2009年01月14日

50:虹色の風

遠くに連なる山々の頂がうっすらと明るみを増し、その間から朝日の欠片が覗いている。
森を抜けたところにある小高い丘に、みっつの人影とひとつの獣の影が見える。
その丘の前には広大な海が一望でき、後ろは人が踏み込むことがないであろう深い森が口を広げている。
見晴らしの良い丘の一部が盛り上がり、その周囲にたくさんの花が供えられていた。
そしてその前に跪く男の姿。
それを見守るかのように数歩下がった場所から男の後ろ姿に視線を送る男女の姿と、一頭の獣の姿。

徐々に明るくなる空は、夜明けが近いことを教えてくれる。
悲しく、長い死闘に決着がついた後、ラファエル達は森を抜け、フェリジアをこの丘に埋葬した。
森へ還ること。
それが彼女の最期の願いだったのである。
やがて、妻が眠る墓の前からラファエルがゆっくりと立ち上がる。
彼は今、何を思うのだろうか。
振り返り、ティファとアルバート、セロの元へと近付いてくる彼の表情は、とても穏やかなものだった。

「・・・貴方達のお陰で、全てに決着をつけることができた。感謝している。・・・それと、巻き込んでしまって、すまなかった。」

静かに、ティファとアルバートに対して感謝し、同時に謝罪する。

「そんな、巻き込んだなんて・・・私達のほうこそ、足を引っ張ってしまって・・・。」

ティファが困ったようにそれに応える。

「いや、二人がいなかったらどうなっていたか。助かったよ。二人は俺の恩人だ。この恩は忘れない。・・・ありがとう。」

ラファエルは微笑み、優しい声で二人に再度感謝を述べる。
ティファはその言葉に赤面し、やや俯いてどこか嬉しそうにもじもじと照れている。
その隣に立つアルバートも、柔らかい微笑みを戦友に返す。
そしてアルバートは、相変わらずもじもじとしながら何かを迷うようなティファに一度視線を落とし、苦笑混じりの小さなため息を漏らす。

「なぁ、ラファエル。あんたこの後、どうするつもりなんだ?」

ティファが正に尋ねたかった内容を、見かねたアルバートが代弁する。

「そう、それ!何か、予定とか目的とか・・・。」

ティファが勢いよく顔を上げ、アルバートに続く。

「・・・まずは、一度故郷へ戻ろうと思う。借りている武器を返さねばならない。その後は・・・」

ラファエルはそこで一度言葉を句切る。
そして懐から布に包まれた物を大事そうに取り出す。

「フェリジアも、故郷に帰してやりたいんだ。エルフの森に入ることが許されるかどうかわからないが・・・。」

ラファエルが取り出したそれは、フェリジアの、一房の黄金の髪が包まれている。
手の中にあるフェリジアの髪に視線を落とすラファエル。
ティファの見た彼の表情は、どこか儚げに見えた。
まるで消えてしまいそうなほどに。
現実味を帯びない、幻のような印象を与えるラファエルの姿に、どこか不安な気持ちを抱いてしまう。
そしてティファは、決意を固める。
あの一言を彼に伝えるために。

「故郷へ向かうってことなら、ギランは通り道だな。ちょうどいい、ギランの外れに、俺達の仲間が経営する酒場があるんだ。一度顔出してみないか?俺達も、ハイネでの報告や事後処理が終わったらそこに向かうつもりだ。」

「あぁ、わかった、行ってみよう。」

アルバートとラファエルは、互いに戦友として認めあっていた。
それはごく自然に、男同士、肩を並べて死闘を潜り抜けて芽生えたものでもある。
ラファエルは、このアルバートが自分のために、死を覚悟してまで飛び込んできてくれたことを知っている。
そしてティファは、か弱い身でありながら死地に残り、自分を助けようとしてくれたことを知っている。
勿論、相棒であるセロも然り、自分のために長い距離を駆け、命を預けてくれた。
この二人の仲間達が、ギランにいるらしい。
不思議と、会うのが楽しみに思えてくる。

