2007年09月11日

20:異種の十字架

「・・・妻・・・!?」

ラファエルから告げられた真実が浸透するまで数瞬の間があり、ティファは小さくその言葉を反芻した。
斜め前に腰掛けているナイト、アルバートも驚きを隠せないようでいる。
ラファエルは平静を装っているが、ややうつむき、組まれた両手の指には力が入っているのが窺えた。

「(それで、魔物に対してあれほどの殺意を・・・)」

ティファは森の中で出会った時の凄まじいまでの彼の怒りと悲しみを思い出し、納得した。
しかしそこでもうひとつ思い出したことがあった。
彼の妻にあたるエルフ、フェリジアという名の女性に対しても同じように、いや、それ以上の殺意を抱いているラファエルに疑問を抱いた。
それもどこか矛盾や戸惑い、或いは迷いを感じさせる彼の言動に。

「エルフとダークエルフってのは異種族じゃないのか?」

アルバートがふとそんな疑問を口にした。
先ほどから徐々に落ち着きを取り戻しつつあるラファエルがその疑問に答える。

「今では異種族として扱われているが、元はひとつの同じ種族だったんだ。永い歴史の中で、白い肌のエルフと黒い肌のエルフが決別しただけだ。」

簡単な説明をしたが、おそらくヒューマンの間に伝えられている歴史、もしくは伝説などは多少歪んで伝えられているのだろう。
元は同じ種族だった、という事実はアルバートはおろか、ティファも知らないことであった。

「じゃあ、アンタも精霊魔法とか使えたりするのか?」

続けて問うアルバートに、ラファエルは少し考えたように答えた。

「・・・修行次第では可能だろう。少なからず素質に左右もされるだろうが・・・。ヒューマンにも魔法使いやナイトがいるのと同じようなものだ。
ただ、もう永く『異種族』として固定されてきた。すでにエルフとダークエルフは独立した種族として考えてもいい。つまり、ダークエルフが4大精霊と契約を交わす、ということは考え自体思い浮かばないことだろうな。」

エルフはエルフとして、ダークエルフはダークエルフとして、それぞれの生を生きていく。
歴史があり、文化が生まれ、環境が成り立ち、それらを経由してひとつの種族はふたつに分かれたのだ。

「方向は違えど根源は一緒、ってことか。」

今まで知ることのなかった真の歴史を知り、アルバートは腕を組んで感慨深げに頷いた。

「元が同じ種族だから、婚姻はできるということですね?」

ティファがやや控えめに訪ねる。
それに対し、「そうだ」と短く頷いてラファエルが答える。

「でも、今では異種族として完全にふたつの種が独立している・・・。それでも婚姻することで種族間の問題は無かったんですか?」

ティファの疑問は簡単な内容に聞こえるが、その問いにラファエルはどこか複雑な表情を浮かべた。

「・・・すでに異種族として成り立ったそれぞれが婚姻するには、少なからず問題はある。それは、ふたつの種族が違う環境で発展していったために生まれた、一種のルールのようなものだ。」

目を瞑り、どこか懐かしいものを思い浮かべながらラファエルが言葉を続ける。

「ダークエルフ側は修行を終えると外の世界へ出ることを許され、故郷から旅立ち一人で生きていく者が多い。対してエルフ側は種族同士の繋がりが強く残っている。それは上位種と呼ばれるほどの力を守り、悪用されないためでもあるが。それほど種族間の絆の強いエルフが異種族と婚姻をするとなると、ひとつの条件が科せられる。」

そこで薄く目を開き、静かに言葉をつなげた。

「それは・・・エルフ界からの追放・・・。あいつは、俺と共に生きることを選んだ・・・。」

ヒューマンである二人には、エルフが自分の生まれ育った環境を追放されることがどれほどのものか想像することも難しい。
しかしラファエルの話を聞く限り、それがいかに重大なことで、苦悩することであるのか薄々と感じ取ることはできた。
種族との絆を断ち切り、一人の相手との絆を選んだエルフ。
二人の絆が相当深く強く繋がっていることは容易に理解することができる。
その二人が今では殺し合いをしている。
ラファエルの心中はいかほどのものか。
それほどまでに強く繋がっていた妻に対しての彼の殺意は何故なのか・・・。
その答えは、続くラファエルの言葉で明らかとなった。

