2009年05月01日

聖痕の十字架 番外編:故郷の色

沈黙の洞窟。

ダークエルフの故郷であるここは、とある場所に口を開く洞窟から繋がった地下に存在する。
その空間は地下にあるとは思えぬほどに広く、数多くのダークエルフ達が今なおそこで生活している。
独自の文化を築き、かつては閉鎖的だった彼らも、時代の流れとともに徐々に変化していった。
すなわち、外界との交流。
そして人間達との共存。
洞窟の中で繁栄していった彼らの村は、今では町と呼べるほどに発展し、そこに留まる人間もいた。
洞窟の中は自然発光する植物や篝火の設置によって周囲を見渡せるほどの明るさがある。
太陽の光とまではいかないものの、生活するには充分不自由のない環境が整っていた。
町を抜け、洞窟の再奥に至ると遥か昔に建立された神殿がそびえ立つ。
その神殿にはダークエルフを統べる長がおり、種族から厳選された神官達が常に守護していた。

町があり、文化がある。
そしてそれは自然とさまざまな職種を生み、店ができ、更なる発展を生み出していった。

町の中にひっそりと営んでいる酒場。
仄暗い店内に二人のダークエルフが一つのテーブルに座っている。
一人は旅装束のような服装に身を包み、使い古された外套が椅子に掛けられていた。
肩まである銀髪に黒い服。
異様に目を引くのは、外套の掛けられた椅子に置いてある数多くの物騒な武器。
どれもが歴戦を物語るように使いこなされていることが一目でわかる。
その男はテーブルに置かれた、酒の注がれたグラスを静かに見つめ、また静かに口に運んでいた。
その向かいに座る男はやや短髪で、服の色こそ同じであれ、軽装ではあったがその服装はどこか上品なものであった。
足を組んでやや横を向き、同じく酒の注がれたグラスを静かに傾けていた。

店内には他の客の姿もちらほらと見えるがひっそりと静まっており、落ち着いた雰囲気を保っていた。

二人も相変わらず静かにグラスを傾ける。
氷同士のぶつかる音がひときわ大きく聞こえた。

「・・・すまなかったな。」

長髪の男が静かに語る。

「なにがだ?」

短髪の男は視線だけを向け、長髪の男が何に対して誤るのかを思い返す。

「武器のことだ。いきなりのことで、お前に無茶な注文をしてしまったからな。」

申し訳なさそうに長髪の男が続ける。
しかしその表情は柔らかく、心を許せる相手に見せるものであることが窺えた。
短髪の男は小さく、「そのことか」、と苦笑交じりに呟き、口に運んでいたグラスをテーブルに置いた。

「なに、大した問題でもなかったさ。神殿側も、お前が必要としていると知ったから快く貸してくれたよ。」

そう言って酒瓶の中身をグラスに注ぎ、ついでに目の前に座る長髪の男にも差し出す。

「それに、こうやって事が済んだら返しに来たんだ。また必要なときは言えばいい。いつでも力になる。」

短髪の男は微笑み、目の前の友人に語った。
長髪の男も、心強く力を貸してくれる友人をまっすぐに見つめ返し、自然と笑みがこぼれた。
言葉少なく、しかし分かり合える友人。
かつて肩を並べて共に戦った戦友。
二人は再び、静かにグラスを傾けた。



やがて長髪の男が立ち上がり、椅子に掛けてあった外套に手を伸ばす。

「・・・行くのか。」

短髪の男が問う。

「ああ。世話になったな。」

長髪の男が短く答える。
短髪の男はそれを止めるでもなく、再び旅立つ友人の姿をただ見守る。

「エルフの森、か。」

短髪の男が静かに口を開く。
多数の武器を持つ長髪の男の手が一瞬だけ止まる。
その表情はどこか悲しげで、暗い影を落とした。

「気をつけて行け。・・・たまには、顔出せよ。」

短髪の男は優しい笑みと共に友人を送る。
その胸中に宿る悲しみを知るからこそ、友人の身を案じていた。
そしてそれは言葉にしなくても長髪の男にも届いていた。

「それじゃ、またな。」

長髪の男は外套を羽織り、見送ってくれる友人に一時の別れを告げ背を向けた。

「ラファエル。」

短髪の男が、旅立とうとする友人の名を呼び止める。
ラファエルと呼ばれた長髪の男は足を止め、呼び止めた友人に振り返る。

「・・・神殿に帰ってくる気はないか?」

短髪の男は変わらず椅子に腰掛けた格好のまま、静かに、しかし力強く、どこか願いを込めた響きで言葉をかけた。
しばらくの沈黙。
ラファエルは気付いている。
友人の、自分を気遣う優しさを。
悲しみ抱く友人を案じていることを。
ラファエルは、友人に心配をかけさせてしまったことを申し訳なく思った。

