2008年06月26日

33:魔性の剣

アルバートとティファ、そしてセロを取り囲んでいた魔物達がその包囲の輪を徐々に崩し、変わらず緩慢な動きで一斉に行動を開始した。
数体の魔物が近付いてきたが、三者は連携してその数体を悉く撃退する。
しかしそれ以外の大多数は三者には目もくれず、ある方向へと向かっていった。
その行き先は、魔物達の女王であるフェリジアの元。

「おいおい、何が始まったんだ・・・!?」

突然の出来事に、抱いた疑問をそのまま口にするアルバート。
しかしそれに答えられる者はいない。
魔物達の向かう先に視線を移し、セロが確認するように呟く。

「・・・マスター達のところへ向かっているようだな・・・」

セロの言葉に、アルバートとティファも同じ推測をしていたことを確認するかのように視線を交わす。

「私たちのことなんか眼中にないみたいね。やっぱり、フェリジアはこの魔物達を何かのために待機させていた・・・ってことかな・・・?」

自分達には目もくれずに移動を続ける魔物を見て、確認するようにティファが言葉を漏らす。
三者はそれぞれ視線を交わし、そしてそれぞれが言いようのない不安を抱いていることがわかる。
ややあって、魔物達のほとんどが三者に背中を向けるほどになった頃、アルバートが告げる。

「ラファエルの所へ行こう・・・!」




どこからともなく、フェリジアの側にぞろぞろと魔物達が集結してくる。
その数はどんどん増えていく。
二人の周囲から、フェリジアの背後から、そしてラファエルの仲間達を包囲していた多数の群れまでもが、一様にフェリジアの周囲に集まってきていた。
ラファエルの側をすり抜けるようにフェリジアの元へ向かう魔物もいた。
ラファエルには、それらが自分に対する敵意を持っていない気配を察知していたが、おもむろにその内の一体を無造作に切り捨てる。
その魔物は2〜3歩そのまま進むと、がくりと膝を着きそのまま地面に伏した。
しかし他の魔物はやはりラファエルの姿すら認識していないかのように、ただ盲目的に女王の元へと歩くだけだった。
やがて森にいたほとんどの魔物達なのであろう、多数の配下を従えた女王が不敵な笑みを浮かべた。

「ラファエル・・・その武器が貴方の奥の手なんでしょう?だから私も、その武器に対抗するための奥の手を見せてあげるわ。」

冷酷な笑みを浮かべる女王の左右から一体ずつの魔物が近づき、女王の前へと歩み出る。
女王の前に立ちはだかるかのように歩みでた魔物は、それでも意思などは感じ取れず、ラファエルに対する殺意や敵意も感じられない。
まるで抜け殻のように。
ラファエルは状況が把握できず、攻め込むことを躊躇する。
この武器ならば魔物をほぼ一撃で葬り去ることも可能である。
しかし、ラファエルはあくまでも慎重に、冷静に現在起ころうとしている事を把握するために警戒態勢を維持した。
フェリジアの前、左右に立つ意思のない魔物。
フェリジアはさらに口角を持ち上げ、左右の手をそれぞれ左右に立つ魔物の背中に突き刺した。

「・・・!なっ・・・!?」

予想外のフェリジアの行動に、少なからず驚愕するラファエル。
女王に背中を貫かれた魔物は、それでも抵抗することはなく、何度か大きく痙攣し身体を仰け反らせる。
配下の事など眼中にないかのごとく、変わらず凍り付くような笑みを浮かべながらラファエルを見つめるフェリジア。
やがて魔物はその動きを止めると、更なる変化が始まる。
その身体が徐々に崩れだした。
厳密には、溶けだしたかのように形を崩していく。
そして本来の姿である、不定形な粘体へと変貌した。
しかし、そこで変化は治まらなかった。
フェリジアの両手にまとわりつく粘体は、そこから更に形を変化させていく。
やがてそれは巨大で、いびつで、あまりにも大雑把な剣へとその姿を安定させた。
フェリジアは、上位種である姿には似つかわしくない禍々しい剣をその両手に作り出し、目を細めて更に冷酷な笑みを浮かべた。

「ふふ・・・どう?これなら、その武器の効果を無効にできるでしょう?この子達が私の役に立ってくれるのよ。」

両手が巨大な剣と融合したかのようなフェリジアは、左右にぶら下げた大雑把な剣を、重さを感じさせない動作で確かめるように振った。

「・・・そのためにこいつらを残していたのか・・・!」

ラファエルは、仲間達を取り囲んでいた魔物が彼らに襲いかかっている数が異様なほどに少なく、故意的にその数を減らさないようにしていたことに気付いていた。
そしてその理由はたった今目の前に公開されている。

「さすがに目ざといわね。その通りよ。私はこの子達を操ることができる。別に仲間だとか思ったことなんてないんだけど、利用できるものは利用するわ。・・・貴方を手に入れるためならね・・・。」

す、っと目を細め、微笑を薄めたフェリジアが一歩踏み出す。

「・・・時間も迫ってきているわ。そろそろ終わりにしましょうか。」

いつしか空は朱に染まりつつある。
太陽がその姿を地平に隠すまで、もう時間は残っていないだろう。

互いに奥の手を持ち出し、そのことがこの死闘の決着が近いことを如実に物語っている。
強大な退魔の力を宿すラファエルの2剣。
それに対抗するためのフェリジアの、魔物そのものを錬成した巨大な剣。
対峙する二人は徐々にその距離を詰める。

