2008年12月29日

45:最期の約束

ラファエルの持つ銀色の剣は、満月の柔らかい光を受けて仄かに輝いている。
まるでそれ自身が光を放っているかのように。
月明かりに照らし出されるラファエルの姿を、アルバートもティファも、長い年月を付き従ってきたセロでさえも、神々しい印象を抱いた。
ゆっくりと、フェリジアとの距離が縮まる。
対するフェリジアは両手を武器化させ、明らかな怒りの表情を浮かべてラファエルを迎える。
二人の間に、再び戦慄の空気が張り詰める。
しかし、今までと違うのは、明らかにラファエルが優勢であることが一目でわかる。
それほどまでに今のラファエルには力が宿っており、フェリジアはおろか、それを見守る三者にもそれは感じ取ることができた。

やがて、ラファエルが歩みを止める。
フェリジアとの距離はおよそ10歩。
奇しくも、かつてラファエルが勝負を決めようとした距離とほぼ同じような距離。
その空間を二人の間に残して、立ち止まった。
ラファエルは静かに剣を構え、やや腰を落とした。
それに応えるように、フェリジアも両手の剣を体の前に構える。
ピンと張り詰めた空気が森を支配し、今にも爆発しそうなほどに緊張している。
聞こえるのは、柔らかく吹く風が木々の葉を揺らす音のみ。

動いたのは、同時だった。

二人の距離は一瞬にして無くなり、鋭く風を斬る斬撃の音が続いた。
突進の勢いそのままに、フェリジアの右手の剣が右上段から左下段へと振り抜かれる。
それをラファエルは受け止めず、右手に持つやや湾曲した逆手の剣で自分の身体の右側へと受け流す。
フェリジアはそのまま勢いを殺さずに身体を回転させ、左の剣を水平に振り抜く。
その目標はラファエルの首。
一直線に吸い込まれるようにラファエルの首へと向かう剣の軌道。
ラファエルは前に進んだ勢いの惰性で後ろへ避けることができない。
しかしその場で重心を落とし、首を狙う凶刃をくぐってこれを回避する。
そこに続けて繰り出されるのはフェリジアの右の剣による突き。
斜め下へ振り下ろすように真っ直ぐに、ラファエルの顔面目掛けて鋭い突きが風を引き裂く。
ラファエルの目前に迫る半透明の刃物。
ラファエルはそれを重心を戻すことで避け、同時に再び体勢を立て直す。
その表情は冷静で、沈着。
一瞬も揺らぐことがない。
しかし、フェリジアの表情には今までの笑みや狂おしいほどの歓喜の色がなく、ただ怒りだけが存在している。
ラファエルの眼前を通り過ぎた刃を、フェリジアは強引に外側に引き、再度横一閃の斬撃でラファエルの首を狙う。
ラファエルは、それを左手に持つ剣で上へと受け流す。
渾身の力を込めた斬撃の軌道を変えられ、フェリジアの体勢が崩れる。
さらに身体は開き、無防備な姿をラファエルの正面に晒すことになる。
フェリジアの表情は驚愕。
そして怒りと憎悪。
それらを伴って、その隙を埋めようと左の剣を振り下ろす。
しかしそれはラファエルの右の剣で受け止められる。
同時にラファエルは、受け流した左の剣を即座に方向を変え、左から右へと横に薙ぐ。
無理矢理体勢を崩されたフェリジアは、その一撃を完全に回避することができなかった。
辛うじて地面を蹴って後ろへ飛び直撃は避けたものの、胸元は横一文字に服が裂け、肌にうっすらと切り傷が浮かび上がる。
更なる驚愕とともに、自分の胸元に視線を落とすフェリジア。
その後に浮かんだのは、恐怖だった。
一瞬、フェリジアの動きが止まる。
その一瞬でラファエルはフェリジアの懐へと踏み入っていた。
フェリジアが我に返ったときは、既に遅かった。
低く踏み込み、右手の剣を大きく引き絞るラファエル。
フェリジアが浮かべた表情は、絶望だった。
ラファエルに、迷いはない。
大きく踏み込み、低い姿勢から、右手の剣を真下から真上へと、大きく振り抜いた。
先程横一文字に切り裂いたフェリジアの胸元に、新たな斬撃が重なる。
その二つの斬撃は、心臓の位置にある誓いの聖痕である十字架を、新たに刻んだ。