「異種族である俺達は、誓いを交わした。」

そこで言葉を句切り、ラファエルはふいに自分の胸元を開けた。
衣服の間から厚い胸板が露わとなる。
そこには、ちょうど心臓の位置に十字架を逆さにしたような十字の傷が刻まれていた。

「!それは・・・」

ティファが息をのむ。
ティファとアルバートにも見覚えがあった。
それは魔物に取り込まれたエルフ、ラファエルの妻であるフェリジアの胸に刻まれていたものと同一であった。

「・・・古くから伝えられている誓いの一種だ。聖剣で互いの心臓の位置に逆十字を刻むことで、それぞれの命を相手に捧げる意味を持つ。
・・・それは、自分が死ぬ時は相手の手で命を絶ってほしい、という願いの意味もある・・・。」

「そんな!!」

突然、ティファが声を上げた。
ラファエルが視線をやると、悲しそうな瞳で見つめ返していた。
うまく言葉にできないのか、何かを言いたげに唇が震えている。
ティファが抱いていた最大の疑問である、妻に対する凄まじいまでの彼の殺意はこれだったのだ。
しかし理解はできても納得することができない。
アルバートも納得のできないものがあるが、異種族である二人の絆の間に意見を口にすることができない。
ティファとアルバートは男女の違いからか、ティファは二人の強い愛から生まれる殺意にどうしても納得がいかず、アルバートはラファエルの苦悩と決断に反論することができず、感情を押し殺しているように見える。

「・・・きっと、なにか方法があると思う・・・。彼女を助ける方法が・・・!」

やっと声を絞り出し、悲しそうにうつむくティファの足下に、一粒の雫がこぼれ落ちた。
ラファエルにはその優しさがありがたく感じる。
しかし彼も考えて考えて、苦悩し、絶望を超えて、最後の愛を証すために彼女を手にかけることを選択したのだ。
このまま彼女の姿で魔物として徘徊し、彼女の姿が真に魔物と化してしまうのであるならば・・・。
いっそこの手で、と。

ティファの涙は彼女自身の心をそのまま現している。
彼女は裏表なく、ただ力になりたいと願っているということはよくわかる。
この二人のヒューマンは真摯な気持ちで自分に接し、また溢れんばかりの優しさで触れてくれる。
それが素直に嬉しく感じる。
しかしそれが行きすぎるのか、無鉄砲な行動や無謀なこともしたりする。
ラファエルはティファに追従しているアルバートの苦労が窺え、わずかに口元が綻んだ。

そう、あの時もそうだった。
森の中でヤツに追いつめられたとき・・・
居ても立ってもいられなくなったのだろう。
無意識に矢を放っていた。


そうだ

あのときの一条の光に俺は救われた。

何故あの一本の矢で助かることができた・・・?

あのときヤツに何が起こった?

彼女が放った矢が、ヤツになんらかの影響を・・・?



ラファエルの表情にかすかな驚愕が浮かぶ。
なぜそのことを忘れていたのだ。
森の中での映像が目まぐるしくラファエルの脳裏を駆け巡る。
そうだ。
ヤツは、彼女の放った一本の矢に怯んでいた。
ラファエルの様子が違うことにアルバートが気付く。

「どうしたんだ?」

怪訝な表情で訪ねると、ラファエルの目には先ほどとは違った強い光が宿っていた。

「勝機が、あるかもしれない。」

その言葉には一種の覚悟と決意が宿っていた。
アルバートは驚愕の表情で、顔を上げたティファはどこかきょとんとした表情で、それぞれラファエルを見据えた。


周囲は少しずつ影が伸び、日が徐々に赤く染まってきていた。

posted by ラストエフ at 10:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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