ラファエルとアルバートが言葉を交わしている間、ティファは先程決心した言葉を伝えようとするが、どうしてももう一歩が踏み出せない。
気恥ずかしさが勇気を上回っている。
ほんの一握りの勇気が欲しい。
アルバートが、ちらりとティファに視線を移す。
悩んだ表情で両手の指を組んで忙しなく動かしている。
少し呆れ、それでもティファらしいと思いながら苦笑し、肘で肩をつつく。
恥ずかしそうな視線をアルバートに送ってくる。
アルバートには、ティファがラファエルに何を言おうとしているのかわかっている。
でもその一言をなかなか言えないでいる。
世話の焼ける妹のようなティファを、ほんの少し、後押ししてやろう。

「・・・あの・・・」

恐る恐る、ティファがラファエルに声をかける。
そして一歩、ラファエルの前へと歩み出て、緊張しながらも顔を上げる。
アルバートより若干高い位置にある視線をまっすぐに見る。
そして、一度深呼吸して、言葉を繋げた。

「もし、よかったら、私達の血盟に入りませんか?」

緊張が伝わる固い声で、しかしはっきりと、ラファエルに言葉を伝えた。
きっと、今自分の顔は真っ赤になっているだろう。
心臓が強く脈打ち、顔が熱くなっているのがわかる。
ラファエルは、少しだけ驚いた表情でティファを見つめていた。
この俺を迎えてくれるという。
驚いたが、それ以上に、素直に嬉しいと思った。
ティファからアルバートに視線を移す。
彼はティファの姿を微笑ましく見守っており、ラファエルと視線が合うと、また優しい笑みを浮かべる。

「歓迎するぜ。」

アルバートもまた、ティファと同じであった。
微笑みを浮かべるアルバート。
緊張した面持ちで返答を待つティファ。
この二人は、俺に手を差し伸べてくれた。
絶望に打ちひしがれ、一度は死をも選んだ俺を、また救ってくれるというのか。
二人に視線をやる。
その時のラファエルの表情には、二人が初めて見る、とても自然で優しい微笑みが浮かんでいた。

「・・・役に立てるかどうかわからないが・・・」

静かに、言葉を紡ぐ。

「こんな俺を迎えてくれるのなら、喜んで。」

ティファの表情が、ぱっと明るくなり、まるで花が咲いたかのような晴れやかな笑顔になる。
アルバートは最初からこう答えると確信していたのか、それでも嬉しそうな表情が浮かんでいた。

丘に立つ4つの影が一層濃く、足下から伸びる。
遠くの山の間から顔を覗かせた朝日が柔らかく世界を包む。
新しい朝は、希望を与える光だった。
ティファが、ラファエルに右手を差し出す。
ラファエルもその手をしっかりと取り、握り返す。
太陽の光に包まれて大地に伸びる影が、新しい道へと続いていた。



「ようこそ、『虹色の風血盟』へ!」


    〜 〜 完 〜 〜
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2009年01月10日

49:風の色

「・・・その果物が、これ、という訳だ。」

話し終えたエルガが、再びティファの前の皿に盛られた果物に視線を落とし、その中から一切れを摘んで口へと運ぶ。
とても新鮮で糖度も申し分ない。

「最初は店で出すか、私達だけで頂こうか迷っていたんだが、やはり二人に食べてもらおうと思ってね。」

ティファとアルバートを見て、優しく微笑む。
エルガの話を聞き終えた二人はどこか驚いたような表情を浮かべるが、それも一瞬のことで、たちまちにとても嬉しそうな表情になった。

「間違いないよ!ラファエルとセロだ!」

興奮気味のティファが思わず声を上げる。
その感情はアルバートも同じなのだが、ティファはそれよりも一際嬉しそうな、まるで少女のような表情を浮かべている。

「あれあれあれ〜?ティファったら、顔赤いよ?ラファエルって人が来たことがそんなに嬉しいのかな〜?」

そこへ、ティファの隣にいたリオーネがくすくすと笑いながら顔を覗き込む。

「えぇっ!??そ、そんなことないよ!」

更に真っ赤になって否定するが、そんな反応がリオーネは楽しくて仕方がない。

「だってほら、新しい仲間ができたんだよ?その仲間が来てくれたんだよ!?嬉しくもなるでしょ?ね!」

あたふたとしながら必死に赤面の言い訳をするティファ。

「もーティファったらかわいい!!」

その様子を見ていたリオーネは突然ティファに抱きついて頬擦りをしながら頭をぐりぐりと撫でる。
リオーネの胸に顔をうずめたティファはもごもごともがきながら頬を膨らませている。
仲の良い二人はまるで姉妹のようにじゃれあっていて、それを他の仲間達は微笑ましく見守っていた。
いつもの光景だ。
暖かく、明るく、ひとつの家族のように、大勢の仲間達は同じ場所に集っていた。

