2007年08月05日

19:魔物の正体

太陽が少しずつ傾き、影がその姿を徐々に長く伸ばしはじめている。
魔物達の巣窟と化した不吉な森を出た平地に、使い古されたテントが設営されていた。
その側には火が焚かれ、くべられた薪がぱちぱちと乾いた音を奏でている。
そして、それを囲む三人の人影。
二人はヒューマンの男女、もう一人は闇色の肌と月光の色の髪を持つダークエルフだった。

三人は簡単な食事の後、それぞれの持つ情報を交換しあっていた。


「俺達が持っている情報はそれほど重要なものとは思えない。人から人へ伝わってきた噂がほとんどだ。」

ヒューマンの男性、アルバートが少々の疲労感を浮かべた表情で語った。

「『人の姿を真似た魔物が出た』やら『冒険者達が全滅した』やら・・・どれもこれも事の真相には程遠いものばかりだ。」

ここで一度言葉を句切り、視線を斜め向かいに腰掛けるダークエルフの男、ラファエルに向けた。
その視線に気付き、アルバートに言葉の続きを促す。

「その中で・・・ひとつ気になったものがある。『魔物達の群の中に、綺麗な女がいた』というものだ」

ラファエルの態度に変化は見られない。
構わずアルバートは言葉を続けた。
ティファは二人を視界に入れ、静かに話を聞いている。

「厳密に言えば、その情報だけでは何も違和感はなかった。それはおそらく、数ある魔物の中の一匹だろう、と。しかし、森でその女に遭遇したことで違和感は確信になった。」

ラファエルに向けられるアルバートの視線がやや鋭くなる。
微かな感情の変化を読み取ったのか、ラファエルとティファの間でくつろいでいるハイウルフ、セロの耳がぴくりと動いた。

「今回の事件の黒幕・・・中心にいるのは間違いなくあのエルフの女だ。そしてラファエルさんよ・・・失礼だが、あんた何か関係があるんだろう?」

静かに、しかし鋭い言葉がラファエルに投げかけられた。
アルバートとティファ、二人の視線がラファエルに向けられる。
アルバートは自分の言葉が間違いなくラファエルの持つ真相に近いことを実感していた。
それはティファも感じていたことだった。
そのためか、二人はラファエルの発言を促すことはなく、静かに待った。
彼の口から語られるであろう真相を。
ラファエルは目をつむり、しばらくの沈黙が訪れる。


ややあって静かに目を開けたラファエルの瞳にはどこか決意めいたものが伺える。
そして感情を抑えたように語り始めた。

「・・・まずは、敵である魔物を知ることが必要だろう。人の姿を真似る魔物・・・奴らの名は『ドッペルゲンガー』、その正体はスライムの亜種で粘体の魔物だ。」

まず彼が語りだしたのは魔物のことだった。
街を襲い、三人が屠り続けてきた正体不明の魔物。
二人のヒューマンは静かに彼の話を聞き入っている。

「・・・奴らにはほとんど知能がない。本能のまま獲物を貪るだけだ。獲物を体内に取り込むことで奴らは力を得る。そして三段階に成長する能力を持つ。」

ラファエルが語るには、一段階目はスライムと同じ姿形をしており、地面を這いずるように蠢き、本能のまま獲物を取り込むだけの存在。
二段階目は、ある程度力をつけた者が人型に変化する。
その姿は人に「近い」だけで本来の人の形からはかけ離れている。
人の姿を真似るための準備にすぎない。
しかしこの段階から少しずつ知能が身に付き、群を成すこともある。
さらに力をつけた者が三段階目に成長する。
最終形となった魔物は、見た者の姿を完全にその身に再現する。
髪の毛の一筋から服のシワまでも忠実に。
しかし服などの装飾品は実際にそれを着用しているのではなく、ただその形のみを再現しているだけにすぎない。
そのため、服のように見えるのは表面だけでその内部は魔物の腸と体液が詰まっているだけである。
言うならば、服のような皮膚ともいうのが妥当かもしれない。
しかし恐るべきはその再現能力であり、外見から魔物と判断することは非常に困難である。
最終形態となった魔物は幾ばくかの知能と力を持ち、俊敏な動きも可能となる。


「なるほど・・・たしかに実際見るまでは信じられなかったが、俺達はあらかじめ人の姿を真似るって情報を持っていたからな。たとえ村人の姿でも、森の中で不自然にうろついてれば確信を持ってぶった斬れたワケだ。・・・眉唾もんの情報も捨てたものじゃないな。」

アルバートが溜息混じりで森の中で魔物を斬り伏せたことを思い出す。
魔物であることが確信できていても、村人の姿を斬ることには抵抗もあった。
その姿で新たな獲物を探し求めるのであろう。

「・・・しかし、ヤツだけは違った。」

ラファエルの声に、僅かに殺気が篭もる。
しかしその響きはどこか切なく、悲しいものが含まれていた。

「最初は無力で知能もない、ただの魔物だった。しかしヤツは力を得るにつれ、より大きな力を感じるようになった。そして、ヤツはその力を見つけると、体内に取り込むのではなく・・・同化することを望んだ。」

明らかに口調の違うラファエルにやや気圧されながら、二人は静かに耳を傾ける。
太陽はすでに頭上から大きく横に移動しており、数刻もしないうちに訪れるであろう闇を示唆していた。

「・・・ヤツは明らかに、他の同種の魔物と違っていた。言わば、『変種』だろう。偶然見つけた力と同化することで、ヤツは強大な力を得た。」

ラファエルの指す「ヤツ」とは誰のことなのかは、二人のヒューマンは薄々気付いている。
そして、その正体はラファエルがこれから話すであろう真相であることも。
再び沈黙が訪れる。
ラファエルは少し俯き、ゆっくりと続きを口にした。

「ヤツは上位種と同化して力を得た。それが・・・お前達も見たエルフの女だ。」

ラファエルは続ける。
ゆっくり、はっきりとその真相を。
今回の事件の黒幕であり、中心である女の正体を。

「・・・ヤツが同化した上位種・・・エルフの名は、フェリジア・・・。」

最後に少しの間があり、何かを思い出すかのような表情で、静かに目を閉じて言葉を続けた。

「・・・俺の、妻だ」

posted by ラストエフ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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