空がその色を変えつつある森。
アルバート、ティファ、セロの三者が二人の姿が視認できる場所まで駆けつけたとき、正にその二人がぶつからんとしていたところであった。
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2008年06月19日

32:女王の策略

ラファエルが抜き放った二本一対の剣は銀製であるにもかかわらず、その刀身は仄かに黄金の輝きを纏っていた。
神の祝福を受けた銀製のデュアルブレード。
魔物に対する効果は絶大であり、世に存在する数ある武器の中でもおそらく最高峰に位置する物であるだろう。
構えたラファエルの両手にそれぞれ輝く剣を目にし、フェリジアがやや表情を険しくする。

「小癪な・・・厄介な物を持ち出してきたわね。」

その声色には不機嫌さが滲み出ており、フェリジアにも『鍵』となる武器の威力が伝わっていた。

「魔に対して最大級の威力を発揮する武器だ。・・・これを恐れるのは、魔としての本能か・・・?」

ラファエルは慎重にフェリジアの反応を窺う。
明らかにこの武器が、「今の」フェリジアに大して有効な攻撃手段であることが推測できる。
わずかに優位性を確信したラファエルだったが、フェリジアはしかし口元を綻ばせると不敵な笑みを見せた。

「たしかに厄介だわ・・・でもね。私がそれに対して何も手を打てないとでも思った?あのヒューマンの小娘が持っていた矢・・・。あれも邪魔だということがわかっているのよ。ならば対抗策のひとつも用意するでしょう。」

ティファが先日放ったオリハルコン製の矢。
確かにあれがラファエル達にとって、魔物に対する勝機を見出すきっかけとなった。
しかし、それは同時にフェリジアがその勝機に対する対抗策をも見出す結果となってしまったのだ。

「あの時、矢を使わせたのは失敗だったわね。」

冷たい笑みを浮かべ、フェリジアが目を細めた。
その時、森が動いたように感じた。



ティファとアルバート、そして合流したセロは変わらず警戒態勢を保ったまま、迎撃の戦闘を続けていた。
彼らを包囲する魔物は、なぜか一斉に襲い来ることはなく、たまに数体がのそのそと近づいてくるだけであった。
これまで幸運なことに体力を消耗することなく、また大した打撃を受けることもなく徐々にその数を減らしていった。
が、包囲する魔物の数は目に見えて減ることはなく、数十体の魔物がまるで彼らを足止めするのを目的としているかのように取り囲んでいた。

「くそ・・・!なんなんだこいつら!囲むだけ囲んで、ただ見てるだけかよ!いっそこっちから切り込んでやろうか・・・!」

膠着状態を強いられている現状に嫌気がさしたのか、アルバートが舌打ちをして唸る。

「お、落ち着いてよ!あんな数の中に切り込んだらそれこそあっという間に囲まれちゃうよ。」

いらついているアルバートを宥めながらティファが肩越しに嗜める。
一瞬も緊張を解くことができない状態が続くだけで、体力的にも精神的にも負荷がかかるのは確かだ。
二人はその極限状態の中ですでに1時間以上もよく耐えているといえる。
そしてそのことは二人の額から流れる汗が物語っている。

「・・・しかし妙だ。この魔物どもには以前のような殺意や敵意がほとんど感じられない。」

二人の側で同じように警戒態勢を維持しているセロが、ふと口にした。
二人がセロに視線をやる。
セロはその視線を受け、ぐるりと周囲を囲む魔物を一瞥した。

「・・・こいつらは我々を襲うためにいるのではないのかもしれない。何か違う目的がある・・・しかし意思が感じられない。」

ティファとアルバートは、セロの言葉を聴いて互いに顔を見合す。
なるほど、確かに薄々とは感づいていたことだ。
変わらず自分達を包囲する魔物の群れ。
そしてたまに足止めをするかのようにのろのろと遅いかかってくる。
まるでラファエルとフェリジアとの戦いの邪魔となる物達をこの場に縫いとめるためのように。
では何故一斉に襲いかかってくることがないのか?
ここでティファがある推測を口にする。

「あのフェリジアって人、この魔物を操れるような力を見せたよね・・・?」

アルバートとセロが先日のことを思い返し、おそらくそうだろう、と肯定する。

「今ここにいる魔物もそうかもしれないってことだよね?じゃあ襲ってこないのはフェリジアの意思?もし私達を殺すためだけならすぐにでも全部の魔物に襲わせるはず。それをしないのは・・・」

ティファの言葉は徐々に呟くように小さくなっていく。
自分の考えをまとめているようだ。

「混戦になれば、ほぼ間違いなく私達は負ける。でも、少なからず魔物達もいくらかは数を減らすことができる。少しくらいなら対処できるけど、フェリジアは私がオリハルコンの矢を持っていることを知っている。」

ティファの思考がぐるぐると渦をまく。
やや俯き、眉間に皺をよせてその思考を徐々にひとつの答えへと導く。

「その矢を警戒してるってのか?」

アルバートが尋ねる。
しかしティファは少し考えたあと、小さく否定する。

「それだったら、むしろ多数の魔物を仕向けて矢を消費させようとすると思う。・・・じゃあ何故・・・?」

そしてティファの推測がひとつの答えに辿り着く。

「魔物の数を・・・減らさないため・・・?」

アルバートとセロが、ティファの導き出した意外な推測に驚愕する。
しかし、確かにそう思うならば納得のいくところもある。
ラファエルとフェリジアとの戦いの邪魔となる存在を隔離し、足止めするためにそれらを包囲する。
そしてあわよくば殲滅するために数体の魔物を仕向ける。
しかし魔物の全勢力をもって殲滅しようとするならば、オリハルコン製の矢とアルバートの剣技の前に少なからずその数は減らされる。
それを避けるために、この現状を維持しているのではないか。
その推測に至ったとき、新たな疑問が浮かぶ。

なんのために?