「・・・俺に神官なんて性に合わん。それにあの服、案外お前に似合ってるぞ、リウヒ。悪いが、俺の分まで堅苦しい仕事に追われてくれ。」

ラファエルはリウヒに、どこか楽しそうに、そして心配ないということが伝わるように、晴れやかな笑みで言葉を返した。

「そうか・・・。」

その表情を見て、苦笑しながらリウヒが呟く。

「なら、しょうがないな。お前の分まで面倒くさい仕事を請け負ってやるよ。・・・その代わり、今度来るときは美味い酒と土産話を忘れるな。」

リウヒはグラスを持ったその手でラファエルを指差す。
二人は互いに、自然と笑みがこぼれる。
リウヒは、ラファエルが悲しみに押しつぶされないであろうことに安心し、表情が和らぐ。
そしてラファエルも、リウヒに自分の心が伝わったことに安心し表情が和らいだ。

「・・・そうだ。俺を血盟に誘ってくれる人達がいるんだ。今度、紹介するよ。」

ラファエルがリウヒにそう告げる。

「そうか、楽しみにしてるぞ。」

リウヒは楽しそうな表情を浮かべ、ラファエルに応えた。

「またな。」

「ああ、また。」

ラファエルが短く別れを告げると、リウヒも同じく短く応える。
二人に、余計な言葉は必要なかった。
そしてラファエルは振り返ることなく店の外へと足を向ける。
リウヒもそれ以上の言葉を掛けることもなく、静かにラファエルの背を見送った。
店内からラファエルの姿がなくなる。
リウヒは瓶に残った酒を再びグラスに注ぐ。
一人グラスの酒を見つめるリウヒの表情は、嬉しそうで、どこか安堵の色が浮かんでいた。


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2009年01月14日

50:虹色の風

遠くに連なる山々の頂がうっすらと明るみを増し、その間から朝日の欠片が覗いている。
森を抜けたところにある小高い丘に、みっつの人影とひとつの獣の影が見える。
その丘の前には広大な海が一望でき、後ろは人が踏み込むことがないであろう深い森が口を広げている。
見晴らしの良い丘の一部が盛り上がり、その周囲にたくさんの花が供えられていた。
そしてその前に跪く男の姿。
それを見守るかのように数歩下がった場所から男の後ろ姿に視線を送る男女の姿と、一頭の獣の姿。

徐々に明るくなる空は、夜明けが近いことを教えてくれる。
悲しく、長い死闘に決着がついた後、ラファエル達は森を抜け、フェリジアをこの丘に埋葬した。
森へ還ること。
それが彼女の最期の願いだったのである。
やがて、妻が眠る墓の前からラファエルがゆっくりと立ち上がる。
彼は今、何を思うのだろうか。
振り返り、ティファとアルバート、セロの元へと近付いてくる彼の表情は、とても穏やかなものだった。

「・・・貴方達のお陰で、全てに決着をつけることができた。感謝している。・・・それと、巻き込んでしまって、すまなかった。」

静かに、ティファとアルバートに対して感謝し、同時に謝罪する。

「そんな、巻き込んだなんて・・・私達のほうこそ、足を引っ張ってしまって・・・。」

ティファが困ったようにそれに応える。

「いや、二人がいなかったらどうなっていたか。助かったよ。二人は俺の恩人だ。この恩は忘れない。・・・ありがとう。」

ラファエルは微笑み、優しい声で二人に再度感謝を述べる。
ティファはその言葉に赤面し、やや俯いてどこか嬉しそうにもじもじと照れている。
その隣に立つアルバートも、柔らかい微笑みを戦友に返す。
そしてアルバートは、相変わらずもじもじとしながら何かを迷うようなティファに一度視線を落とし、苦笑混じりの小さなため息を漏らす。