三者は、その一瞬の出来事をしっかりと目に焼き付けた。
ラファエルとフェリジアの、因縁の戦いの決着を。
その交錯は一瞬だった。
しかし、その死闘には一言では言い表すことのできない感情の流れと、様々な思いがぶつかり、弾け、そしてそれに終止符が打たれた瞬間だったのだ。



ただの掠り傷だ。
最初はそう思った。
しかし、あの銀の双剣にこれほどの威力があるとは。
フェリジアの身体から力が抜けていく。
魔物を一撃で葬り去ることができるほどの威力を持つ退魔の剣。
それは、その剣によって与えられた傷がどんなに小さくとも、恐るべき威力を持っていた。
ましてや、今のフェリジアはすでに上位種としての能力を全て失い、そこにあるのは完全なる魔としての存在。
銀の双剣による傷は、明らかに致命傷だった。


フェリジアの身体ががくがくと震え出す。
顔は青ざめ、恐怖と絶望が美しい顔を塗りつぶす。
両手に出現させた半透明の刃物がどろりと溶け出し、地面に落ちた。
震える手で、自分の胸元に手を充てる。
悲しそうな、そして恐怖と絶望を浮かべた表情でラファエルを見る。
唇が細かく震え、小さく声が漏れていた。
ラファエルはおそらく無表情にフェリジアを見つめ、剣を腰に納めた。
その心中は、表情から察することはできない。
フェリジアが力なく一歩後ずさり、膝を着いた。



そして、前のめりに倒れ込む。
地面に倒れる直前。
無意識だったのか、ラファエルがフェリジアの身体を抱き止める。
そして片膝を着き、意識が朦朧となるフェリジアを優しく仰向けに抱き、支える。

「・・・ラ・・・ファ・・・エル・・・・」

フェリジアが小さく名を呼ぶ。
ラファエルは変わらず無表情に、無感情にフェリジアの上半身を支えている。
ラファエルの膝の上で力なく仰向けに身体を預け、フェリジアは左手を必死に挙げ、ラファエルの頬にそっと触れる。

「あ・・・り、が・・・と・・・う・・・」

悲しそうな、笑み。
弱々しく頬に触れる彼女の手を、ラファエルは手に取ることも振り払うこともなく、ただフェリジアの顔を見つめていた。

「・・・愛して・・・いるわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ラファエルに向けられる、最後の微笑み。
フェリジアは、ラファエルの顔を見つめながら、彼の背後に回る右手の掌を、徐々に上に向けた。


その戦いを間近で見ていたアルバートは確かに見た。
ラファエルの死角となる背後で、フェリジアの右手が徐々に武器と化す瞬間を。

「・・・!!!!」

この死闘に、自分達が踏み入ってはいけない。
誰ともなくそう感じていた。
しかしここで気付いたのは、恐らく自分だけだ。
黙って見過ごせるはずがない。

危ない、ラファエル!!

そう叫ぼうとした瞬間だった。
フェリジアの右手がゆっくりと持ち上がり、ラファエルの心臓を背後から狙われた正にその瞬間。
ラファエルの右手が、腰に装着してある聖なる短剣を取っていた。
かつて、二人の胸に誓いと共に刻まれた十字の聖痕を与えた、あの儀式用の短剣を。

その短剣はまるで鞘に収まるかのように。
するりと、一切の抵抗を感じさせないほど滑らかに、あっさりとそこに収まった。
フェリジアの、十字架のちょうど中心。
心臓の位置へ。
深々と自分の心臓に突き刺さった短剣をどこか不思議そうに、そして少し驚いた表情で見つめるフェリジア。
ラファエルの背後へと伸びた右手が徐々に下がり、地面へ落ちる。
そして、自分の身に何が起こったのかを悟ったかのように、フェリジアは何故か満足そうに、微笑んだ。

ゆっくりと、瞼が閉じる。
長い睫毛が微かに揺れる。
本来彼女が浮かべていたであろう、優しい微笑みを残して。
どこか満ちあふれた表情のまま。
フェリジアは、永遠の眠りについた。
ラファエルの腕の中で。


ラファエルはそっとフェリジアの身体を抱き締め、彼女の耳元に何かを小さく囁いたようだった。
その言葉は、その表情は、背を向けるアルバートにはわからず、また遠くにいるティファとセロにもわからなかった。