「しかし、アイツが果物狩りしてる姿を想像したら、なんか微笑ましいものがあるな。」

アルバートがその姿を想像したのか、吹き出していた。

「わかってないわねぇ、アル。いい男ってのは、ちょっとした気配り、気遣いをサラッっとしてのけるもんなのよ。」

ティファを撫でる手を止めずにリオーネが、まだまだね、と呟き、溜め息をつきながらアルバートに言葉を投げる。

「まーた始まった・・・。大体お前まだラファエル見たことないだろうが。どうしていい男だって言えるんだよ。」

頬杖をつき、同じく溜め息を返しながらアルバートが呟く。
それに負けじとリオーネも更に言葉を投げ返す。

「そんなの話聞いただけでわかるわよ。少なくとも、アルとは大違いだってこともね!」

「んだと、てめ!」

「あら図星だった??」

そしてここでも、またいつものような光景が繰り広げられる。
アルバートとリオーネは周りのこともお構いなしで、ぎゃんぎゃんと騒いでいる。
仲間達はおろか、店の客達も既に見慣れているのか、さして気に留めるでもなくそれぞれの時間を楽しんでいる。
笑い声と、明るい口喧嘩の声が飛び交う。
ティファは目の前の果物に視線を落とし、いつかラファエルもこの輪の中に、と無意識に思ってしまう。

「・・・彼は、また来てくれるかな?」

騒がしいアルバートとリオーネをよそに、クリフがティファに優しく問いかける。
ティファは視線を上げ、クリフへと移す。
クリフもエルガも、優しく微笑んでいた。

ラファエルは、きっとここへ来てくれる。
そしてみんなに紹介しよう。
新しい仲間だ、と。
ティファは満面の笑みを浮かべ、自信を持って二人に応える。

「きっと来るよ。」

その答えに満足したかのように、釣られてクリフとエルガにも満面の笑みが浮かぶ。
新しい仲間を歓迎しよう。
悲しい過去を背負う彼を、仲間とともに支え、新しい道を歩いていこう。

ティファは一息つくと、外の空気を吸ってくる、と言って席を立つ。
一歩店の外に出ると、酒で火照った頬に心地よい夜風が当たる。
空を見上げると満点の星。
そして真上には、つい先日その姿を見せていたかつての満月が、今ではやや欠けて控えめに輝いている。
初めて彼を会ったときのことを思い返す。
まるで目に映る全てのものが敵であるかのように、荒々しく吹きすさぶ風のようだった。
しかし今は。
森で別れたときの彼は、そよ風のように柔らかく優しく、静かな風を纏っていた。
新しく虹の色に加わってくれた彼は、今どこで何をしているのだろう。
ティファは月を見上げ、共に戦った仲間のことを想っていた。

ひっそりとした街の外れ。
いつにも増して騒がしい酒場から明るい声が漏れる。
今日も、平和な夜が更ける。

そして、アルバートとリオーネの仲の良い口喧嘩は、遅くまで続いていた。
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2009年01月08日

48:風の行方

ここでエルガは一旦話を区切り、グラスを取り出して氷を入れ、手近なところに置いてあるお気に入りの酒を注ぐ。
半透明の液体がグラスの半分まで注がれたやや強めの酒を静かに口へ運ぶ。
誰もが、エルガが続きを語り出すのを静かに待っていた。
そこへ接客を早々に切り上げたリオーネがその輪に加わり、先ほどと同じようにティファの隣に来てカウンターに寄りかかる。
店内にはまだ数名の客が思い思いに酒を楽しみ、それぞれの時間をすごしている。