「なぁ、ラファエル。あんたこの後、どうするつもりなんだ?」

ティファが正に尋ねたかった内容を、見かねたアルバートが代弁する。

「そう、それ!何か、予定とか目的とか・・・。」

ティファが勢いよく顔を上げ、アルバートに続く。

「・・・まずは、一度故郷へ戻ろうと思う。借りている武器を返さねばならない。その後は・・・」

ラファエルはそこで一度言葉を句切る。
そして懐から布に包まれた物を大事そうに取り出す。

「フェリジアも、故郷に帰してやりたいんだ。エルフの森に入ることが許されるかどうかわからないが・・・。」

ラファエルが取り出したそれは、フェリジアの、一房の黄金の髪が包まれている。
手の中にあるフェリジアの髪に視線を落とすラファエル。
ティファの見た彼の表情は、どこか儚げに見えた。
まるで消えてしまいそうなほどに。
現実味を帯びない、幻のような印象を与えるラファエルの姿に、どこか不安な気持ちを抱いてしまう。
そしてティファは、決意を固める。
あの一言を彼に伝えるために。

「故郷へ向かうってことなら、ギランは通り道だな。ちょうどいい、ギランの外れに、俺達の仲間が経営する酒場があるんだ。一度顔出してみないか?俺達も、ハイネでの報告や事後処理が終わったらそこに向かうつもりだ。」

「あぁ、わかった、行ってみよう。」

アルバートとラファエルは、互いに戦友として認めあっていた。
それはごく自然に、男同士、肩を並べて死闘を潜り抜けて芽生えたものでもある。
ラファエルは、このアルバートが自分のために、死を覚悟してまで飛び込んできてくれたことを知っている。
そしてティファは、か弱い身でありながら死地に残り、自分を助けようとしてくれたことを知っている。
勿論、相棒であるセロも然り、自分のために長い距離を駆け、命を預けてくれた。
この二人の仲間達が、ギランにいるらしい。
不思議と、会うのが楽しみに思えてくる。

ラファエルとアルバートが言葉を交わしている間、ティファは先程決心した言葉を伝えようとするが、どうしてももう一歩が踏み出せない。
気恥ずかしさが勇気を上回っている。
ほんの一握りの勇気が欲しい。
アルバートが、ちらりとティファに視線を移す。
悩んだ表情で両手の指を組んで忙しなく動かしている。
少し呆れ、それでもティファらしいと思いながら苦笑し、肘で肩をつつく。
恥ずかしそうな視線をアルバートに送ってくる。
アルバートには、ティファがラファエルに何を言おうとしているのかわかっている。
でもその一言をなかなか言えないでいる。
世話の焼ける妹のようなティファを、ほんの少し、後押ししてやろう。

「・・・あの・・・」

恐る恐る、ティファがラファエルに声をかける。
そして一歩、ラファエルの前へと歩み出て、緊張しながらも顔を上げる。
アルバートより若干高い位置にある視線をまっすぐに見る。
そして、一度深呼吸して、言葉を繋げた。

「もし、よかったら、私達の血盟に入りませんか?」

緊張が伝わる固い声で、しかしはっきりと、ラファエルに言葉を伝えた。
きっと、今自分の顔は真っ赤になっているだろう。
心臓が強く脈打ち、顔が熱くなっているのがわかる。
ラファエルは、少しだけ驚いた表情でティファを見つめていた。
この俺を迎えてくれるという。
驚いたが、それ以上に、素直に嬉しいと思った。
ティファからアルバートに視線を移す。
彼はティファの姿を微笑ましく見守っており、ラファエルと視線が合うと、また優しい笑みを浮かべる。

「歓迎するぜ。」

アルバートもまた、ティファと同じであった。
微笑みを浮かべるアルバート。
緊張した面持ちで返答を待つティファ。
この二人は、俺に手を差し伸べてくれた。
絶望に打ちひしがれ、一度は死をも選んだ俺を、また救ってくれるというのか。
二人に視線をやる。
その時のラファエルの表情には、二人が初めて見る、とても自然で優しい微笑みが浮かんでいた。

