2008年08月13日

38:三者の決意

アルバートが想定していた最悪の事態。
できれば回避したいと願っていた展開。
しかしそれは無惨にも打ち砕かれ、残酷な現実が突きつけられる。
アルバートは血が滲むくらいに唇を噛みしめ、決断を下す。

「・・・ティファ、オリハルコンの矢、準備しとけ・・・」

ティファは目に涙を浮かべ、口元を押さえながら、半ば放心状態で立ちすくんでいる。
アルバートの声が耳に届いていない。

「ティファ!しっかりしろ!」

びくりとティファの体が一瞬震え、涙を溜めた目でアルバートを見た。

「・・・ぁ・・・ごめ・・・ん・・・」

手が震えている。
声も震えている。
"やはり"とても戦える状態ではない。

「ティファ、・・・ここから逃げるんだ。」

「・・・ぇ・・・?」

アルバートが苦渋に満ちた表情で決断を伝える。
ティファには一瞬その言葉の意味がわからなかったかのようだ。
彼女の、仲間を想う気持ちを考えると、仲間を置いて逃げる行為がどんなに苦痛であるかはよくわかる。
しかし、アルバートはその苦痛を選択する。
どんな犠牲を払ってでも、ティファは生きて帰還させねばならない。
例え、その犠牲の中に自分が含まれていたとしても・・・。

「お前をここで死なせる訳にはいかない。俺があいつを食い止める。お前は、オリハルコンの矢を駆使して、この森から生きて帰れ!」

アルバートが決死の覚悟を込めてティファに語る。
その言葉と決意に驚愕するティファ。
このナイトは、最初からそのつもりだったのだ。
だからこそ、混戦になった時もオリハルコンの矢を使わせなかったのだ。
私が逃走する時のために。

「そ、そんな!嫌だよ!私も残って戦う!」

仲間を残して自分だけが生き延びるなど、できるはずもなかった。

「だめだ。その状態で戦えないだろう。足手まといだ。」

アルバートは視線をティファにやることなく冷静に指摘する。
たしかに、手足が震え、とても戦闘に参加できる状態ではない。
その冷たくも正確な指摘に、言葉を失い俯くティファ。
まさか、彼が自分に対してこんなにも冷たく厳しい言葉を浴びせるなんて。
普段優しい彼が、こんなにも厳しい言葉を発する。
それだけ、命の危険が大きいという表れでもある。
冷静になれば、ティファにも彼の狙いに気づけたはずだった。
その厳しさも、アルバートの優しさの表れである、と。
続いてアルバートは同じくセロにも声をかけた。

「セロ、お前も無理はするな。ティファと一緒にこの場を逃げ延びろ。」

全身に怒りを満たし呻り声を響かせるセロが、ゆっくりとアルバートに視線をやる。
その目には様々な感情が渦巻いている。
怒り、悲しみ、そして絶望と恐怖。
アルバートはセロの本能に気づいていた。
それは初めてフェリジアと出会った時、セロが彼女に飛びかかった時のことだ。
あのときのセロの行動は、必死とも思える攻撃だった。
そして今、主人であるラファエルを討たれた怒りを抱えているが、なかなか飛び出すことができない。
つまり、セロに対してフェリジア、いや、上位種というものは、遙か高みに位置する畏怖の対象であるのだ。
その本能ゆえに、フェリジアに対してセロは有効な攻撃ができないのだ。
アルバートは、そこに気付いていた。

「・・・なん・・・だと・・・?」

自分がこの場で役に立たないというのか。
アルバートに対して若干の怒りを覚える。

「お前がフェリジアを畏怖してるのはわかる。それなら、ティファについてやっててほしい。」

アルバートの言葉に、徐々に冷静さを取り戻していく。
どこか不自然さを感じる。
このヒューマンの男性は、決して傲慢を抱かないだろう。
この場に一人残り「足手まといだから」という理由で人を遠ざけないだろう。
そして隠しきれない本音。
セロは、完全に落ち着きを取り戻すと、アルバートに向かって逆に声をかけた。

「・・・不器用な男だな、貴男は。」

アルバートがセロを見下ろすと、まっすぐに視線が帰ってきた。

「ティファ殿と私を逃げ延びさせるために、貴男は敢えて我々を邪魔であるかのように言ったのではないか?そして、ここに残り、ここで死ぬつもりではないのか・・・?」

今度はアルバートが言葉を失い、セロを凝視した。
正にその通りだ。
見事に見抜かれた。
ティファも鋭く息を呑み、驚愕の表情を浮かべてアルバートの顔を覗き込んだ。
苦渋の決断を下したアルバートの表情が僅かに曇る。
そして、ふ、と短く息を漏らし呟いた。