三者が同様にその疑問を抱いたとき、包囲の輪が動いた。

「魔物どもが動くぞ・・・。」

いち早く察知したのはセロだった。
その言葉に、二人が包囲する魔物を見た。
三者を包囲する魔物達は、ほぼ一斉に緩慢な動きで移動を開始する。
しかしそれは襲いかかるための動きではなく、むしろ彼らから離れていっているように見える。
その行き先は・・・・・・・・・・・・・・

やや離れた場所で繰り広げられている死闘の場所。
ラファエルとフェリジアのいるところであった。

厳密には、魔物の女王であるフェリジアの元へと、魔物達が集結していた。
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2008年06月16日

31:希望の光

セロを包囲していた魔物達の、最後の一体が地面に伏す。
その魔物の腹の辺りには剣による斬り口が刻まれており、そこからじゅうじゅうと音を立てながら湯気のようなものが立ち昇っている。
周囲を見渡すと、数十体にも及ぶ魔物の死体が積み重なるように倒れている。
自分を狙っていた魔物を全て屠ったことを確認すると、セロは咥えていた剣をなんとか背中の鞘に収めた。
体中が悲鳴を上げている。
銀色の毛並みは血に染まり、そこかしこに切り傷があった。
一歩足を踏み出すごとに激痛が走る。
口元からも血が滴り落ちる。
このまま倒れこんで眠りに落ちたいという欲求に駆られる。
だが、使命を背負っている。
すぐそこで大きな闘気がぶつかり合っているのがわかる。
もうすぐ使命を果たせる。
主にこの武器を渡すことができる。
体中の激痛を無視して再び歩きだす。
視界が回る。
体がふらつく。
満身創痍のセロは赤い痕跡を残しながら森の奥を目指した。

しばらくして、再度魔物の群れを発見する。
しかしそれらはセロに気づいておらず、みな一様に背中を向けている。
この魔物達の陣形は・・・
先ほど自分に向けられていたものと変わらない。
つまり・・・
この向こうに誰かが包囲されている?
セロは魔物達が敵意を向けている方向、つまり魔物の包囲網の中心の気配を探った。
気配はふたつ。
主であるラファエルのものではない。
これは、すでに仲間として意識を持っている二人の優しきヒューマンの気配だ。
セロの感情に若干の喜びが芽生える。
無事だった。
今の状況が決して喜べる状態ではないことはわかっている。
しかし、久しく忘れていた喜びの感情に、セロの闘志が蘇ってくる。
セロは自分の体のことも構うことなく剣を抜き放ち、今まさに二人に遅いかかろうとしている魔物のの群れに、包囲網を飛び越えてその中心に飛び込んだ。


二人のヒューマンは自分の姿を見て、喜びの声と同時に心配そうな表情を見せる。
自分達も窮地に陥っているというのに。
ティファ、あなたのその優しさは全てを包み込む。
その中に強い意志を併せ持っている。
アルバート、表には出さないがティファを護ろうとするあなたの姿勢は尊く、尊敬に値する。
二人とも素晴らしい方だ。
出会えてよかった。
口には出さないが、マスターもそう思っている。

セロは二人の無事を確認すると、すぐに戻ることを約束しラファエルの元へと向かった。



クロウと剣がぶつかり合い、離れる。
ラファエルとフェリジアとの死闘は変わらず続いていた。

「ふふふ、楽しいわね、ラファエル」

口元には笑みを浮かべてはいるが、その眼光は鋭くまっすぐにラファエルを見据えながらフェリジアが語りかける。

「・・・黙れ。俺の中にいるのは貴様ではない・・・!」

かつてのような殺意に塗りつぶされることなく、しかし怒りを込めてラファエルが答える。

「同じことよ・・・。私は私。それ以外の何者でもない。」

遠くを見つめるように呟くフェリジア。
自分の発言に何を思うのか探ることはできない。

「違う!貴様は、フェリジアではない・・・!フェリジアの中に巣食う魔を倒して、救い出してみせる!」

歯を食いしばり、かつて最愛の妻であった姿を持つ魔物を睨む。
その中から出ていけ。
フェリジアを返せ。
『鍵』が届けば、希望の光も見えてくる!

ラファエルの抱く希望に気づいているのか、フェリジアは可笑しそうに笑いながらさらに話す。

「ふふ・・・バカなラファエル。ヒューマンの浅知恵に踊らされたの?一つのグラスに注がれた二種類のワインを、どうやって分けるというの?無駄よ・・・。この体は私のもの。この姿も私のもの。あとは貴方というワインを私のグラスに注げば、完成するのよ。諦めて、私と一緒になりなさいな・・・。」

ラファエルの中に、ぽつん、と絶望という名の色が滲む。
それは水に落とされた絵の具のように、じわじわとその色を広げ始める。
希望が絶望へと塗り替えられそうになる。
悲しみが、後悔が、懺悔がラファエルの中に渦巻く。
意識が狭まり、フェリジアの姿すらも薄れていく感覚に襲われる。