長い、悲しい戦いに、本当の決着がついた。
忘れることができない、悲しい結末で。
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2008年12月23日

44:休息の酒場

とある日の夕暮れ、商業の街ギラン。
様々な商店が建ち並び、様々な人種が街を行き交う賑わった街。
今日もいつもと変わらない人々の喧噪がそこら中に溢れかえっている。
多くの住人や旅人が往来する街の中心部から外れた場所に、ぽつんと佇む一件の酒場があった。
表に掲げられた手作りの看板には『虹色の風亭』と書かれている。
街の外れにあるにしては店内はそれなりに賑わい、繁盛している様子だった。
女主人とその夫、そしてその友人の女性の三人で切り盛りしている酒場は、美味い料理と豊富な酒類、旅人への支援等で有名であり、特別大きな店でもないが評判があり、人気があるのも頷ける。
その日も、数人の客で賑わう店内で、カウンターの席に座る男女二人が、店の男と話に華を咲かせていた。

「・・・と、まあその奇跡ってやつのお陰で俺達は助かったってワケだ。」

麦酒の入ったジョッキをグイッっと空け、カウンター席に座る男、アルバートが一旦話を切る。

「あくまでも私の想像、の話なんだけどね。」

アルバートの横に座る女性、ティファがその後を引き継ぐ。
蜂蜜と果汁で割った女性に人気のある弱い果実酒をちびちびと口に運ぶ
ティファの前には、色とりどりの果物が切り分けられた皿が置いてあった。

「どう思う?クリフの旦那。」

軽くなったジョッキを軽く振りながら、アルバートはカウンターを挟んで座る店の男性、クリフに尋ねた。
この酒場を経営する三人のうちの一人で、女主人の夫である彼は主に旅人への情報の提供や仕事の斡旋のほか、怪我人への治療なども行っている。
読書好きのその青年は、一見すると華奢な外見だが落ち着いた雰囲気を持ち、知識が豊富で情報通でもある。
クリフはアルバートの話に、うーん、と呻り、腕を組んで考え事をしているようだ。

「とても興味深い出来事だね。僕の持つ書物や文献でも見たこともないし、ましてや聞いたこともない。おそらく前例はないだろう。」

二人に向き直り、柔らかい物腰で語りかける。
そして、空になったアルバートの飲み物を新たに用意しながら更に続ける。

「はっきりとした答えは出せないけど・・・きっとティファの想像が正しいんじゃないかな。」

アルバートに新しいジョッキを渡し、にっこりと二人に微笑んだ。

「色んな偶然が重なり、予想もできない事態が起こる。きっとそれを奇跡と呼ぶんだろうね。そして、ティファとアルバートがその場にいたことも、奇跡を起こした一つの要因として含まれているんだろう。」

礼を言ってジョッキを受け取り、その中身を大きく一口煽るアルバート。
店内は他に数人の客で賑わっており、たまに響く笑い声や話し声が聞こえていた。

「それで、その後はどうなったんだい?」

クリフがカウンターに座る二人に、死闘の結末を尋ねる。
ラファエルとフェリジア、二人の悲しい物語の行方を。

「あぁ、えーっとどこまで話したっけ。」

「ラファエルが風を纏ってフェリジアと対峙した、ってとこ。」

アルバートの言葉をティファが引き継ぐ。
あぁそうだった、と呟き、アルバートが先を紡ぐ。

「・・・それが、本当に最後の死闘で、勝負は一瞬の交錯で決着したんだ。」

いつの間にか店内の客は若干減り、注文が落ち着いたのか、女主人が厨房から出てきており、またティファの隣にはウェイトレスである女性が腰掛けていた。
女だてらにこの酒場の主人であり、クリフの妻であるオリガは、注文を受けた全ての料理を出し切り、休憩がてらその物語に聞き入った。
ウェイトレスの女性、リオーネも同じく仕事が一段落したため、アルバートの話す物語の続きに耳を傾けた。

今でもはっきりとその光景が浮かぶ。
自分は、セロやティファよりも近く、あの場で最も鮮明にその闘いを目に焼き付けることができたのだから。
アルバートはつい先日体感し、目の当たりにした奇跡と、悲しい運命を背負った人外の二人と、そしてその闘いを思い返しながら続きを話し始めた。
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2008年12月21日

