2007年06月15日

18:一時の休息

徐々に瞼を持ち上げると、目に入ったのは濃く深い緑色だった。
それは厚い布であり、テントの屋根であることを把握するまでしばらくかかった。
自分の置かれている状況を確認する。
上体を静かに起こすと頭の奥を叩くような鈍い頭痛がある。
まだ思うように働かない頭を押さえながら周りを見渡す。
自分が横たわっていた右隣には防具と武器が揃えて置いてあった。
左隣にはテントの中仕切りであろう布が天井から垂れ下がっており、テントを中央でふたつに仕切っていた。
その向こうから微かな寝息が聞こえてくる。
無意識に右手が動き、横に置いてある装備の中から一本のスティングを取りだし静かに身構えた。
寝息の主に悟られぬよう、そっと仕切り布を少し開ける。
そこに横たわっていたのは一人の男のヒューマンだった。
見覚えがる。
森の中で出会った青年だ。
知らず、警戒を薄める。
おそらく害意はないだろう。
こちらから攻撃する理由もない。
まだふらつく体に顔をしかめながら立ち上がり、テントから出た。

太陽はすでに高く上がっており、眩しさに目を細める。
テントからやや離れたところに、焚き火にかけたれている鍋が目に入った。
そこからほのかに食欲をそそる香りが漂う。
そしてその横には石に腰掛けた女性の姿。
女性の足下にはセロが、目を瞑って前足を組み、そこに顎を乗せた姿でくつろいでいる。
女性はそっとセロの毛並みを撫でている。
こちらには気付いていないようだ。
先にセロが気配に気付き、耳を動かした後、ゆっくりと首を上げて視線を向けた。
その視線を追って、女性もこちらに気付くと、優しげな微笑みを浮かべた。
森の中で出会ったヒューマンの女性だ。

「体の調子はどうですか?」

「・・・問題、ない」

返答に詰まりながらも、そう答えた。
彼女は問いかけながら、鍋の料理を木で拵えた皿に盛る。
いつの間にか警戒心もなくなり、自然と近くまで足を進めていた。

「・・・ここは?」

彼女に問う。

「私達がキャンプしている所です。森から出て、街からもそう離れていない場所ですよ。・・・どうぞ」

説明しながら皿を差し出した。
礼を言って受け取ると温かい湯気を伴っていい香りが立ち昇る。
促され、対面に置かれた椅子代わりの石に腰掛けた。
セロは先ほどと同じように首を降ろしくつろいだ姿勢になった。
彼女の言葉通り、テントの後方には森がその暗い入口を開けており、反対方向にはそう遠くない所に街の外壁が見える。
こちらに視線を向ける彼女の眼差しは、少なからずの好奇心と、幾ばくかの不安の色が浮かんでいる。
が、なぜか警戒するような気配はなく、むしろ全てを包み込むかのような優しさと慈しみに溢れていた。
その目を見ていると、全てを見通されているような錯覚にも陥りそうになる。

昨日のことを思い出すと、結果的には彼女の無謀な行動に助けられたことになる。
しかしその後の記憶が欠落している。
どのような経緯で、なぜここにいるのか・・・。

「俺は・・・あの後気を失ったのか・・・?」

彼女は小さく頷く。

「・・・彼が、運んでくれたのか・・」

テントの中で寝息を立てる青年を思い出す。

「あの子も手伝ってくれましたよ」

彼女がセロに視線を向けた。
目を細め、優しく微笑む。
その後こちらに向き直り、言葉を続けた。

「エルフの女性が森に姿を消し、魔物達も全て森へ消えた後、貴方はその場に倒れました。・・・何日も不眠不休でいたんじゃないんですか?」

やや眉をしかめている。
昨日出会ったばかりだというのに、こちらの身を案じ、食事まで振る舞ってくれている。
この女性は慈愛に満ちあふれている。
ヒューマンという種族は全て、こんなに他人に甘く優しい存在なのだろうか?
彼女が不安げに言葉を続ける。

「・・・料理、口に合いませんでしたか?大したものはないですけど、まずは体を休めたほうがいいですよ。」

あまり経験のない独特の優しさに触れ、少々戸惑った。
一口二口温かいスープを口に運んだ。
美味い。
知らず、顔が綻ぶ。
途端、ぱっと彼女の顔が晴れやかになり、安堵の表情を見せる。
先ほどから不安げにしていたのは、料理が口に合うかどうかが理由だったらしい。

「昨日は、ありがとうございました。」

礼を言われた。
なんのことに対するものかわからず、彼女を見る。

「私たち二人で手に負えなくなっているところを、助けてくれましたね。」

彼女の視線がセロに向く。
特に深い意味はなかったのだが。
セロには「ヤツ」の相手は荷が重く、ヒューマン二人が多数の魔物を相手にするのも荷が重いと判断しただけだ。

「・・・礼を言わなければならないのは・・・俺だ」

「え?」

この女性に救われたのだ。
そして、恐らく自分をここまで運んでくれたのであろう連れの青年に対しても。
かなりの距離があったはずだ。
それを人一人抱えて運んだのだから疲労するのは当然のことだろう。
皿を両手に持ち、俯いた。
彼女に向き直り、正面から目を見た。
脆弱だと思っていたヒューマンに助けられた。
しかし、強い。
強く、優しく、勇気を持ち、慈愛に満ちた種族だ。
彼女の目にも、力強い光を感じ取ることができる。

「・・・ありがとう・・・」

小さく礼を述べた。
彼女は相変わらず、優しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたままだった。
しかしどこか嬉しそうに。


ちょうどそのとき、後ろで物音がした。
見ると、太陽を眩しそうに目を細め頭をかきながら、それまで寝ていた青年が出てくるところだった。
posted by ラストエフ at 10:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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