるためではなく、ただ獲物を狩る本能のままにセロに襲いかかる。
セロが地面に転がる魔物から素早く離れると、左右から襲いかかってきた魔物達は地面に転がる仲間に各々の剣を突き刺すこととなった。
無惨にも仲間達にとどめを刺された魔物は、地面に転がったまま断末魔の唸りを上げて力尽きた。
しかし魔物達はそれを意に介した様子はなく、セロの姿を探しノロノロと立ち上がった。
その時、立ち上がった魔物達の動きが突然止まった。
次の瞬間にはその二匹の魔物は胴から真っ二つに斬り裂かれていた。
やがて重い音とともに倒れた魔物の背後には、愛用の剣を肩に担いだアルバートが立っていた。

「油断したか?」

アルバートが皮肉っぽく微笑み、セロに問いかけた。
直後、アルバートの顔の横をかすめ背後へと疾走する一筋の閃きがあった。
続いて重い物が地面に倒れ込む音が響く。
アルバートが振り向くと、手にした剣を振りかざした形のまま倒れた魔物の姿が目に入る。
その額には一本の矢が深々と刺さっていた。

「油断したの?」

再び前へと視線を移すと、ちょうど弓を下ろすティファの姿が見えた。
その言葉にはどこか皮肉めいた響きが含まれており、表情はやや呆れていた。
バツが悪そうに頭を掻くアルバートの横で、セロはそのやりとりを眺めていたがすぐに警戒態勢を整えた。

「・・・次が来るぞ」

冷静さを欠かさずにセロが二人のヒューマンに注意を促した。
お互いに小言を言い合っていたティファとアルバートは、瞬時に意識を切り替える。
それぞれが戦闘態勢に入り、再び魔物達に向き直った。


やがて夜空を輝かせていた月の光も弱くなりつつある森の中で、魔物達との戦いは一層の激しさを増していった。

posted by ラストエフ at 22:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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