43:二人の絆

全身に風を纏い、フェリジアとの距離を少しずつ縮めるラファエル。
力を持つ風がラファエルの髪を微かに揺らす。
ラファエルに気圧されるように、一歩、また一歩と後ずさるフェリジア。
周囲にいた魔物達は女王の束縛から解放され、糸が切れた人形のようにふらふらと辺りに散っていった。
すでにフェリジアを守る風の鎧も、魔物の盾も、そこには存在していなかった。

先にセロによって戦場へと届けられた一つ目の鍵である『銀の双剣』
そして、魔物の力が増幅するきっかけとなる『満月』
ふたつの鍵が揃い、当初ラファエルやティファ達が思い描いていたものとは違う課程ではあるものの、結果は予定していたものよりも遙かに優位となった。
それは奇跡なのか、それとも運命なのか。
死の淵からラファエルは蘇り、絶望の底から形勢は逆転した。



対立する二人を見守る三者。
そんな中で、落ち着きを取り戻しつつあるティファはほぼ無意識に状況を分析していた。
当初の予定は、夜が更ける前、即ち満月が昇る前に一つ目の鍵をセロに届けてもらうこと。
これは予想よりも早く最終目標であるフェリジアとの遭遇があったものの、セロの活躍により見事達成される。
そして、二つ目の鍵である満月が昇ったとき、一つ目の鍵である退魔の剣でフェリジアの中の魔物のみを倒す。
ここで誤差があった。
そもそも、何故満月を待つ必要があったのか。
満月が昇れば魔物の力が増幅し、フェリジアの力もより凶悪なものになると予想されたはずである。
それこそ、ラファエル達が見出したフェリジアを救う希望でもあったのだ。
魔物の力が増大した時、退魔の剣でフェリジアの中に住まう魔物だけを斬る。
成功の見込みがあるとは思えない、無謀な賭け。
満月が昇った瞬間、フェリジアに何らかの変化があると予想し、その前にこちらの準備を万端に整え、変化のある一瞬に賭けるしかなかった。
その狙いは、大方正しかったとは言えるだろう。
それはフェリジア自身の言葉からも読み取ることができる。

『私はまだ未完成。とても不安定な状態なの。この肉体の中で、ふたつの力がせめぎあっている。満月が昇ると・・・その力の拮抗が崩れる。』

同化した上位種と魔物の力は、満月の魔力によってその拮抗を失う。
作戦の読みは正しかったのだ。
そしてそれを避けるために、フェリジアはラファエルの力を取り込もうとしていた。

しかし、現実はその全てが思惑通りに行くほど甘くはなかった。
圧倒的な力でラファエルを制し、多数の魔物によって邪魔者である三者を排除し、更に鍵である退魔の剣すらも封じられる。
ラファエル達が託した一筋の希望は、瞬く間に絶望へと一変した。
そしてフェリジアの前に力尽きるラファエル。
望んでいたラファエルの力をも取り込み、フェリジアは新たに風を操る能力を得て、神に等しい力を手に入れた。
絶望の底に陥った4人に差し込んだのは、一筋の光。
ここで、二つ目の鍵である満月が現れ、奇跡が起こり、形勢が逆転した。

それは何故か。

あの時、ラファエルの腹部にはフェリジアの指が深々と突き刺さっていた。
そして、先程ラファエルが言った言葉。

『フェリジアがおれに力を貸してくれている。』

それはもしや、満月の力で増幅した魔物の力がフェリジアの身体を埋め尽くし、本来のフェリジアの魂と力が押し出され、結果ラファエルへと流れ込んだと考えられないだろうか。
それならば、上位種の力である風を、フェリジアが失い、現在ラファエルが扱えるようになったのも頷ける。

これを、誰が予想できたであろうか。
正に、奇跡。
種族を超えた二人の絆がもたらした奇跡としか言えない。
絶望から希望へ、そして希望から絶望へ。
運命の歯車は、ラファエルとフェリジアの魂の、本来あるべき姿へ向けて回ったのかもしれない。
その運命はラファエルにとって残酷で、耐え難いものであるかもしれない。
しかしフェリジアの魂を救うために、彼は今、この戦いに終止符を打とうとしている。

真実はわからない。
あくまでも憶測の域を超えない。
でも・・・

ティファはこの奇跡が必然だった、と信じている。
そして、魂という絆を取り戻したラファエルの勝利を、信じた。

この戦いの結末を、一瞬たりとも逃してはならない。
それはティファだけではなく、アルバートとセロも同じ思いだった。
三者は静かに、しかし確信を持ってラファエルの最後の戦いを見守った。



