2009年01月08日

48:風の行方

ここでエルガは一旦話を区切り、グラスを取り出して氷を入れ、手近なところに置いてあるお気に入りの酒を注ぐ。
半透明の液体がグラスの半分まで注がれたやや強めの酒を静かに口へ運ぶ。
誰もが、エルガが続きを語り出すのを静かに待っていた。
そこへ接客を早々に切り上げたリオーネがその輪に加わり、先ほどと同じようにティファの隣に来てカウンターに寄りかかる。
店内にはまだ数名の客が思い思いに酒を楽しみ、それぞれの時間をすごしている。

「・・・それから、どのくらいの時間そうしていたかな・・・。」

片手に持つグラスの中身を眺めながら、再びエルガが語り出した。
その口元には、どこか楽しそうな微かな笑みが浮かんでいた。



・・・・・・

しばらく、二人で言葉を交わすでもなく、またエルガも詮索するでもなく、ただ静かにグラスを傾けた。
男の悲しみが如何ほどのものか、エルガには計り知れるものではない。
しかし、エルガはその男が抱く悲しみを、ここにいるほんのひと時でも和らげることができるのなら、と共に見知らぬ故人を偲んだ。

どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて男の飲む果実酒が、その全てを故人へと捧げられる。
長い時間を費やして、内に秘める悲しみを和らげた男のグラスには、大きかった氷は今や欠片ほどになっていた。
そして男はグラスをそっとテーブルに置いて席を立ち、カウンターに座っているエルガの元へ歩み寄る。

「・・・遅くまで付き合わせてしまって、すまなかった。」

侘びながら、懐から代金を出そうとした。
しかしそれを、エルガが手で遮り止める。

「代金はいらない。・・・私の奢りだ。」

自然とエルガは微笑んでいた。
男は思いがけないエルガの言葉に驚いたようだ。

「しかし・・・」

申し訳なさそうに言葉を繋ごうとする男に背を向け、エルガは酒棚から新たに一本の瓶を取り出す。

「気にしなくていい。ただの気まぐれだ。」

男に向き直り、今度ははっきりとした意思で優しく微笑む。
エルガの言葉に、黒衣の男も表情を隠すフードの下で微笑んだ。

「では、その言葉に甘えさせてもらおう。・・・ありがとう。」

立ち去ろうとする男をエルガが引き止め、手にしていた新しい上等な酒を男に手渡す。

「土産だ。持っていきな。・・・また飲みに来てくれれば、それでいい。」

男はその酒を受け取るのを少し躊躇したようだが、エルガに半ば強引に手の中に収められる。
苦笑しながらもそれを受け取り、エルガに向き直る。
その男が顔を隠していたフードを少し持ち上げると、優しく不思議な光を宿す瞳とエルガの視線が合う。
そして男は深く一礼し店の外へ向かい、それを見送るためにエルガも扉へと歩いていく。
店の外へ出て、男は再度深く一礼すると身を翻し、静かに夜の闇へと消えていった。
不思議な男だった。
エルガは男の姿が完全に見えなくなるまで見送り、そっと扉に架かる看板を裏返した。



翌朝。
エルガは自宅のベッドの上で、窓の外から聞こえる小鳥の囀りで目覚める。
まだ外は日が昇り始めたばかりで薄明るい。
隣には愛しい夫がすやすやと規則正しい寝息をたてている。
夫を起こさないよう、静かにベッドからすり抜け、毎朝の日課へと向かった。
寝巻きを着替え、動き易い格好になって自宅の裏手へと回る。
まだ朝靄の残る空気を大きく吸い込み、背伸びをする。
椅子代わりの丸太に腰掛け、手には小さな手斧。
足元には薪が転がり、隣にはその薪が山と積み上げられている。
毎朝の日課となった、店の準備。
さして苦とは思わない作業。
好きでやっていることなのだが、しかし夫は申し訳ないから、となにかと手伝ってくれる。
いつの間にか自然に役割分担のようなものが出来上がっていた。
そのうち夫も夢から覚め、この薪割りが終わる頃には朝食を準備してくれていることだろう。
夫も、最初は不慣れだった料理もいつしか手馴れたもので、最近ではなかなかの腕前を披露してくれる。

