2008年12月29日

45:最期の約束

ラファエルの持つ銀色の剣は、満月の柔らかい光を受けて仄かに輝いている。
まるでそれ自身が光を放っているかのように。
月明かりに照らし出されるラファエルの姿を、アルバートもティファも、長い年月を付き従ってきたセロでさえも、神々しい印象を抱いた。
ゆっくりと、フェリジアとの距離が縮まる。
対するフェリジアは両手を武器化させ、明らかな怒りの表情を浮かべてラファエルを迎える。
二人の間に、再び戦慄の空気が張り詰める。
しかし、今までと違うのは、明らかにラファエルが優勢であることが一目でわかる。
それほどまでに今のラファエルには力が宿っており、フェリジアはおろか、それを見守る三者にもそれは感じ取ることができた。

やがて、ラファエルが歩みを止める。
フェリジアとの距離はおよそ10歩。
奇しくも、かつてラファエルが勝負を決めようとした距離とほぼ同じような距離。
その空間を二人の間に残して、立ち止まった。
ラファエルは静かに剣を構え、やや腰を落とした。
それに応えるように、フェリジアも両手の剣を体の前に構える。
ピンと張り詰めた空気が森を支配し、今にも爆発しそうなほどに緊張している。
聞こえるのは、柔らかく吹く風が木々の葉を揺らす音のみ。

動いたのは、同時だった。

二人の距離は一瞬にして無くなり、鋭く風を斬る斬撃の音が続いた。
突進の勢いそのままに、フェリジアの右手の剣が右上段から左下段へと振り抜かれる。
それをラファエルは受け止めず、右手に持つやや湾曲した逆手の剣で自分の身体の右側へと受け流す。
フェリジアはそのまま勢いを殺さずに身体を回転させ、左の剣を水平に振り抜く。
その目標はラファエルの首。
一直線に吸い込まれるようにラファエルの首へと向かう剣の軌道。
ラファエルは前に進んだ勢いの惰性で後ろへ避けることができない。
しかしその場で重心を落とし、首を狙う凶刃をくぐってこれを回避する。
そこに続けて繰り出されるのはフェリジアの右の剣による突き。
斜め下へ振り下ろすように真っ直ぐに、ラファエルの顔面目掛けて鋭い突きが風を引き裂く。
ラファエルの目前に迫る半透明の刃物。
ラファエルはそれを重心を戻すことで避け、同時に再び体勢を立て直す。
その表情は冷静で、沈着。
一瞬も揺らぐことがない。
しかし、フェリジアの表情には今までの笑みや狂おしいほどの歓喜の色がなく、ただ怒りだけが存在している。
ラファエルの眼前を通り過ぎた刃を、フェリジアは強引に外側に引き、再度横一閃の斬撃でラファエルの首を狙う。
ラファエルは、それを左手に持つ剣で上へと受け流す。
渾身の力を込めた斬撃の軌道を変えられ、フェリジアの体勢が崩れる。
さらに身体は開き、無防備な姿をラファエルの正面に晒すことになる。
フェリジアの表情は驚愕。
そして怒りと憎悪。
それらを伴って、その隙を埋めようと左の剣を振り下ろす。
しかしそれはラファエルの右の剣で受け止められる。
同時にラファエルは、受け流した左の剣を即座に方向を変え、左から右へと横に薙ぐ。
無理矢理体勢を崩されたフェリジアは、その一撃を完全に回避することができなかった。
辛うじて地面を蹴って後ろへ飛び直撃は避けたものの、胸元は横一文字に服が裂け、肌にうっすらと切り傷が浮かび上がる。
更なる驚愕とともに、自分の胸元に視線を落とすフェリジア。
その後に浮かんだのは、恐怖だった。
一瞬、フェリジアの動きが止まる。
その一瞬でラファエルはフェリジアの懐へと踏み入っていた。
フェリジアが我に返ったときは、既に遅かった。
低く踏み込み、右手の剣を大きく引き絞るラファエル。
フェリジアが浮かべた表情は、絶望だった。
ラファエルに、迷いはない。
大きく踏み込み、低い姿勢から、右手の剣を真下から真上へと、大きく振り抜いた。
先程横一文字に切り裂いたフェリジアの胸元に、新たな斬撃が重なる。
その二つの斬撃は、心臓の位置にある誓いの聖痕である十字架を、新たに刻んだ。