「・・・役に立てるかどうかわからないが・・・」

静かに、言葉を紡ぐ。

「こんな俺を迎えてくれるのなら、喜んで。」

ティファの表情が、ぱっと明るくなり、まるで花が咲いたかのような晴れやかな笑顔になる。
アルバートは最初からこう答えると確信していたのか、それでも嬉しそうな表情が浮かんでいた。

丘に立つ4つの影が一層濃く、足下から伸びる。
遠くの山の間から顔を覗かせた朝日が柔らかく世界を包む。
新しい朝は、希望を与える光だった。
ティファが、ラファエルに右手を差し出す。
ラファエルもその手をしっかりと取り、握り返す。
太陽の光に包まれて大地に伸びる影が、新しい道へと続いていた。



「ようこそ、『虹色の風血盟』へ!」


    〜 〜 完 〜 〜
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2009年01月10日

49:風の色

「・・・その果物が、これ、という訳だ。」

話し終えたエルガが、再びティファの前の皿に盛られた果物に視線を落とし、その中から一切れを摘んで口へと運ぶ。
とても新鮮で糖度も申し分ない。

「最初は店で出すか、私達だけで頂こうか迷っていたんだが、やはり二人に食べてもらおうと思ってね。」

ティファとアルバートを見て、優しく微笑む。
エルガの話を聞き終えた二人はどこか驚いたような表情を浮かべるが、それも一瞬のことで、たちまちにとても嬉しそうな表情になった。

「間違いないよ!ラファエルとセロだ!」

興奮気味のティファが思わず声を上げる。
その感情はアルバートも同じなのだが、ティファはそれよりも一際嬉しそうな、まるで少女のような表情を浮かべている。

「あれあれあれ〜?ティファったら、顔赤いよ?ラファエルって人が来たことがそんなに嬉しいのかな〜?」

そこへ、ティファの隣にいたリオーネがくすくすと笑いながら顔を覗き込む。

「えぇっ!??そ、そんなことないよ!」

更に真っ赤になって否定するが、そんな反応がリオーネは楽しくて仕方がない。

「だってほら、新しい仲間ができたんだよ?その仲間が来てくれたんだよ!?嬉しくもなるでしょ?ね!」

あたふたとしながら必死に赤面の言い訳をするティファ。

「もーティファったらかわいい!!」

その様子を見ていたリオーネは突然ティファに抱きついて頬擦りをしながら頭をぐりぐりと撫でる。
リオーネの胸に顔をうずめたティファはもごもごともがきながら頬を膨らませている。
仲の良い二人はまるで姉妹のようにじゃれあっていて、それを他の仲間達は微笑ましく見守っていた。
いつもの光景だ。
暖かく、明るく、ひとつの家族のように、大勢の仲間達は同じ場所に集っていた。

「しかし、アイツが果物狩りしてる姿を想像したら、なんか微笑ましいものがあるな。」

アルバートがその姿を想像したのか、吹き出していた。

「わかってないわねぇ、アル。いい男ってのは、ちょっとした気配り、気遣いをサラッっとしてのけるもんなのよ。」

ティファを撫でる手を止めずにリオーネが、まだまだね、と呟き、溜め息をつきながらアルバートに言葉を投げる。

「まーた始まった・・・。大体お前まだラファエル見たことないだろうが。どうしていい男だって言えるんだよ。」

頬杖をつき、同じく溜め息を返しながらアルバートが呟く。
それに負けじとリオーネも更に言葉を投げ返す。

「そんなの話聞いただけでわかるわよ。少なくとも、アルとは大違いだってこともね!」

「んだと、てめ!」

「あら図星だった??」

そしてここでも、またいつものような光景が繰り広げられる。
アルバートとリオーネは周りのこともお構いなしで、ぎゃんぎゃんと騒いでいる。
仲間達はおろか、店の客達も既に見慣れているのか、さして気に留めるでもなくそれぞれの時間を楽しんでいる。
笑い声と、明るい口喧嘩の声が飛び交う。
ティファは目の前の果物に視線を落とし、いつかラファエルもこの輪の中に、と無意識に思ってしまう。