そのため、ラファエルは背後に近づいた気配を察知するのが遅れた。
すぐ近くにひとつの気配がある。
ヒューマンのものではない。
すぐ横まで来たその者にゆっくりと視線を移す。

「待たせてしまったな、マスター」

ラファエルを見上げ、気高きハイウルフは誇りを持って口元に笑みを浮かべた。

「セロ・・・!」

その背中には十字の形の鞘に収められた二本一対の剣。
知らず、ラファエルの口元にも笑みが浮かぶ。

「よく、やってくれた・・・!」

セロは、当然だと言いたげに口の端を上げた。
ラファエルはクロウを納め、セロからデュアルブレードを受け取る。
この場に、一つ目の『鍵』が現れたのだ。
ラファエルが二本の剣を鞘から抜き、それぞれを両手に持つ。
退魔の力を有するその剣は、銀色に輝きながらも、その刀身はうっすらと黄金の輝きをも併せ持っていた。
神の祝福を授かったと言われる、銀製のデュアルブレード。
ラファエルの言っていた特別製の武器とは、間違いなくこれのことだった。

「ご苦労だった、セロ。あとは、二人の力になってやってくれ。」

言葉では言い尽くせぬほどの感謝を込めて、優しい表情と笑みでセロを労った。

「了解した。」

セロは達成感と主からの労いの言葉だけで充分満足だった。
そして絶大なる信頼を寄せるラファエルの言葉に従い、背を向けると二人のヒューマンの所へと戻っていった。

そうだ、諦めることはできない。
自分に力を貸してくれた者がいる。
自分のために故郷まで走ってくれた者がいる。
最後まで諦めない。

ラファエルの中に渦巻いていた絶望感は次第に薄れ、再び燃え上がった闘志ととももに、希望が立ち上がる。

「・・・行くぞ・・・!」

剣を構え直し、ラファエルはフェリジアと対峙した。
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2008年06月14日

30:疾風の剣

「待たせたな。」

リウヒがセロに声をかける。
彼の手には目的の『鍵』である特別製の武器があった。

「これがラファエルの言っていた武器だ。もう少し休ませてやりたいところだが・・・お前の話じゃそんなに時間もかけてられないな。」

セロの横に膝をつき、手にしていた武器をセロの背にベルトで固定しながら語りかける。
しっかりと固定したあと、目に優しげな色を浮かべ、そっとセロの毛並みに触れてリウヒは続ける。

「さぁ、これでいい。早くラファエルに届けてやってくれ。」

上位の騎士であり神官であるリウヒの優しさが伝わってくる。
それだけでセロには充分光栄なことだった。
セロは雄々しく立ち上がり、リウヒに礼を述べる。

「ありがとうございます。」

そしてくるりと背を向け、先程よりも若干回復した体力を実感しながら神殿の外へと向かった。
その背後に再びリウヒからの声が届く。

「道中、気を付けてな。・・・あいつによろしく伝えてくれ。」

足を止め振り返ると、どことなく懐かしそうに目を細め、うっすらと微笑むリウヒの姿が映る。
セロは頭を下げ再び前へと向き直った。
そして両足に力を溜め、矢のように駆けだした。
後ろを振り返らずとも、リウヒが自分を見送ってくれているのがわかる。
ラファエルの命である『鍵』は無事手に入った。
あとは一刻も早く彼の元へ届けるだけだ。
セロの疾走は一層速く地を蹴り風を生んだ。

緩やかに続く坂道を駆け上がり、洞窟の出口に近づくにつれて徐々に明るみが増していくのがわかる。
洞窟から外の世界へと舞い戻ると、すでに空は白み始めており、太陽が顔を覗かせていた。
暗闇に慣れた目には眩しく感じ、目を細める。
ふと足を止め、目を瞑り空を仰いだ。
辺りにはまだ夜独特のひんやりとした空気が漂っている。
それを大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら目を開ける。
力が漲る。
今の自分は、何者よりも速く走ることができる。
徐々に姿を現すであろう太陽が、再び大地に隠れるまでに、ラファエルの元へと辿り着いてみせる。
全身のバネを最大限に引き出し駆けだしたセロの身体は、一筋の閃光となって大地を疾走した。

太陽が神々しい姿を現し、セロの全身に温かな光を与える。
時には道なき道を行き、時には人と人の間をすり抜けた。
しかし一瞬たりとてその足を止めることはない。
ただ真っ直ぐに主の元へと駆けた。
太陽が真上に差し掛かる。
セロの前後の両足はすでに血が滲み、点々と赤い足跡がその後に続く。
主からの使命をその背の重みに確かに感じながら、セロは立ち止まることなく走り続けた。

やがて見慣れた風景が流れてくる。
きらきらと輝く海を視界に捉え、浜辺を駆ける。
その海に流れる一本の河がある。
その河に沿って上流へと向かう。
そして湖に辿り着いた。
湖の畔には、今や住まう人も減り静かになってしまった街がある。
水の都ハイネ。
さらにその向こうには。
主であるラファエルが待ち、そして最大の敵がいる鏡の森が見えた。
太陽は真上を通り過ぎたが、日没までにはまだ充分の猶予がある。
ひっそりと静まりかえった街の中を駆け抜ける。
街を抜け、草原を抜け、鬱蒼と茂った森の手前でセロは初めてその足を止めた。