「・・・それから、どのくらいの時間そうしていたかな・・・。」

片手に持つグラスの中身を眺めながら、再びエルガが語り出した。
その口元には、どこか楽しそうな微かな笑みが浮かんでいた。



・・・・・・

しばらく、二人で言葉を交わすでもなく、またエルガも詮索するでもなく、ただ静かにグラスを傾けた。
男の悲しみが如何ほどのものか、エルガには計り知れるものではない。
しかし、エルガはその男が抱く悲しみを、ここにいるほんのひと時でも和らげることができるのなら、と共に見知らぬ故人を偲んだ。

どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて男の飲む果実酒が、その全てを故人へと捧げられる。
長い時間を費やして、内に秘める悲しみを和らげた男のグラスには、大きかった氷は今や欠片ほどになっていた。
そして男はグラスをそっとテーブルに置いて席を立ち、カウンターに座っているエルガの元へ歩み寄る。

「・・・遅くまで付き合わせてしまって、すまなかった。」

侘びながら、懐から代金を出そうとした。
しかしそれを、エルガが手で遮り止める。

「代金はいらない。・・・私の奢りだ。」

自然とエルガは微笑んでいた。
男は思いがけないエルガの言葉に驚いたようだ。

「しかし・・・」

申し訳なさそうに言葉を繋ごうとする男に背を向け、エルガは酒棚から新たに一本の瓶を取り出す。

「気にしなくていい。ただの気まぐれだ。」

男に向き直り、今度ははっきりとした意思で優しく微笑む。
エルガの言葉に、黒衣の男も表情を隠すフードの下で微笑んだ。

「では、その言葉に甘えさせてもらおう。・・・ありがとう。」

立ち去ろうとする男をエルガが引き止め、手にしていた新しい上等な酒を男に手渡す。

「土産だ。持っていきな。・・・また飲みに来てくれれば、それでいい。」

男はその酒を受け取るのを少し躊躇したようだが、エルガに半ば強引に手の中に収められる。
苦笑しながらもそれを受け取り、エルガに向き直る。
その男が顔を隠していたフードを少し持ち上げると、優しく不思議な光を宿す瞳とエルガの視線が合う。
そして男は深く一礼し店の外へ向かい、それを見送るためにエルガも扉へと歩いていく。
店の外へ出て、男は再度深く一礼すると身を翻し、静かに夜の闇へと消えていった。
不思議な男だった。
エルガは男の姿が完全に見えなくなるまで見送り、そっと扉に架かる看板を裏返した。



翌朝。
エルガは自宅のベッドの上で、窓の外から聞こえる小鳥の囀りで目覚める。
まだ外は日が昇り始めたばかりで薄明るい。
隣には愛しい夫がすやすやと規則正しい寝息をたてている。
夫を起こさないよう、静かにベッドからすり抜け、毎朝の日課へと向かった。
寝巻きを着替え、動き易い格好になって自宅の裏手へと回る。
まだ朝靄の残る空気を大きく吸い込み、背伸びをする。
椅子代わりの丸太に腰掛け、手には小さな手斧。
足元には薪が転がり、隣にはその薪が山と積み上げられている。
毎朝の日課となった、店の準備。
さして苦とは思わない作業。
好きでやっていることなのだが、しかし夫は申し訳ないから、となにかと手伝ってくれる。
いつの間にか自然に役割分担のようなものが出来上がっていた。
そのうち夫も夢から覚め、この薪割りが終わる頃には朝食を準備してくれていることだろう。
夫も、最初は不慣れだった料理もいつしか手馴れたもので、最近ではなかなかの腕前を披露してくれる。

色んなことに思いを馳せながら、今日もいつものようにただ黙々と薪を割る作業に勤しんでいた。
コツを覚えると楽なもので、夢中になって、不思議と楽しくなってくる。
朝日が顔を出し、露に塗れた草木がきらきらと輝いている。
一息つこうと手を休めた。
ふと、街の外門から続く道に目をやると、ひとつの影がこちらへと歩いてくるのが目に映る。
遠くてその正体を覗うことはできないが、人ではなさそうだ。
なんだろう、と、その姿見ていると、それはどうやら一頭の獣のようだった。
徐々に近づいてくるその獣は、子牛ほどの体躯を持っており、美しい銀毛は朝日の光を反射して輝いていた。
銀毛の獣は小走りで、まっすぐにエルガ目指して駆けてくる。
やがてその姿がはっきりと目視できる頃、口に皮袋を咥えていることもわかった。
そしてその正体がハイウルフであることも。