激しい戦いを繰り広げてきた、人外の二人。
その結末は、一瞬の交錯で決着し、その場にいた全員の心に刻まれ、忘れることのできない悲しいものだった。



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2008年12月09日

42:魂の風

大地をえぐる跡、薙ぎ倒された木々、散らばった枝葉、神の力を物語る爪痕の渦。
その中心にあって、対立する二つの人外の影。
低い呻きとともに殺意と憎悪を込めた視線を目に宿すフェリジア。
その視線の先には、しっかりと大地に足をついて威風堂々と立つラファエル。
フェリジアに腹部を貫かれ、神の力を得るためにその身から力と魂と命を吸い取られたラファエルが、奇跡を得て甦った。

「よかった・・・!ラファエル!」

ティファが、先程とは違う涙を流しながら安堵の声を漏らす。

「・・・マスター・・・!」

セロがよろよろと立ち上がり、主の姿を見て喜びとともに力を取り戻す。

「心配させやがって・・・!」

アルバートも同じく、安堵感からかその場に座り込み、傷だらけの身体を地面に預けた。

ゆっくりと三者を見渡すラファエル。
そして、静かだがはっきりと言う。

「すまなかった。だがもう大丈夫だ、安心してくれ。・・・後は、俺が全ての決着をつける・・・!」

三者に声をかけた後、ゆっくりとフェリジアに視線を移し対峙する。
フェリジアからはすさまじい怒りの波動と殺気。

「・・・おのれ・・・!おのれ!!神に逆らうというのか!!」

今までとは違い、明確な殺意を込めた視線でラファエルを睨む。
ラファエルは一歩、前に進む。
そしてフェリジアに言葉を返す。

「違うな。逆らうんじゃない。抗っているんだ。運命に。絶望に。それに、貴様は神なんかじゃない。その力も、すでに失っている。」

一言一言に力を込め、区切るように、しかしはっきりと応えた。
それに対し、フェリジアがさらに怒りを増したことがその波動で感じ取ることができる。

「だまれぇ!!・・・もういい・・・お前なんかいらない・・・!ここにいる全員、皆殺しだ・・・!一瞬のうちに切り刻んでくれる!!!!」

激しい怨嗟と怒り、それらを伴って呪いの言葉を吐く。
そして、手に入れた神の力、風の刃を発生させようと力を込める。

「・・・!な、なんだ・・・!?力が・・・!??!??」

しかし、思うように力を操ることができない。
混乱し戸惑うフェリジア。
さらに徐々に近付いてくるラファエルに対し、数歩後ずさる。

「言ったはずだ。貴様はすでに力を失っていると。・・・フェリジアは、俺の中にいる・・・!俺に力を貸してくれている!」

ラファエルの瞳に宿る強い力。
それは自身の生きる意思であり、フェリジアの願いであった。
形勢が拮抗する二人。
徐々にその距離を縮めるように、ゆっくりと歩みを進めるラファエル。
フェリジアは眉の間に皺を浮かべ、怒りの表情とともに歯ぎしりをしながらまた一歩後ずさる。
まるでラファエルに対して恐れを抱くかのように。

「・・・く・・・!眷属達よ!奴を捕らえろ!!殺せ!!肉を喰らい、血を啜り、腸を貪り、骨までしゃぶり尽くせ!!」

フェリジアは配下である魔物達を見渡し、声を荒げる。
手足のように操れるはずの魔物達は、それでも女王の命令に従うことはなかった。
まるで糸が切れた人形のように、その場で立ち尽くし、あるいはふらふらと森の奧へ姿を消し、ラファエルに襲いかかる魔物は一匹としていなかった。

「何故だ・・・!?私は力を手に入れたはずだ!魔物共を意のままに操り、風を操り、神に等しい力を手に入れたはずだ・・・!!」

神に等しい力を手に入れ、今まで優位に立っていたフェリジアが、ここにきて初めて明らかに狼狽する。
ぱらぱらと姿を消して行く魔物達を目にして、さらに困惑の表情を浮かべる。