「買いかぶりすぎだ。俺はそんなに器用にできてねぇよ。」

しかし、もうこの二人には通用しない。
セロに気付かされ、ティファも冷静さを取り戻していた。
同時にティファは、動揺し冷静さを失っていたことを反省するとともに、アルバートに対してやや怒りを覚えた。

自分を逃がすために死ぬつもり・・・?
そんなの許さない。

「・・・決めた。私も残る。」

ティファの表情に迷いはない。
決意に満ちた声色で意志を伝えた。
アルバートの表情が更に険しくなる。
彼女は恐らくこう言うだろうと予想していた。
それを避けたかったのに。
アルバートがティファに何か言いかけようとしたが、ティファがそれを遮る。

「もう決めたの!何言っても無駄だよ!私にはこの矢もあるんだし、勝機はきっとあるはず。」

強い眼差しがアルバートをまっすぐに射抜く。
強い娘だ。
その眼差しに潜む強い意志を読み取り、アルバートは小さく笑った。
セロもそれに続く。

「・・・私もここを去るつもりはない。マスターの仇討ちだ。一矢でも報いたい。」

視線をラファエルとフェリジアの方向へ向けて唸った。
アルバートは小さいため息を漏らし、ぼりぼりと頭をかいた。

「わぁーったよ!・・・なら、みんなで生きて帰ろうぜ。まだラファエルも手遅れじゃないかもしれないしな・・・!」

その言葉にティファとセロが力強く頷く。

「一人よりも、みんなで立ち向かったほうが勝機はあるよ!」

ティファが努めて明るい声で虚勢を張った。
あまりにも無謀な三者の決意には、それでも心強いものだった。


フェリジアはラファエルにしな垂れかかるような体勢でいる。
じ、っとラファエルの顔を見つめ、愛しそうに頬を撫でていた。
三者は、決意を胸に、完全体となったフェリジアに対して構える。

ゆっくりと、フェリジアが視線を移した。
勝ち目のない死闘。
それでも、仲間のために。

自分に立ち向かう姿勢を見せる三者に対し、フェリジアはうっすらと笑みを浮かべる。

その美しくも冷たい笑みは、三者にひとつの言葉だけを如実に伝えた。

絶望、と。
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2008年08月05日

37:絶望の悪夢

最初に異変に気付いたのは、意外にもティファであった。
アルバート、ティファ、セロの三者は、立ち塞がる魔物を悉く屠っていく。
しかし、直接魔物達を打ち倒しているのは主にアルバートとセロであり、ティファは前衛である二人の隙を埋めるために後方からの支援を担当していた。
そのためもあってか、ティファはかつてない程に神経を研ぎ澄ませ、集中していた。
もしかしたらこのチームワークを支えていたのは彼女の洞察力あってのものだったのかもしれない。
影の功労者は、間違いなく彼女だった。

そして、その集中力ゆえに、わずかな気配の変化に気付くことができた。
上位種やハイウルフに感覚が劣るヒューマンであるにもかかわらず。
それに気付いてしまった。

(・・・?空気が、変わった・・・?)

自分達をぐるりと囲む無数の魔物。
四方八方、どの方向から襲い来るか予想だにできない状況下で、ティファは常に自分と仲間達の周囲を観察していた。
一瞬の油断が、命取りになる。
しかし、違和感を感じた。
魔物の動向から目を逸らすことがどれほど危険なことか、重々に承知していることだ。
それでも、自分達を取り巻く、いや、森に充満する空気が、気配が変化したことがどうしても不安に感じる。
頬を一筋の汗が伝う。
ティファは自分達の周囲を取り巻く魔物の包囲網よりも更に先、二人の人外が死闘を繰り広げる場の変化にも気を向ける。
そのため、ティファに僅かな隙が生まれる。
その隙を突いてか、一体の魔物がティファに襲いかかる。