間に合った。
日没までに、森に辿り着いた。
思わず安堵の息が漏れる。
喉の奥からひゅうひゅうと乾いた音が出る。
同時に全ての足裏に激痛が走り、それに呻ったとき、張り付いた喉が裂けていたのか、口元からも血が落ちた。
震える足で大地を掴み、口元から滴る血を舌で拭い去った。
まだ終わっていない。
まだ使命を果たしていない。
ぐらりと傾いた身体を奮い立たせ、セロは森へと踏み入った。
思い通りに働かない五感を最大に発揮し、3人の気配を探る。
そう遠くない森の中にその気配を発見する。
そしてそれ以外の気配も。
人外の気配は、森の全域で感じ取ることができた。

森を進むと、奧から一匹の魔物が姿を現した。
魔物はセロを発見すると緩慢な動きで襲いかかってきた。
体力が万全ならば、このような魔物に手こずることもなかっただろう。
しかし、身体が思うように動かない。
襲い来る魔物の攻撃をどうにか避け、死角から飛びかかる。
首元に食らいつき引きずり倒し、鋭い牙で切り裂いた。
魔物の動きが完全に止まる。
セロが顔を上げると、周囲に人外の気配が増えていることに気付いた。
森の奧から、木々の陰から、背後から、まるでセロを誘い出したかのように魔物達が集まってきた。
自分を包囲する魔物を睨みつけ、低く呻る。

「・・・キサマらに時間をかけているヒマなどないのだ・・・!」

今の状態で包囲を突破することは難しい。
かといって全てを倒しきるのもほぼ不可能だろう。

邪魔をするな

自分の使命を果たすための『鍵』を手に入れ、ラファエルの元まではもう手が届くほどの距離にいる。
怒りが沸き起こる。
セロの中に静かな闘気が渦巻く。

邪魔をするのであれば。
全てを斬り裂いてやろう。

「剣を借りるぞ・・・マスター・・・」

セロは背に括りつけられた二本の剣のうち一本を口に咥えて抜き放った。
そして自分を包囲する輪を徐々に狭める魔物達の群れの中へと、一粒の迷いも、恐れもなく飛び込んだ。

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2008年06月11日

29:銀色の閃光

気がつくと空はすでに朱に染まりつつある。
日没まで残すところ1時間もないだろう。

セロは間に合ったのだ。
主であるラファエルの命に応えた。
日没直前に、ラファエルの故郷から『鍵』となる武器を持ち帰った。

「セロ!」

魔物の一段を瞬時に屠り、その中心に気高く立つ銀色の獣に、ティファとアルバートが同時に驚きを含んだ声でその名を呼んだ。
背中には、十字に交差されて鞘に収められた、やや刀身の短い2本の剣らしきものが括りつけられている。
その時、セロの背後から更に一体の魔物がゆっくりと歩み寄り、襲い掛かってきた。
セロはすぐさま振り向き、背にある2本の剣のうち1本を口に咥えて抜き、鋭い動きで飛び掛ると同時に魔物の胸辺りを斬りつけた。
胸を斬られた魔物は、傷口からしゅうしゅうと音を立て、さらに煙のような湯気を立ち昇らせながら断末魔の声を最後にその動きを止め、倒れた。
セロは剣を鞘に収め、二人のところへと歩きだした。

セロが持ち帰った『鍵』とは、二本一対の、ダークエルフ特有の武器であるデュアルブレードと呼ばれる剣だった。
そしてその効果は、たった今セロが証明している。
この剣は確かに、魔物に対して絶大な効果を持っていた。

二人の近くに来たセロが、ティファとアルバートを見上げる。

「遅くなってすまない・・・」

そして再度、謝罪の言葉を口にする。
その姿を遠目で見たとき、二人はなによりもセロがこの場に間に合ったことと、無事に辿り着いたことで安堵の息を漏らした。
それだけでセロは充分に使命を果たしている。
近くでよくよくその姿を見たとき、二人の表情が強張った。
美しい銀色の毛並みは所々で血で赤く染まり、両の前後の足裏からも赤い足跡を残している。
まさに満身創痍の状態だった。

「セロ・・・!傷だらけじゃない、大丈夫なの!?」

ティファが傷だらけの姿を見て心配そうに声をかける。
ティファを見上げ、セロはまっすぐに目を見てそれに答える。

「森に入って何度か襲撃されたが、致命傷はない。大丈夫だ。」

それを聞き、再び安堵の息を漏らすティファ。
アルバートもそれを聞き、安心したように優しい笑みをこぼす。

「よく間に合ってくれたよ。労いの言葉は俺達が言うもんじゃないな。早くラファエルのところに行ってやりな。」

ティファからアルバートへと視線を移し、力強く頷きセロが答える。

「了解した。すぐに戻る。」

そして二人から離れ、主であるラファエルの元へと駆けた。




セロは走った。
ラファエルからの命に応えるために。

日没までに、武器を持ってくる

その使命を果たすために。
森を抜け、草原を駆けた。
仄暗い世界を、月明かりをその身体に反射させながらセロは走り続けた。
途中、荷馬車を引き道行く商人とすれ違う。
横をすり抜けた銀色の閃光は何事か、と後ろを振り向くが、すでにその姿を視界に捉えることはできない。
残ったのは月の光さえも後引くほどの疾風のみ。
セロは一筋の閃光となって、ラファエルの故郷である沈黙の洞窟を目指した。
休むこともなく、ただ跳ぶように走り続けた。