「・・・彼は、また来てくれるかな?」

騒がしいアルバートとリオーネをよそに、クリフがティファに優しく問いかける。
ティファは視線を上げ、クリフへと移す。
クリフもエルガも、優しく微笑んでいた。

ラファエルは、きっとここへ来てくれる。
そしてみんなに紹介しよう。
新しい仲間だ、と。
ティファは満面の笑みを浮かべ、自信を持って二人に応える。

「きっと来るよ。」

その答えに満足したかのように、釣られてクリフとエルガにも満面の笑みが浮かぶ。
新しい仲間を歓迎しよう。
悲しい過去を背負う彼を、仲間とともに支え、新しい道を歩いていこう。

ティファは一息つくと、外の空気を吸ってくる、と言って席を立つ。
一歩店の外に出ると、酒で火照った頬に心地よい夜風が当たる。
空を見上げると満点の星。
そして真上には、つい先日その姿を見せていたかつての満月が、今ではやや欠けて控えめに輝いている。
初めて彼を会ったときのことを思い返す。
まるで目に映る全てのものが敵であるかのように、荒々しく吹きすさぶ風のようだった。
しかし今は。
森で別れたときの彼は、そよ風のように柔らかく優しく、静かな風を纏っていた。
新しく虹の色に加わってくれた彼は、今どこで何をしているのだろう。
ティファは月を見上げ、共に戦った仲間のことを想っていた。

ひっそりとした街の外れ。
いつにも増して騒がしい酒場から明るい声が漏れる。
今日も、平和な夜が更ける。

そして、アルバートとリオーネの仲の良い口喧嘩は、遅くまで続いていた。
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2009年01月08日

48:風の行方

ここでエルガは一旦話を区切り、グラスを取り出して氷を入れ、手近なところに置いてあるお気に入りの酒を注ぐ。
半透明の液体がグラスの半分まで注がれたやや強めの酒を静かに口へ運ぶ。
誰もが、エルガが続きを語り出すのを静かに待っていた。
そこへ接客を早々に切り上げたリオーネがその輪に加わり、先ほどと同じようにティファの隣に来てカウンターに寄りかかる。
店内にはまだ数名の客が思い思いに酒を楽しみ、それぞれの時間をすごしている。

「・・・それから、どのくらいの時間そうしていたかな・・・。」

片手に持つグラスの中身を眺めながら、再びエルガが語り出した。
その口元には、どこか楽しそうな微かな笑みが浮かんでいた。



・・・・・・

しばらく、二人で言葉を交わすでもなく、またエルガも詮索するでもなく、ただ静かにグラスを傾けた。
男の悲しみが如何ほどのものか、エルガには計り知れるものではない。
しかし、エルガはその男が抱く悲しみを、ここにいるほんのひと時でも和らげることができるのなら、と共に見知らぬ故人を偲んだ。

どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて男の飲む果実酒が、その全てを故人へと捧げられる。
長い時間を費やして、内に秘める悲しみを和らげた男のグラスには、大きかった氷は今や欠片ほどになっていた。
そして男はグラスをそっとテーブルに置いて席を立ち、カウンターに座っているエルガの元へ歩み寄る。

「・・・遅くまで付き合わせてしまって、すまなかった。」

侘びながら、懐から代金を出そうとした。
しかしそれを、エルガが手で遮り止める。

「代金はいらない。・・・私の奢りだ。」

自然とエルガは微笑んでいた。
男は思いがけないエルガの言葉に驚いたようだ。

「しかし・・・」

申し訳なさそうに言葉を繋ごうとする男に背を向け、エルガは酒棚から新たに一本の瓶を取り出す。

「気にしなくていい。ただの気まぐれだ。」

男に向き直り、今度ははっきりとした意思で優しく微笑む。
エルガの言葉に、黒衣の男も表情を隠すフードの下で微笑んだ。

「では、その言葉に甘えさせてもらおう。・・・ありがとう。」

立ち去ろうとする男をエルガが引き止め、手にしていた新しい上等な酒を男に手渡す。

「土産だ。持っていきな。・・・また飲みに来てくれれば、それでいい。」

男はその酒を受け取るのを少し躊躇したようだが、エルガに半ば強引に手の中に収められる。
苦笑しながらもそれを受け取り、エルガに向き直る。
その男が顔を隠していたフードを少し持ち上げると、優しく不思議な光を宿す瞳とエルガの視線が合う。
そして男は深く一礼し店の外へ向かい、それを見送るためにエルガも扉へと歩いていく。
店の外へ出て、男は再度深く一礼すると身を翻し、静かに夜の闇へと消えていった。
不思議な男だった。
エルガは男の姿が完全に見えなくなるまで見送り、そっと扉に架かる看板を裏返した。