ハイウルフはエルガの近くまで来るとその歩みを止め、数歩離れた場所で静かに腰を下ろす。
そして咥えていた皮の袋を、そっと地面に置いた。
エルガは不思議そうにその美しい獣を眺めていると、獣もまた身動ぎもせずじっと座ったままエルガを見つめていた。
まるで皮袋を届けに来たかのように。
エルガは立ち上がり、ハイウルフへと近づき、前に方膝を付いて皮袋を手に取った。
ずっしりと重い皮袋の中身を見てみると、中にはおそらく取れたてであろう様々な果物が詰まっていた。
よく見かけるものから、貴重でなかなかお目にかかれない珍しい果物まで、色んな種類の果物が入っていた。
さすがに珍しい体験をしたことにやや驚き、小さく感嘆の声を漏らしてしまった。

「・・・マスターから、昨晩の礼だ、と。」

エルガの目の前に座るハイウルフが、静かに人語を発する。
ハイウルフが話すことにも少々の驚きを覚えたが、それよりもその言葉に思い当たる節があるのを思い出す。
なるほど、と納得してしまい、思わず小さく笑ってしまう。
そしてエルガは腰にぶら下げてある小さな皮袋から、干した肉を数切れ取り出す。
小腹が空いたときによく口にする干し肉だ。

「ご苦労だったね。」

労いながらそれを差し出すと、ハイウルフはエルガの手に乗る干し肉を一切れずつ味わう。
そっと、もう片方の手で美しい銀の毛並みを撫でてみる。
ふわふわとした毛はとても柔らかく、風になびいて流れていた。
ハイウルフもそれを嫌うでもなく拒むでもなく、ただエルガの手に身を任せていた。
やがてエルガから差し出された干し肉を平らげたハイウルフは、静かに見を起こす。
それを見届けたあと、エルガも満足そうに立ち上がる。
そして最後にふわりとハイウルフの頭を撫でると、ハイウルフは耳を倒して目を細める。

「マスターに伝えておくれ。確かに受け取った、とね。」

そして手を離すと、ハイウルフは口の端を持ち上げ、微かに微笑んだように見えた。

「了解した。」

その答えを聞いて、エルガも満足したように微笑んだ。
ハイウルフは立ち上がり、くるりと身を翻すと颯爽と駆け出す。
その姿は朝日を浴びて輝き、光の尾を残すかのように疾かった。

まるで風のように。


あの男も、今のハイウルフも、この地に吹いた一陣の風だったのだろうか。
様々な風が立ち寄り、集い、そしてそれぞれの地へと旅立つ。
彼らもまた、虹色に染まる風のうちのひとつなんだろうか。
再び、同じ風に出会えることを、エルガは願う。