「無駄な抵抗はよせ。貴様に勝機はない。それに、こちらは『鍵』が揃った。・・・形勢は逆転した・・・!」

徐々に距離が縮まる。
ラファエルの言葉に、フェリジアの表情に恐怖の色が浮かぶ。
しかし、そこでフェリジアがひとつ気付く。

「ふ、ふはははは!鍵だと!?その状態で何ができる!確かに満月は昇った!だが、その手にしているものはなんだ!私の力が例え薄れたとしても、その状態の武器で何ができるというのだ!!」

ラファエルの持つ武器。
ふたつあるうちの最初の鍵。
銀色に輝く退魔の力を宿す二対の剣は、変わらずラファエルの腕ごと魔物の身体から生成された粘体の物質で全て覆われていた。
フェリジアが力を失ったことも、粘体のまま固定されてしまった魔物の身体は、その影響を受けずにラファエルの腕と武器を飲み込んだままだった。
フェリジアは数少なくなった自らの優位性を示すように、ラファエルを睨む。

「力が薄まったとしても、そんな状態の貴様にこの私が負けるはずがないだろう!もうお前なんかいらない・・・!一思いに始末してくれる!!」

フェリジアは最初に会ったときと同様、自らの身体の内部から粘体状の物質を捻出させ、右手を武器と化した。
そして先程抱いてしまった自分の恐怖を振り払うかのように構え、ラファエルに対し向き合う。
恐らく防御すらままならない状況で、それでもラファエルは不敵な笑みを浮かべる。

「・・・言ったはずだ。フェリジアがおれに力を貸してくれていると。」

死闘の場所。
凶風が巻き起こった森。
その中に、柔らかい風が頬を撫でる。
まるで、満ちる殺気を癒すかのように、柔らかく優しい風。
それは徐々に渦を巻く。
そして明らかな力を伴って、ラファエルの周囲に集まり、渦巻く。
ラファエルは立ち止まることなく、ゆっくりと歩を進める。
風を纏い歩くラファエル。
次の瞬間、一陣の風が刃となり、ラファエルの腕に絡みつき拘束していた魔物の一部を切り刻み、一瞬のうちに消し去った。

「!!ば、ばかな・・・!!風を、操る、だと・・・!」

フェリジアの表情が驚愕に歪む。
ラファエルは明らかに、風の力を宿し、両腕の自由を取り戻した。
そして両手に持つ銀の剣を一降りし、さらにフェリジアに近付く。
その剣にも、まるで力が宿ったかのように満月の光を反射して輝いていた。

「・・・う、うぅ!・・・おのれ・・・!!」

驚愕と怒り、そして恐怖を宿し、フェリジアは歯を食いしばり喉の奥で低く呻る。

「・・・この、身体を・・・斬るというのか・・・!貴様の妻であるこの私の身体を・・・!!!」

もはや必死とも思える声で最期の足掻きを見せるフェリジア。
それはまるで最期の切り札でもあるかのような発言だった。
例え魔物に同化されたとはいえ、その外見は変わらず美しい上位種であり、ラファエルの妻の姿であるのだ。
そしてラファエル達の目的は、フェリジアの救出。
それ故に、フェリジアに対して有効な攻撃を躊躇してしまう場面もあった。
フェリジアの発言に、歩を止め、立ち止まるラファエル。
フェリジアの表情に一瞬安堵の色が浮かぶ。

−斬ることなど、できるはずがない−

フェリジアの表情に浮かんだ安堵が如実にそう物語っている。
やや俯き、目を瞑るラファエル。
数瞬の間の後、目を開け顔を上げたラファエルの表情に、迷いはなかった。
瞳には力が宿り、覚悟と決意が見て取れる。

「・・・貴様は、フェリジアではない。ただの抜け殻だ。フェリジアの魂は返してもらった。・・・最後に、その身体を返してもらう・・・!!」

固い決意とともに、ラファエルが力強く発した。

歯を食いしばり、見た者に呪いをかけるかのように怒りを浮かべるフェリジア。
そして力強く大地に立ち、その視線を真っ向から受け止め決意と誓いを胸に宿すラファエル。

それを見守るアルバート、セロ、ティファの三者にも、戦いの終わりが近いことが読み取ることができた。

満月の光を浴びながら静かに対峙する、ラファエルとフェリジア。
固い絆によって結ばれた異種族の二人。
数奇な運命によって最愛の者と剣を交わすこととなった男と女。

最後の死闘が、始まる。


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