翌朝。
エルガは自宅のベッドの上で、窓の外から聞こえる小鳥の囀りで目覚める。
まだ外は日が昇り始めたばかりで薄明るい。
隣には愛しい夫がすやすやと規則正しい寝息をたてている。
夫を起こさないよう、静かにベッドからすり抜け、毎朝の日課へと向かった。
寝巻きを着替え、動き易い格好になって自宅の裏手へと回る。
まだ朝靄の残る空気を大きく吸い込み、背伸びをする。
椅子代わりの丸太に腰掛け、手には小さな手斧。
足元には薪が転がり、隣にはその薪が山と積み上げられている。
毎朝の日課となった、店の準備。
さして苦とは思わない作業。
好きでやっていることなのだが、しかし夫は申し訳ないから、となにかと手伝ってくれる。
いつの間にか自然に役割分担のようなものが出来上がっていた。
そのうち夫も夢から覚め、この薪割りが終わる頃には朝食を準備してくれていることだろう。
夫も、最初は不慣れだった料理もいつしか手馴れたもので、最近ではなかなかの腕前を披露してくれる。

色んなことに思いを馳せながら、今日もいつものようにただ黙々と薪を割る作業に勤しんでいた。
コツを覚えると楽なもので、夢中になって、不思議と楽しくなってくる。
朝日が顔を出し、露に塗れた草木がきらきらと輝いている。
一息つこうと手を休めた。
ふと、街の外門から続く道に目をやると、ひとつの影がこちらへと歩いてくるのが目に映る。
遠くてその正体を覗うことはできないが、人ではなさそうだ。
なんだろう、と、その姿見ていると、それはどうやら一頭の獣のようだった。
徐々に近づいてくるその獣は、子牛ほどの体躯を持っており、美しい銀毛は朝日の光を反射して輝いていた。
銀毛の獣は小走りで、まっすぐにエルガ目指して駆けてくる。
やがてその姿がはっきりと目視できる頃、口に皮袋を咥えていることもわかった。
そしてその正体がハイウルフであることも。

ハイウルフはエルガの近くまで来るとその歩みを止め、数歩離れた場所で静かに腰を下ろす。
そして咥えていた皮の袋を、そっと地面に置いた。
エルガは不思議そうにその美しい獣を眺めていると、獣もまた身動ぎもせずじっと座ったままエルガを見つめていた。
まるで皮袋を届けに来たかのように。
エルガは立ち上がり、ハイウルフへと近づき、前に方膝を付いて皮袋を手に取った。
ずっしりと重い皮袋の中身を見てみると、中にはおそらく取れたてであろう様々な果物が詰まっていた。
よく見かけるものから、貴重でなかなかお目にかかれない珍しい果物まで、色んな種類の果物が入っていた。
さすがに珍しい体験をしたことにやや驚き、小さく感嘆の声を漏らしてしまった。

「・・・マスターから、昨晩の礼だ、と。」

エルガの目の前に座るハイウルフが、静かに人語を発する。
ハイウルフが話すことにも少々の驚きを覚えたが、それよりもその言葉に思い当たる節があるのを思い出す。
なるほど、と納得してしまい、思わず小さく笑ってしまう。
そしてエルガは腰にぶら下げてある小さな皮袋から、干した肉を数切れ取り出す。
小腹が空いたときによく口にする干し肉だ。

「ご苦労だったね。」

労いながらそれを差し出すと、ハイウルフはエルガの手に乗る干し肉を一切れずつ味わう。
そっと、もう片方の手で美しい銀の毛並みを撫でてみる。
ふわふわとした毛はとても柔らかく、風になびいて流れていた。
ハイウルフもそれを嫌うでもなく拒むでもなく、ただエルガの手に身を任せていた。
やがてエルガから差し出された干し肉を平らげたハイウルフは、静かに見を起こす。
それを見届けたあと、エルガも満足そうに立ち上がる。
そして最後にふわりとハイウルフの頭を撫でると、ハイウルフは耳を倒して目を細める。