朝日の柔らかい日差しに包まれながら、エルガはすでに姿が見えなくなったハイウルフの後ろ姿をいつまでも見送っていた。



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2009年01月06日

47:黒衣の男

「昨日の夜、店の客もあらかた居なくなって後片付けもそこそこに終わって、あとは簡単な掃除と戸締りをするだけ、という頃合だったかな。」

カウンターに寄りかかり、そのことを思い出しながらエルガが語りだす。
アルバート、ティファ、クリフの視線を浴びながら、普段無口な彼女が珍しく多弁に語っていた。

「大した仕事もなくなったから、いつものようにクリフとリオーネには先に上がってもらって、店には私一人だったんだ。」




・・・・・・

夜も更け、店は普段の騒がしい姿から静かな空気を纏う落ち着いた姿へと変わっていた。
エルガはこの店が大切であり、とても大好きな場所でもあった。
愛する夫と親しい友人、そして昔馴染みの血盟の仲間達が集う場所。
いつも騒がしくも、賑やかな客達。
どれもがエルガの宝物だった。
その日も彼女は慌しい一日を終え、一人店内に残っていた。
後片付けを終え、掃除も一通り終わる。
ひっそりと静まり返った店内を眺め、今日も色んな客をもてなしてくれた小さな店を労う。
大きな問題もなく今日の閉店時間を向かえ、エルガは扉の看板を裏返すために出入り口に向かった。
扉を開けると、外の冷たい空気が頬を撫でる。
日中は賑わっているギランの街も、この時間では暗く静かに眠りについていた。
扉の外に架かっている看板を、開店から閉店へと裏返そうとしたとき、エルガの視界に一人の人物の姿が映る。
その人物は黒いマントを着込み、フードを目深に被っているため表情が窺えない。
店から少し離れた所にただ立ち、店を見上げていた。
不思議に思いしばらく視線をやっていると、その人物がこちらに気付き声をかけてきた。

「失礼だが、今日はもう閉店だろうか?」

落ち着きのある、静かで穏やかな男の声。
確かに、今まさに店を閉めようとしていたところだ。
見たところ冒険者か旅人のようだ。
無下に断り、追い返すのも申し訳ないと思った。

「いや、大丈夫だよ。どうぞ。」

エルガが扉を開けて促すと、その男は礼を述べて店に入る。
店内には他の客の姿はない。
それでもその男は顔を隠したいのか、正体を明かせない理由でもあるのか、フードはそのままだった。
長年この商売をやっていると色んな客に出会う。
こういった類の客は、大概が訳ありか不振人物のどちらかだ。
この男は、おそらく前者だ。
長年の勘がそう言っているし、なによりこの男が纏う雰囲気は、どこか悲しげだった。
男は少しの間佇んでいたが、手近にあるテーブルに腰掛けた。
エルガは特に、席に案内したりもせず、静かに男の注文を待った。
これがいつもの彼女なりの対応だ。
そのせいで無愛想に受け止められる時もあった。

やがて、男がエルガにひとつの注文を伝える。
それは、酒の種類で言えば中の上。
値段も手ごろな物だった。
男が注文したのは、ある果実酒。
しかしそれは、特別な時に振るわれる酒。
親しい人間や、身近な存在が、この世を去った時に、その死を偲ぶ、悲しい意味を持つ酒。

エルガの勘は正しかった。
この男は、おそらくつい最近とても悲しい出来事があったのだろう。
大切な相手、それこそ自分の半身とも思える存在を失ったのだろう。
そして一人、ふらりと立ち寄った街で見つけた小さな酒場で、その悲しみを涙で濡らし、新しいこれからの道を生きていくのだろう。
エルガは注文を聞くとカウンターへ行き、林立する幾種もの酒の中からその果実酒を取り出す。
封を開け、栓を抜き、盆に氷の入ったグラスとともにその瓶を乗せる。
錯覚だとわかってはいたけど、その酒の瓶は、異様に重く感じた。

男のテーブルに酒の瓶とグラスを置く。
男はまた礼を言ってそれを受け取り、グラスに酒を注いだ。
氷の弾ける小さな音が、やけに大きく静かな店内に響く。
エルガはカウンターの中へ戻り、椅子に腰掛ける。
男は静かに、内に秘める悲しみを受け入れるかのように、ただ静かにグラスを傾けていた。

エルガはカウンターの椅子に腰掛けて物思いに耽っていた。
そして不意に、酒が並ぶ棚の中から一本の酒瓶を取り出し、その封を開ける。
そしてグラスに氷を入れ、酒を注ぎ、男と同じように静かにそれを傾けた。
男と同じ、故人を偲ぶための酒を。
ひっそりと静まり返った店内に、グラスに氷がぶつかる音だけが響く。
それはまるで葬送曲を奏でるように、美しく幻想的な音楽に聞こえた。



空には満月を通り越して歪に欠けた月が寂しげに輝き、虹色の風亭を仄かに照らしていた。
posted by ラストエフ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

46:酒場の夜

アルバートが長く、悲しい物語を語り終えると、騒がしい店内の一角にひと時の静寂が訪れる。
誰もが悲哀の表情で、声を発することもなくその場に佇んでいた。
やがて店のドアが開き、新たな客が来店すると、ティファの隣でカウンターに寄りかかって話に耳を傾けていた女性、ウェイトレスのリオーネがその客を案内するためにその場を去った。
リオーネの、客を迎える声と談笑が聞こえてくる。
続いて女主人であるエルガが厨房へと戻っていった。
アルバートはいささか温くなってしまった麦酒の入ったジョッキを、グイッと一気に煽り、乾いた喉を潤す。
ティファも止めていた手を再び動かし、目の前の皿に盛られている瑞々しい果物を頬張る。