三者は、その一瞬の出来事をしっかりと目に焼き付けた。
ラファエルとフェリジアの、因縁の戦いの決着を。
その交錯は一瞬だった。
しかし、その死闘には一言では言い表すことのできない感情の流れと、様々な思いがぶつかり、弾け、そしてそれに終止符が打たれた瞬間だったのだ。



ただの掠り傷だ。
最初はそう思った。
しかし、あの銀の双剣にこれほどの威力があるとは。
フェリジアの身体から力が抜けていく。
魔物を一撃で葬り去ることができるほどの威力を持つ退魔の剣。
それは、その剣によって与えられた傷がどんなに小さくとも、恐るべき威力を持っていた。
ましてや、今のフェリジアはすでに上位種としての能力を全て失い、そこにあるのは完全なる魔としての存在。
銀の双剣による傷は、明らかに致命傷だった。


フェリジアの身体ががくがくと震え出す。
顔は青ざめ、恐怖と絶望が美しい顔を塗りつぶす。
両手に出現させた半透明の刃物がどろりと溶け出し、地面に落ちた。
震える手で、自分の胸元に手を充てる。
悲しそうな、そして恐怖と絶望を浮かべた表情でラファエルを見る。
唇が細かく震え、小さく声が漏れていた。
ラファエルはおそらく無表情にフェリジアを見つめ、剣を腰に納めた。
その心中は、表情から察することはできない。
フェリジアが力なく一歩後ずさり、膝を着いた。



そして、前のめりに倒れ込む。
地面に倒れる直前。
無意識だったのか、ラファエルがフェリジアの身体を抱き止める。
そして片膝を着き、意識が朦朧となるフェリジアを優しく仰向けに抱き、支える。

「・・・ラ・・・ファ・・・エル・・・・」

フェリジアが小さく名を呼ぶ。
ラファエルは変わらず無表情に、無感情にフェリジアの上半身を支えている。
ラファエルの膝の上で力なく仰向けに身体を預け、フェリジアは左手を必死に挙げ、ラファエルの頬にそっと触れる。

「あ・・・り、が・・・と・・・う・・・」

悲しそうな、笑み。
弱々しく頬に触れる彼女の手を、ラファエルは手に取ることも振り払うこともなく、ただフェリジアの顔を見つめていた。

「・・・愛して・・・いるわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ラファエルに向けられる、最後の微笑み。
フェリジアは、ラファエルの顔を見つめながら、彼の背後に回る右手の掌を、徐々に上に向けた。


その戦いを間近で見ていたアルバートは確かに見た。
ラファエルの死角となる背後で、フェリジアの右手が徐々に武器と化す瞬間を。

「・・・!!!!」

この死闘に、自分達が踏み入ってはいけない。
誰ともなくそう感じていた。
しかしここで気付いたのは、恐らく自分だけだ。
黙って見過ごせるはずがない。

危ない、ラファエル!!

そう叫ぼうとした瞬間だった。
フェリジアの右手がゆっくりと持ち上がり、ラファエルの心臓を背後から狙われた正にその瞬間。
ラファエルの右手が、腰に装着してある聖なる短剣を取っていた。
かつて、二人の胸に誓いと共に刻まれた十字の聖痕を与えた、あの儀式用の短剣を。

その短剣はまるで鞘に収まるかのように。
するりと、一切の抵抗を感じさせないほど滑らかに、あっさりとそこに収まった。
フェリジアの、十字架のちょうど中心。
心臓の位置へ。
深々と自分の心臓に突き刺さった短剣をどこか不思議そうに、そして少し驚いた表情で見つめるフェリジア。
ラファエルの背後へと伸びた右手が徐々に下がり、地面へ落ちる。
そして、自分の身に何が起こったのかを悟ったかのように、フェリジアは何故か満足そうに、微笑んだ。

ゆっくりと、瞼が閉じる。
長い睫毛が微かに揺れる。
本来彼女が浮かべていたであろう、優しい微笑みを残して。
どこか満ちあふれた表情のまま。
フェリジアは、永遠の眠りについた。
ラファエルの腕の中で。


ラファエルはそっとフェリジアの身体を抱き締め、彼女の耳元に何かを小さく囁いたようだった。
その言葉は、その表情は、背を向けるアルバートにはわからず、また遠くにいるティファとセロにもわからなかった。


長い、悲しい戦いに、本当の決着がついた。
忘れることができない、悲しい結末で。
posted by ラストエフ at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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