目的地である洞窟の入り口に辿り着いたとき、すでに空は徐々に明るみを増してきていた頃だった。
息が切れ、両の前後の足裏に血が滲んでいる。
ここに来て初めて立ち止まり、暗い洞窟の入り口を見つめた。
ここがラファエルの故郷だ。
セロの故郷はここではないが、近い町で生を受け、その時からずっとラファエルとともに歩み、旅をした。
もはやセロにとっても故郷と思える場所である。
数瞬、懐かしい気持ちが溢れるが、今はラファエルから授かった使命を果たさねばならない。
セロは再び駆け出し、洞窟の中へと入っていった。

月明かりすら届かぬ洞窟の暗闇の中を、迷うことなく駆ける。
しばらくして、薄明るいランプの光と、篝火が見えてくる。
やがて広い空間に辿り着き、ぽつぽつと立ち並ぶ簡素な家が視界に入る。
周囲に自然発光する植物があるため、洞窟の中は仄かに明るみを増していた。
セロは迷わずその間をすり抜け、通りの奥を目指した。

洞窟の奥に鎮座する荘厳な雰囲気を纏う建物が見えてくる。
門の入り口に灯されている巨大な篝火の間を抜け、セロは神殿の中へと歩を進めた。
神殿の中はひっそりと静まっている。
しかしその奥には微かに人がいる気配を感じ取ることができる。
入り口から奥へは、勝手に立ち入ることは許されない。
セロは神殿の入り口で止まり、腰を下ろし人が来るのを待った。
ややあって、神殿奥の闇の中から足音もなく一人の影がうっすらと姿を現す。
その人影はセロの姿を見て、少々の驚きと懐かしさを含んだ声を伴って近づいてきた。

「セロじゃないか。久しぶりだな。こんなところに珍しいな、なんの用だ?」

男は静かな声と優しい表情であったが、一分の隙もなくセロを迎えた。
黒衣に身を包んでいるが、一般のダークエルフとは違い、マントには上位の騎士である証拠の紋章が施されていた。

「お久しぶりです、リウヒ殿。」

セロは頭を下げ、リウヒと呼ぶ男に答えた。
彼はラファエルの古くからの友人であり、この神殿の神官でもある。

「・・・急ぎの用みたいだな・・・」

瞬時にセロの状態を悟った彼は、セロに何事があったのかを尋ねた。
セロはこれまでの経緯を話し、ラファエルからの命により特別製の武器が必要であることを伝えた。
事の全容を聞いたリウヒは腕を組み、やや険しい表情となった。

「なるほどな・・・たしかにアレならば魔物に対する効果もあるだろう。しかし・・・そうか、フェリジアが・・・。」

彼もラファエルの妻であるフェリジアのことを知っているのだろう。
その表情に少し悲しい色が浮かんだ。

「わかった。長老からは俺が伝えよう。セロはここでしばらく待っていてくれ。」

組んでいた腕を下ろし、セロに背を向けて神殿の奥へと消えていった。

リウヒが神殿の奥へと消えてからすぐに、一人のダークエルフの女性が姿を現した。
その手には盆が持たれており、水差しと皿が乗っていた。
女性は優しい微笑みを浮かべセロの前に屈むと、皿に水を注いで差し出した。
おそらくリウヒが労わってくれたのだ。
女性に礼を述べ、セロは張り付いた喉を冷たい水で潤した。
女性がセロの身体にそっと触れる。
そこから暖かい温もりが伝わり、徐々に体力が癒されていく感覚を覚える。
この女性も神官なのだ。
消耗したセロの体力を癒してくれていた。
その心地よさに静かに身体を預け、感謝した。

女性の手が離れ、静かに立ち上がる。
数歩下がり、横に移動してセロの前を空けた。
セロが神殿の奥に目をやると、再びリウヒが姿を現した。
その手には十字の鞘に収められた二本一対の剣を携えて。
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2008年06月10日

28:最初の鍵

ラファエルとフェリジアとの死闘が繰り広げられている森。
そこからやや離れた場所で、もうひとつの死闘が展開されていた。

アルバートとティファは、背中を護り合う陣形で二人を包囲する魔物の群れと対峙していた。
アルバートは愛剣を片手に、ティファは弓を番え油断なく魔物達の動向を警戒している。
二人は互いを信頼していた。
ティファはアルバートに比べ、戦闘に対する能力が高いとはいえない。
それでも弓の腕は中々のものであり、アルバートを補助するという意味では充分その能力を発揮している。
また、アルバートもティファを助け、支えながら戦う状況に慣れており、むしろその戦い方こそが自分達のスタイルであるとも言える。
少数の魔物との戦いはアルバートが先行し、ティファがそれを補助する。
多数の魔物が襲いかかってきた場合は、それぞれの判断で撃退するが、チームワークが乱れることはない。

魔物達は、何故か一斉に襲いかかってくることはなく、数体がよたよたと近づき、その都度二人の攻撃によって大量の体液を撒き散らして地面に転がった。
以前のような『群』としての機能はほとんど働いておらず、それぞれが勝手に行動しているようだった。
そのことは二人もすでに気付いている。
しかし油断することはなく、また自ら攻めることもなく、ただ襲いくる魔物を撃退するという戦法を維持していた。