「・・・それで、その後はどうしたんだい?」

ややあって、アルバートの向かいに座るクリフが尋ねる。

「その後、フェリジアを埋葬して、俺達とラファエルはそこで別れることになったんだ。」

空になったジョッキを振り、クリフに催促しながらアルバートが言った。
クリフは再び新しい麦酒を準備しながら更に尋ねる。

「彼は一体どこへ?」

アルバートは冷えた麦酒を受け取りながら、故郷だ、と答える。

「私達は今回の事件の顛末をハイネの町へと報告しなければならなかったし、ラファエルは一旦ダークエルフの故郷に戻って、借りていた武器を返すって言ってた。」

ティファがアルバートの言葉を引き継ぐ。
皿の果物は半分近くまで減っていた。
その量に呆れつつも、アルバートも手を伸ばして手ごろな果物を一切れつまみ、口へ放り込む。

「それに、行かなければならない所がある、とも言ってたしな。」

指についた果汁を舐め取りながらアルバートが呟く。
そして、何かを思い出したかのように、そうだ、と声を漏らす。

「ラファエルにここの店を教えてあったんだ。一度顔出してくれって。俺達が帰ってくる前に、ダークエルフの男が来なかったかい?」

クリフは顎に手を当て、うーん、と唸りながらここ数日来店した客の中に、該当する人物がいなかったかを思い返す。

「いや、僕は見てないね。ダークエルフであれば一目でわかるし、もしその正体を隠そうとマントとかを羽織っているのなら、それだけで印象はあるからね。ここ数日でそんな人物は、少なくともボクは会ってない。」

そこへ、エルガが簡単なツマミを持ってきてアルバートとティファの前に差し出す。

「エルガ、君はどうだい?」

毎日後片付けもあってか、最後まで店に残るエルガはどうだろうか。
クリフは厨房から出てきた妻に尋ねてみた。

「・・・その、ラファエル、という男か?」

エルガは静かな声で聞き返し、クリフと同じように考え込む。

「・・・その男かどうかはわからないが、一人それらしい人物は来ていたな。」

ティファ、アルバート、クリフの視線がエルガに集まる。

「どんな風貌だった?これくらいの身長でこれくらいの髪で、全身が武器だらけで、えっとセロっていうハイウルフ連れてた??」

やや興奮気味にティファが身振り手振りでラファエルの特徴をオリガに伝えている。

「いや、マントにフードをすっぽり被っていて、顔まではわからなかった。それに、そのときは確か一人だったはずだ。」

ティファの様子に苦笑しながらエルガが答えた。
その答えに肩を落とし、残念そうな表情を浮かべるティファ。
そんなティファにエルガは声をかける。

「でも、二人の話を聞いて、おそらくその人物に間違いないだろうとは思う。」

顔を上げ、きょとんとするティファ。
その手には相変わらず、果物。

「・・・ティファ、その果物美味しいかい?」

突然何の前触れもなくエルガがティファに聞いてくる。
あまりにも突拍子もなかったので、口に含む直前でティファの動きが止まる。

「・・・ふぇ?・・・あ、あぁ、うん。」

間の抜けた返事を返しながら、ティファの顔が若干赤らめる。

「確信はないんだが・・・。」

エルガも、様々な果物のうちの一切れを口に運びながら呟く。
採れたてであろうその果物はとても瑞々しく、口の中で芳醇な甘さが柔らかく広がる。

「この果物はおそらく、ラファエルからのものだと思う。」

意外なエルガの言葉に、思わずその果物を凝視する。
ラファエルが来店して果物を置いていった?
想像することがなかなか難しく、ティファが首を傾けている。

「どういうこった?」

同じくアルバートも繋がりが掴めず、エルガに尋ねた。
エルガは思い出すように、ゆっくりと口を開く。


「・・・昨日の夜のことだったんだが・・・。」
posted by ラストエフ at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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