2009年01月06日

47:黒衣の男

「昨日の夜、店の客もあらかた居なくなって後片付けもそこそこに終わって、あとは簡単な掃除と戸締りをするだけ、という頃合だったかな。」

カウンターに寄りかかり、そのことを思い出しながらエルガが語りだす。
アルバート、ティファ、クリフの視線を浴びながら、普段無口な彼女が珍しく多弁に語っていた。

「大した仕事もなくなったから、いつものようにクリフとリオーネには先に上がってもらって、店には私一人だったんだ。」




・・・・・・

夜も更け、店は普段の騒がしい姿から静かな空気を纏う落ち着いた姿へと変わっていた。
エルガはこの店が大切であり、とても大好きな場所でもあった。
愛する夫と親しい友人、そして昔馴染みの血盟の仲間達が集う場所。
いつも騒がしくも、賑やかな客達。
どれもがエルガの宝物だった。
その日も彼女は慌しい一日を終え、一人店内に残っていた。
後片付けを終え、掃除も一通り終わる。
ひっそりと静まり返った店内を眺め、今日も色んな客をもてなしてくれた小さな店を労う。
大きな問題もなく今日の閉店時間を向かえ、エルガは扉の看板を裏返すために出入り口に向かった。
扉を開けると、外の冷たい空気が頬を撫でる。
日中は賑わっているギランの街も、この時間では暗く静かに眠りについていた。
扉の外に架かっている看板を、開店から閉店へと裏返そうとしたとき、エルガの視界に一人の人物の姿が映る。
その人物は黒いマントを着込み、フードを目深に被っているため表情が窺えない。
店から少し離れた所にただ立ち、店を見上げていた。
不思議に思いしばらく視線をやっていると、その人物がこちらに気付き声をかけてきた。

「失礼だが、今日はもう閉店だろうか?」

落ち着きのある、静かで穏やかな男の声。
確かに、今まさに店を閉めようとしていたところだ。
見たところ冒険者か旅人のようだ。
無下に断り、追い返すのも申し訳ないと思った。

「いや、大丈夫だよ。どうぞ。」

エルガが扉を開けて促すと、その男は礼を述べて店に入る。
店内には他の客の姿はない。
それでもその男は顔を隠したいのか、正体を明かせない理由でもあるのか、フードはそのままだった。
長年この商売をやっていると色んな客に出会う。
こういった類の客は、大概が訳ありか不振人物のどちらかだ。
この男は、おそらく前者だ。
長年の勘がそう言っているし、なによりこの男が纏う雰囲気は、どこか悲しげだった。
男は少しの間佇んでいたが、手近にあるテーブルに腰掛けた。
エルガは特に、席に案内したりもせず、静かに男の注文を待った。
これがいつもの彼女なりの対応だ。
そのせいで無愛想に受け止められる時もあった。

やがて、男がエルガにひとつの注文を伝える。
それは、酒の種類で言えば中の上。
値段も手ごろな物だった。
男が注文したのは、ある果実酒。
しかしそれは、特別な時に振るわれる酒。
親しい人間や、身近な存在が、この世を去った時に、その死を偲ぶ、悲しい意味を持つ酒。

エルガの勘は正しかった。
この男は、おそらくつい最近とても悲しい出来事があったのだろう。
大切な相手、それこそ自分の半身とも思える存在を失ったのだろう。
そして一人、ふらりと立ち寄った街で見つけた小さな酒場で、その悲しみを涙で濡らし、新しいこれからの道を生きていくのだろう。
エルガは注文を聞くとカウンターへ行き、林立する幾種もの酒の中からその果実酒を取り出す。
封を開け、栓を抜き、盆に氷の入ったグラスとともにその瓶を乗せる。
錯覚だとわかってはいたけど、その酒の瓶は、異様に重く感じた。

男のテーブルに酒の瓶とグラスを置く。
男はまた礼を言ってそれを受け取り、グラスに酒を注いだ。
氷の弾ける小さな音が、やけに大きく静かな店内に響く。
エルガはカウンターの中へ戻り、椅子に腰掛ける。
男は静かに、内に秘める悲しみを受け入れるかのように、ただ静かにグラスを傾けていた。

エルガはカウンターの椅子に腰掛けて物思いに耽っていた。
そして不意に、酒が並ぶ棚の中から一本の酒瓶を取り出し、その封を開ける。
そしてグラスに氷を入れ、酒を注ぎ、男と同じように静かにそれを傾けた。
男と同じ、故人を偲ぶための酒を。
ひっそりと静まり返った店内に、グラスに氷がぶつかる音だけが響く。
それはまるで葬送曲を奏でるように、美しく幻想的な音楽に聞こえた。



空には満月を通り越して歪に欠けた月が寂しげに輝き、虹色の風亭を仄かに照らしていた。
posted by ラストエフ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。