できれば回避したいと願っていた展開。
しかしそれは無惨にも打ち砕かれ、残酷な現実が突きつけられる。
アルバートは血が滲むくらいに唇を噛みしめ、決断を下す。
「・・・ティファ、オリハルコンの矢、準備しとけ・・・」
ティファは目に涙を浮かべ、口元を押さえながら、半ば放心状態で立ちすくんでいる。
アルバートの声が耳に届いていない。
「ティファ!しっかりしろ!」
びくりとティファの体が一瞬震え、涙を溜めた目でアルバートを見た。
「・・・ぁ・・・ごめ・・・ん・・・」
手が震えている。
声も震えている。
"やはり"とても戦える状態ではない。
「ティファ、・・・ここから逃げるんだ。」
「・・・ぇ・・・?」
アルバートが苦渋に満ちた表情で決断を伝える。
ティファには一瞬その言葉の意味がわからなかったかのようだ。
彼女の、仲間を想う気持ちを考えると、仲間を置いて逃げる行為がどんなに苦痛であるかはよくわかる。
しかし、アルバートはその苦痛を選択する。
どんな犠牲を払ってでも、ティファは生きて帰還させねばならない。
例え、その犠牲の中に自分が含まれていたとしても・・・。
「お前をここで死なせる訳にはいかない。俺があいつを食い止める。お前は、オリハルコンの矢を駆使して、この森から生きて帰れ!」
アルバートが決死の覚悟を込めてティファに語る。
その言葉と決意に驚愕するティファ。
このナイトは、最初からそのつもりだったのだ。
だからこそ、混戦になった時もオリハルコンの矢を使わせなかったのだ。
私が逃走する時のために。
「そ、そんな!嫌だよ!私も残って戦う!」
仲間を残して自分だけが生き延びるなど、できるはずもなかった。
「だめだ。その状態で戦えないだろう。足手まといだ。」
アルバートは視線をティファにやることなく冷静に指摘する。
たしかに、手足が震え、とても戦闘に参加できる状態ではない。
その冷たくも正確な指摘に、言葉を失い俯くティファ。
まさか、彼が自分に対してこんなにも冷たく厳しい言葉を浴びせるなんて。
普段優しい彼が、こんなにも厳しい言葉を発する。
それだけ、命の危険が大きいという表れでもある。
冷静になれば、ティファにも彼の狙いに気づけたはずだった。
その厳しさも、アルバートの優しさの表れである、と。
続いてアルバートは同じくセロにも声をかけた。
「セロ、お前も無理はするな。ティファと一緒にこの場を逃げ延びろ。」
全身に怒りを満たし呻り声を響かせるセロが、ゆっくりとアルバートに視線をやる。
その目には様々な感情が渦巻いている。
怒り、悲しみ、そして絶望と恐怖。
アルバートはセロの本能に気づいていた。
それは初めてフェリジアと出会った時、セロが彼女に飛びかかった時のことだ。
あのときのセロの行動は、必死とも思える攻撃だった。
そして今、主人であるラファエルを討たれた怒りを抱えているが、なかなか飛び出すことができない。
つまり、セロに対してフェリジア、いや、上位種というものは、遙か高みに位置する畏怖の対象であるのだ。
その本能ゆえに、フェリジアに対してセロは有効な攻撃ができないのだ。
アルバートは、そこに気付いていた。
「・・・なん・・・だと・・・?」
自分がこの場で役に立たないというのか。
アルバートに対して若干の怒りを覚える。
「お前がフェリジアを畏怖してるのはわかる。それなら、ティファについてやっててほしい。」
アルバートの言葉に、徐々に冷静さを取り戻していく。
どこか不自然さを感じる。
このヒューマンの男性は、決して傲慢を抱かないだろう。
この場に一人残り「足手まといだから」という理由で人を遠ざけないだろう。
そして隠しきれない本音。
セロは、完全に落ち着きを取り戻すと、アルバートに向かって逆に声をかけた。
「・・・不器用な男だな、貴男は。」
アルバートがセロを見下ろすと、まっすぐに視線が帰ってきた。
「ティファ殿と私を逃げ延びさせるために、貴男は敢えて我々を邪魔であるかのように言ったのではないか?そして、ここに残り、ここで死ぬつもりではないのか・・・?」
今度はアルバートが言葉を失い、セロを凝視した。
正にその通りだ。
見事に見抜かれた。
ティファも鋭く息を呑み、驚愕の表情を浮かべてアルバートの顔を覗き込んだ。
苦渋の決断を下したアルバートの表情が僅かに曇る。
そして、ふ、と短く息を漏らし呟いた。
「買いかぶりすぎだ。俺はそんなに器用にできてねぇよ。」
しかし、もうこの二人には通用しない。
セロに気付かされ、ティファも冷静さを取り戻していた。
同時にティファは、動揺し冷静さを失っていたことを反省するとともに、アルバートに対してやや怒りを覚えた。
自分を逃がすために死ぬつもり・・・?
そんなの許さない。
「・・・決めた。私も残る。」
ティファの表情に迷いはない。
決意に満ちた声色で意志を伝えた。
アルバートの表情が更に険しくなる。
彼女は恐らくこう言うだろうと予想していた。
それを避けたかったのに。
アルバートがティファに何か言いかけようとしたが、ティファがそれを遮る。
「もう決めたの!何言っても無駄だよ!私にはこの矢もあるんだし、勝機はきっとあるはず。」
強い眼差しがアルバートをまっすぐに射抜く。
強い娘だ。
その眼差しに潜む強い意志を読み取り、アルバートは小さく笑った。
セロもそれに続く。
「・・・私もここを去るつもりはない。マスターの仇討ちだ。一矢でも報いたい。」
視線をラファエルとフェリジアの方向へ向けて唸った。
アルバートは小さいため息を漏らし、ぼりぼりと頭をかいた。
「わぁーったよ!・・・なら、みんなで生きて帰ろうぜ。まだラファエルも手遅れじゃないかもしれないしな・・・!」
その言葉にティファとセロが力強く頷く。
「一人よりも、みんなで立ち向かったほうが勝機はあるよ!」
ティファが努めて明るい声で虚勢を張った。
あまりにも無謀な三者の決意には、それでも心強いものだった。
フェリジアはラファエルにしな垂れかかるような体勢でいる。
じ、っとラファエルの顔を見つめ、愛しそうに頬を撫でていた。
三者は、決意を胸に、完全体となったフェリジアに対して構える。
ゆっくりと、フェリジアが視線を移した。
勝ち目のない死闘。
それでも、仲間のために。
自分に立ち向かう姿勢を見せる三者に対し、フェリジアはうっすらと笑みを浮かべる。
その美しくも冷たい笑みは、三者にひとつの言葉だけを如実に伝えた。
絶望、と。
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