「マスターに伝えておくれ。確かに受け取った、とね。」

そして手を離すと、ハイウルフは口の端を持ち上げ、微かに微笑んだように見えた。

「了解した。」

その答えを聞いて、エルガも満足したように微笑んだ。
ハイウルフは立ち上がり、くるりと身を翻すと颯爽と駆け出す。
その姿は朝日を浴びて輝き、光の尾を残すかのように疾かった。

まるで風のように。


あの男も、今のハイウルフも、この地に吹いた一陣の風だったのだろうか。
様々な風が立ち寄り、集い、そしてそれぞれの地へと旅立つ。
彼らもまた、虹色に染まる風のうちのひとつなんだろうか。
再び、同じ風に出会えることを、エルガは願う。


朝日の柔らかい日差しに包まれながら、エルガはすでに姿が見えなくなったハイウルフの後ろ姿をいつまでも見送っていた。



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2009年01月06日

47:黒衣の男

「昨日の夜、店の客もあらかた居なくなって後片付けもそこそこに終わって、あとは簡単な掃除と戸締りをするだけ、という頃合だったかな。」

カウンターに寄りかかり、そのことを思い出しながらエルガが語りだす。
アルバート、ティファ、クリフの視線を浴びながら、普段無口な彼女が珍しく多弁に語っていた。

「大した仕事もなくなったから、いつものようにクリフとリオーネには先に上がってもらって、店には私一人だったんだ。」




・・・・・・

夜も更け、店は普段の騒がしい姿から静かな空気を纏う落ち着いた姿へと変わっていた。
エルガはこの店が大切であり、とても大好きな場所でもあった。
愛する夫と親しい友人、そして昔馴染みの血盟の仲間達が集う場所。
いつも騒がしくも、賑やかな客達。
どれもがエルガの宝物だった。
その日も彼女は慌しい一日を終え、一人店内に残っていた。
後片付けを終え、掃除も一通り終わる。
ひっそりと静まり返った店内を眺め、今日も色んな客をもてなしてくれた小さな店を労う。
大きな問題もなく今日の閉店時間を向かえ、エルガは扉の看板を裏返すために出入り口に向かった。
扉を開けると、外の冷たい空気が頬を撫でる。
日中は賑わっているギランの街も、この時間では暗く静かに眠りについていた。
扉の外に架かっている看板を、開店から閉店へと裏返そうとしたとき、エルガの視界に一人の人物の姿が映る。
その人物は黒いマントを着込み、フードを目深に被っているため表情が窺えない。
店から少し離れた所にただ立ち、店を見上げていた。
不思議に思いしばらく視線をやっていると、その人物がこちらに気付き声をかけてきた。

「失礼だが、今日はもう閉店だろうか?」

落ち着きのある、静かで穏やかな男の声。
確かに、今まさに店を閉めようとしていたところだ。
見たところ冒険者か旅人のようだ。
無下に断り、追い返すのも申し訳ないと思った。

「いや、大丈夫だよ。どうぞ。」

エルガが扉を開けて促すと、その男は礼を述べて店に入る。
店内には他の客の姿はない。
それでもその男は顔を隠したいのか、正体を明かせない理由でもあるのか、フードはそのままだった。
長年この商売をやっていると色んな客に出会う。
こういった類の客は、大概が訳ありか不振人物のどちらかだ。
この男は、おそらく前者だ。
長年の勘がそう言っているし、なによりこの男が纏う雰囲気は、どこか悲しげだった。
男は少しの間佇んでいたが、手近にあるテーブルに腰掛けた。
エルガは特に、席に案内したりもせず、静かに男の注文を待った。
これがいつもの彼女なりの対応だ。
そのせいで無愛想に受け止められる時もあった。

やがて、男がエルガにひとつの注文を伝える。
それは、酒の種類で言えば中の上。
値段も手ごろな物だった。
男が注文したのは、ある果実酒。
しかしそれは、特別な時に振るわれる酒。
親しい人間や、身近な存在が、この世を去った時に、その死を偲ぶ、悲しい意味を持つ酒。