色んなことに思いを馳せながら、今日もいつものようにただ黙々と薪を割る作業に勤しんでいた。
コツを覚えると楽なもので、夢中になって、不思議と楽しくなってくる。
朝日が顔を出し、露に塗れた草木がきらきらと輝いている。
一息つこうと手を休めた。
ふと、街の外門から続く道に目をやると、ひとつの影がこちらへと歩いてくるのが目に映る。
遠くてその正体を覗うことはできないが、人ではなさそうだ。
なんだろう、と、その姿見ていると、それはどうやら一頭の獣のようだった。
徐々に近づいてくるその獣は、子牛ほどの体躯を持っており、美しい銀毛は朝日の光を反射して輝いていた。
銀毛の獣は小走りで、まっすぐにエルガ目指して駆けてくる。
やがてその姿がはっきりと目視できる頃、口に皮袋を咥えていることもわかった。
そしてその正体がハイウルフであることも。

ハイウルフはエルガの近くまで来るとその歩みを止め、数歩離れた場所で静かに腰を下ろす。
そして咥えていた皮の袋を、そっと地面に置いた。
エルガは不思議そうにその美しい獣を眺めていると、獣もまた身動ぎもせずじっと座ったままエルガを見つめていた。
まるで皮袋を届けに来たかのように。
エルガは立ち上がり、ハイウルフへと近づき、前に方膝を付いて皮袋を手に取った。
ずっしりと重い皮袋の中身を見てみると、中にはおそらく取れたてであろう様々な果物が詰まっていた。
よく見かけるものから、貴重でなかなかお目にかかれない珍しい果物まで、色んな種類の果物が入っていた。
さすがに珍しい体験をしたことにやや驚き、小さく感嘆の声を漏らしてしまった。

「・・・マスターから、昨晩の礼だ、と。」

エルガの目の前に座るハイウルフが、静かに人語を発する。
ハイウルフが話すことにも少々の驚きを覚えたが、それよりもその言葉に思い当たる節があるのを思い出す。
なるほど、と納得してしまい、思わず小さく笑ってしまう。
そしてエルガは腰にぶら下げてある小さな皮袋から、干した肉を数切れ取り出す。
小腹が空いたときによく口にする干し肉だ。

「ご苦労だったね。」

労いながらそれを差し出すと、ハイウルフはエルガの手に乗る干し肉を一切れずつ味わう。
そっと、もう片方の手で美しい銀の毛並みを撫でてみる。
ふわふわとした毛はとても柔らかく、風になびいて流れていた。
ハイウルフもそれを嫌うでもなく拒むでもなく、ただエルガの手に身を任せていた。
やがてエルガから差し出された干し肉を平らげたハイウルフは、静かに見を起こす。
それを見届けたあと、エルガも満足そうに立ち上がる。
そして最後にふわりとハイウルフの頭を撫でると、ハイウルフは耳を倒して目を細める。

「マスターに伝えておくれ。確かに受け取った、とね。」

そして手を離すと、ハイウルフは口の端を持ち上げ、微かに微笑んだように見えた。

「了解した。」

その答えを聞いて、エルガも満足したように微笑んだ。
ハイウルフは立ち上がり、くるりと身を翻すと颯爽と駆け出す。
その姿は朝日を浴びて輝き、光の尾を残すかのように疾かった。

まるで風のように。


あの男も、今のハイウルフも、この地に吹いた一陣の風だったのだろうか。
様々な風が立ち寄り、集い、そしてそれぞれの地へと旅立つ。
彼らもまた、虹色に染まる風のうちのひとつなんだろうか。
再び、同じ風に出会えることを、エルガは願う。


朝日の柔らかい日差しに包まれながら、エルガはすでに姿が見えなくなったハイウルフの後ろ姿をいつまでも見送っていた。



posted by ラストエフ at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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