「ティファ!後ろだ!!」

やや離れた場所からアルバートが叫ぶ。
ティファが振り向くと、一体の魔物が剣を振りかざしていた。
アルバートが踵を返し駆け出す。
しかし到底間に合わない。
その瞬間、ティファの傍らから飛び出した銀色の閃光が、魔物の腕を切り落としていた。
一筋の閃光となったセロは、腕を切り落とした魔物の遙か後方で着地する。
それでも魔物は体液を撒き散らしながら、なおもティファへと近付いてくる。
すぐさま腰のダガーに手をかけるティファ。
しかしそれよりも早く彼女の側へと駆けつけたアルバートが、駆けてきた勢いそのままに魔物の横をすれ違いざまに、横薙ぎに両断した。



アルバートとセロがティファに駆け寄る。

「大丈夫か!?」

アルバートが安堵の息を漏らしながらティファ安否を確認する。
セロも同じくティファを見上げる。

「ごめん、ありがとう。」

ダガーを納め、再び弓を握り直して二人に謝罪と礼を述べる。
その表情にはどこか不安げな色が残されている。

「・・・なにか、気になることでも・・・?」

油断なく周囲に視線を巡らしながらセロが尋ねる。
ティファは、やや逡巡した後、口を開いた。

「ん・・・なんて言うか、雰囲気?が変わったっていうのかな・・・。うまく言えないんだけど、空気が変わったような気がして・・・。」

その言葉で、アルバートとセロも気付いた。
思い当たるのは、ひとつだけだった。
誰からでもなく、三者は同時に死闘の場所、ラファエルとフェリジアへと視線を向けた。



出来事は一瞬だった。
両手にある巨大な凶剣を翼のように広げ、ラファエルに向かって疾走するフェリジアの姿があった。
そして一瞬の交錯。
激しい衝撃のあと、大きく後方へと吹き飛ばされたのは、ラファエルだった。
そして三者は、その後の顛末をもはっきりと目撃した。
フェリジアの蹴りを腹に受けて後方に吹き飛ばされ、大木に強く背中を打ったラファエルは、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
同時にラファエルとの距離を一気に縮めるフェリジア。
離れた場所から見守る三者からもわかるほどに、フェリジアの表情は狂おしいほどの歓喜に彩られていた。
そして、ラファエルの前に膝をつき、愛おしそうに彼の頬を撫でている。
唇が触れそうなほどに距離を無くしたラファエルとフェリジア。
一見すると、抱き合い、愛の言葉を囁きあう恋人同士のようにも見える。
しかし現実は、フェリジアの華奢な右手の指が、ラファエルの腹部に深々と突き刺さっていた。

直後、狂ったように、しかし嬉しそうなフェリジアの高らかな笑い声が響き渡った。
顛末を目撃した三者は、自身が置かれている状況を忘れ、たった今眼前で繰り広げられた悪夢から目が離せなかった。

立ちすくむアルバートとティファとセロ。
明らかに隙があったにもかかわらず、何故か周囲を取り囲む魔物が襲いかかってくることはなかった。
ラファエルの身に何が起こったのか、誰にもわからなかった。
それほど致命的な受傷ではないはずだ。
それなのに。
明らかにラファエルの表情から生気が失われるのが見て取れる。
顔色から血の気が薄れていく。

ラファエルが、負けた・・・?

その事実は、確かに目の前にある。
しかしどうしてもその事実を受け入れることに抵抗がある。
現実を拒否してしまう。
だが、紛うことない残酷な現実が、そこにはあった。

「ラファエルゥゥゥゥ!!!!」

知らず、仲間の名前を叫んだのはアルバートだった。
その叫びも、もはや彼の耳に届くことはなかった。
言葉を失い、歯を食いしばった。
ティファは、突きつけられた絶望に涙を浮かべ、口元を手で押さえていた。
そうしないと悲鳴を上げそうだった。
そして、ティファの横から凄まじいほどの波動が感じられる。
同時に、獣の低く響く呻り声。
セロが、鋭い牙を剥き出し体毛が逆立つ程の波動を発しながら前方を睨んでいた。
その波動は怒りと悲しみとが入り交じる、複雑な感情が含まれていた。

「!・・・ッグッ・・・ウゥ・・・!ッガアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

絞りだした咆吼にも複雑な感情が入り交じる。
そこには迷いもあった。
全身の筋肉が緊張し、今にも飛び出しそうな体勢になる。
両前後の足で地面を掴み、爪を突き立てる。
涙こそ流してはいないものの、セロは確かに泣いていた。
鼻先に皺を寄せ、荒く、早く、浅い呼吸を繰り返していた。

三者は同時に、この戦いでの最悪の結末を目の当たりにしたのだった。

そこに残ったのは・・

ただ、絶望のみだった。
posted by ラストエフ at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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