「・・・ティファ、気付いてるな?」

自分の背後、同じく背中を向けるティファにアルバートが声をかける。

「うん。この群れ、統制が取れてない感じがする。」

どこか疑問を抱き、それでもなお油断なく周囲を見渡し二人が現状を確認しあった。

「以前と何かが違ってるな。これも、満月が近い影響なのか・・・?」

アルバートが推測を口にする。
それに対し、側面から近付いてくる一体の魔物の額に矢を放ったティファが答える。

「断言はできないけど・・・あの人、フェリジア・・・さんに何か変化があったのかも。」

額に矢を受けた魔物がゆっくりと後ろに倒れ込むのを視線だけで確認しながらアルバートがそれに続く。

「魔物を操る能力が低下しているってのか?もしくは・・・そこまで気が回らないってとこか。」

二人を囲む魔物の群れから、アルバートに対し4体、ティファに対し2体の魔物が徐々にその距離を詰めてきた。
アルバートは剣を構え、やや腰を落とし足に力を溜める。
最初の魔物が間合いに入った瞬間、一気に距離を詰め、先頭にいた魔物に強烈な斬撃を浴びせる。
右足の踏み込みから繰り出された、右上から左下へと振り下ろされた剣は魔物の身体を斜めに両断する。
アルバートは踏み込みの勢いを殺さず、その右側にいた2体目の魔物に対し、左の後ろ回し蹴りを放つ。
体勢を崩された魔物が2、3歩後ずさる。
アルバートは蹴り足をそのまま踏み込み、両手から左手へと流れるように持ち替えた剣を、右下から左上へと振り抜きこれも両断した。
ティファはほぼ正面から並ぶように近付いてきた2体の魔物のうち1体に矢を放つ。
額と胸に矢を受けた魔物は足を止め、その場に崩れ落ちた。
その間にティファとの距離を縮めたもう一体の魔物が、武器を振り上げ襲いかかる。
ティファは矢での撃退は間に合わないと判断し、右手で腰に装備してあるダガーを逆手で抜き放ち、振り下ろされる魔物の剣を外側にかわしながらその腕を切り落とした。
そして頸部に狙いを定め、返す刃で魔物の側面から追撃し2体目を仕留め、直後に油断なく周囲に視線を巡らせる。
さらに距離を詰めた魔物がアルバートの背後に近付く。
死角から振り下ろされる凶刃を、アルバートは身体を落としながら避け、魔物の下段に地面すれすれの斬撃を横に薙ぎ払う。
片足を断ち切られ、体勢を崩した魔物に、更に一歩踏み込みながらアルバートは強烈な突きを放ち、胸の真ん中を貫いた。
魔物の身体を貫いた剣を、魔物の身体を蹴り押しながら引き抜き最後に残った一体に向き直る。
そこでアルバートの背後から、風を切る音と共に2本の矢が放たれ、魔物の胸に突き立った。

洗練された連携で二人は確実に魔物達を迎撃し、可能な限り消耗を抑え、徐々に魔物の数を減らしていった。
しかし、二人を包囲する魔物の数は未だ数十体にも及ぶ。
それら全てが一斉に襲いかかってこないとも限らない。
明らかに長時間の戦闘が予測される。
おそらく日没までにその全てを撃退するのは不可能だろう。

やがてアルバートの正面に位置する魔物達がぞろぞろと群れを伴って近付いてくる。
陣形を組んでいるわけではないが、厄介なことにその魔物達は固まって
歩みよってくる。
そうなると一体ずつの撃退がやや困難となる。
それを見て舌打ちをするアルバート。

「オリハルコンの矢、使う?」

ティファがアルバートの背中に声をかける。
しかし、アルバートはそれを控えさせた。

「いや、その矢は本当に奥の手だ。この場ではなるべく使わないでくれ。」

アルバートは、その矢を『最後』まで使わせるつもりはない。
つまり、最悪の事態を想定してのことだ。
オリハルコンの矢は今現在この場にある最大数を残した状態で、ティファの逃走用に使う。
そのために、今この場で限りある矢を減らすわけにはいかなかった。

徐々に二人との距離を詰める魔物の一団。
アルバートが剣を両手に構えなおし、地面を蹴るための力を溜める。
ティファはアルバートを補助するために矢を番えながらも、多方向からの襲撃を警戒し、視線を巡らせる。

今まさにアルバートが地を蹴って飛びだそうとした瞬間だった。

近づきつつある魔物の一団。
その後方から、一筋の銀色の閃光が飛び込んできた。
その瞬間、魔物の一団が体液を撒き散らしながら、二人の見ている前で爆ぜた。
一瞬何が起こったのかわからず、しかし構えを解かないまま二人はその中心に視線をやった。

体液を撒き散らしながら倒れる魔物達の中心には、威風堂々と大地に立つ、銀色の毛並みがその姿を現す。

「遅くなってすまない」

セロは主から命じられた使命を果たし、今まさに死闘の場へ舞い戻ってきた。

その背には、『鍵』となる武器をしっかりと携えて。
posted by ラストエフ at 05:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

27:真の目的

ラファエルの動きには、かつての迷いはなかった。
憎しみと悲しみに染まった黒い殺意に突き動かされていた頃は、
フェリジアを救いたいという気持ちと、魔物に対する怒りによる迷いがあり、
その動きが制限されていたといえる。
しかし今は、一筋の光明と頼られる仲間があり、彼の心には一片の迷いもなかった。
それはありありと現在のフェリジアとの戦いに反映されている。

ティファとアルバートが初めてラファエルと出会ったとき、ラファエルとフェリジアの戦いはややフェリジアが優勢だったように思われる。
今回の二人の戦いは、それを覆すようにほぼ互角の戦いを繰り広げている。

また太陽がその高さを沈めつつある森の中に、何度目かの攻防が展開された。
森の中に、金属同士のぶつかり合う音とは若干異なる、鈍い衝撃音が響く。
ラファエルのクロウとフェリジアの武器とが激しくぶつかりあい、二人とも一進一退の攻防を繰り広げる。

ラファエルが左のクロウを突き出す。
体捌きだけでそれを避け、フェリジアが一歩踏み込みながら右手を斜めから振り下ろす。
体を沈めかわしながら左へ旋回しながら、右足での下段の足払いを放つラファエル。
フェリジアは右上段から左下段へ振り下ろし空を斬った右手を、勢いを殺さぬまま右下段へ軌道を変え、ラファエルの足をそのまま薙ぐ攻撃へと移行する。
ラファエルはそれに対し、足払いの勢いを止め右足で大地を踏み、さらに大きく踏み込みフェリジアの背後へ移動し、同時に右手のクロウを横に薙ぐ。
しかしそれは後ろに視線をやることもないフェリジアの武器によって弾かれ、さらに振り返ったフェリジアに追撃される。
真横から繰り出されるフェリジアの一撃を大きく飛び退き、ラファエルは再度距離をとり、油断なくクロウを構えた。

その間、薄い笑みを浮かべていたフェリジアが、さらに口の両端を持ち上げ、冷酷な笑みを形作る。

「嬉しいわ、ラファエル。以前より強くなっているわね?貴方が強くなるほど、貴方を手に入れたときの私はもっと強くなれる・・・」

目を細め、彼女の表情が恍惚に染まる。
その言葉に、ラファエルは若干訝しげに眉をひそめる。
『手に入れる』
とは、どういう意味なのか。
思えば、なぜ彼女は執拗にラファエルのみを狙い続けるのか。
フェリジアの記憶がラファエルを欲し、無意識下に追い続けているのではないのか?
ラファエルが彼女を倒すために追っているから、それに対抗しているのではいのか?
ここにきて、彼女の『意思』について疑問が浮かんだ。

「・・・お前の、目的はなんだ・・・」

フェリジアは、あぁまだわからないのか、というような表情で、小さく笑った。

「決まっているでしょう、貴方が欲しいのよ。」

くすくすと笑いながら答えるが、ラファエルの求める答えではない。
小さく舌打ちし、ことさら強い口調で再度促す。

「もう一度聞く。貴様の目的はなんだ!」

笑うのをやめたフェリジアは、それでも薄い笑みを抑えることなく、まっすぐにラファエルの目を見た。

「わかりやすく言ったほうがいいかしら?」

さらに言葉は続く。

「私がほしいのは、貴方の力、貴方の命・・・。この肉体の魂を分かち合ったもうひとつの光。それが貴方。この胸の十字架には、互いの命を捧げ合うという意味を持つのでしょう?だったら、私のために貴方の力を、命を頂戴・・・?貴方の命を私の中で同化することで、初めて『私』は完成するのよ・・・」

自身の言う、完成した自分を思い浮かべているのか、恍惚とした表情でフェリジアが語る。
しかしその目的。
この魔物は、上位種であるフェリジアを我が物としただけでは飽き足らず、ラファエルをも取り込もうというのだ。
再び、ラファエルの中に押さえ込まれていた黒い殺意が怒りとともに湧き上がる。
それをどうにか抑え、ラファエルは尚も問いかけた。

「完成する・・・だと?」

「そう。私はまだ未完成。とても不安定な状態なの。この肉体の中で、ふたつの力がせめぎあっている。満月が昇ると・・・その力の拮抗が崩れるでしょうね・・・。それを避けるには、もっと強い力がいるのよ、ラファエル。もうわかったでしょう?この身体と同じ『十字架の呪い』を受けたその身、その命、その魂・・・そしてその力は、この肉体になんの抵抗もなく同化できるわ・・・。」

ラファエルには期待があった。
フェリジアが自分を追い求めるのは、どこかに彼女の記憶が残っており、助けを求めているのではないか、と。
しかし、違っていた。
自らの力の増幅と安定、そして自身を完成させるためだけに追い求めていたのだ。
知らず奥歯をかみ締め、喉の奥から声が漏れる。

助けられないのか・・・?
倒すしか、ないのか・・・!?

たった今、フェリジアが発した言葉を思い出し、顔を上げる。
満月が昇ると力の拮抗が崩れる。
それを避けるために、もっと強い力がいる・・・。

つまり
満月が昇ることで、魔物の力が増大するため、それに対抗できる力を欲している・・・?
ダークエルフももともとはエルフと同じ存在だった。
ということは、俺にも上位種と同等の力が眠っているということか?
そして、ヤツはそれを狙っている?
やはり、満月が『鍵』であることは間違いない!

「ふふ・・・何か気づいたようね?でも、私が貴方達の考えに気づいてないとでも思った?」

フェリジアの表情から恍惚とした笑みが徐々に薄れ、代わって冷徹で残酷な笑みが作られる。

「もう時間もあまりないわね・・・」

太陽は大きく傾き、足元の影がさきほどよりもその姿を伸ばしている。
日没が近い。

「そろそろ、終わりにしましょう・・・」

ゆっくりとフェリジアが歩み寄ってくる。
右手の武器が、朱に染まりつつある太陽の光を反射して凶暴に輝く。
ラファエルもクロウを構え直し、正面から対峙する。

ふたつの『鍵』は
未だこの場に存在せぬまま、更なる死闘が余儀なくされる。
posted by ラストエフ at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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