エルガの勘は正しかった。
この男は、おそらくつい最近とても悲しい出来事があったのだろう。
大切な相手、それこそ自分の半身とも思える存在を失ったのだろう。
そして一人、ふらりと立ち寄った街で見つけた小さな酒場で、その悲しみを涙で濡らし、新しいこれからの道を生きていくのだろう。
エルガは注文を聞くとカウンターへ行き、林立する幾種もの酒の中からその果実酒を取り出す。
封を開け、栓を抜き、盆に氷の入ったグラスとともにその瓶を乗せる。
錯覚だとわかってはいたけど、その酒の瓶は、異様に重く感じた。

男のテーブルに酒の瓶とグラスを置く。
男はまた礼を言ってそれを受け取り、グラスに酒を注いだ。
氷の弾ける小さな音が、やけに大きく静かな店内に響く。
エルガはカウンターの中へ戻り、椅子に腰掛ける。
男は静かに、内に秘める悲しみを受け入れるかのように、ただ静かにグラスを傾けていた。

エルガはカウンターの椅子に腰掛けて物思いに耽っていた。
そして不意に、酒が並ぶ棚の中から一本の酒瓶を取り出し、その封を開ける。
そしてグラスに氷を入れ、酒を注ぎ、男と同じように静かにそれを傾けた。
男と同じ、故人を偲ぶための酒を。
ひっそりと静まり返った店内に、グラスに氷がぶつかる音だけが響く。
それはまるで葬送曲を奏でるように、美しく幻想的な音楽に聞こえた。



空には満月を通り越して歪に欠けた月が寂しげに輝き、虹色の風亭を仄かに照らしていた。
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2009年01月04日

46:酒場の夜

アルバートが長く、悲しい物語を語り終えると、騒がしい店内の一角にひと時の静寂が訪れる。
誰もが悲哀の表情で、声を発することもなくその場に佇んでいた。
やがて店のドアが開き、新たな客が来店すると、ティファの隣でカウンターに寄りかかって話に耳を傾けていた女性、ウェイトレスのリオーネがその客を案内するためにその場を去った。
リオーネの、客を迎える声と談笑が聞こえてくる。
続いて女主人であるエルガが厨房へと戻っていった。
アルバートはいささか温くなってしまった麦酒の入ったジョッキを、グイッと一気に煽り、乾いた喉を潤す。
ティファも止めていた手を再び動かし、目の前の皿に盛られている瑞々しい果物を頬張る。

「・・・それで、その後はどうしたんだい?」

ややあって、アルバートの向かいに座るクリフが尋ねる。

「その後、フェリジアを埋葬して、俺達とラファエルはそこで別れることになったんだ。」

空になったジョッキを振り、クリフに催促しながらアルバートが言った。
クリフは再び新しい麦酒を準備しながら更に尋ねる。

「彼は一体どこへ?」

アルバートは冷えた麦酒を受け取りながら、故郷だ、と答える。

「私達は今回の事件の顛末をハイネの町へと報告しなければならなかったし、ラファエルは一旦ダークエルフの故郷に戻って、借りていた武器を返すって言ってた。」

ティファがアルバートの言葉を引き継ぐ。
皿の果物は半分近くまで減っていた。
その量に呆れつつも、アルバートも手を伸ばして手ごろな果物を一切れつまみ、口へ放り込む。

「それに、行かなければならない所がある、とも言ってたしな。」

指についた果汁を舐め取りながらアルバートが呟く。
そして、何かを思い出したかのように、そうだ、と声を漏らす。

「ラファエルにここの店を教えてあったんだ。一度顔出してくれって。俺達が帰ってくる前に、ダークエルフの男が来なかったかい?」

クリフは顎に手を当て、うーん、と唸りながらここ数日来店した客の中に、該当する人物がいなかったかを思い返す。

「いや、僕は見てないね。ダークエルフであれば一目でわかるし、もしその正体を隠そうとマントとかを羽織っているのなら、それだけで印象はあるからね。ここ数日でそんな人物は、少なくともボクは会ってない。」

そこへ、エルガが簡単なツマミを持ってきてアルバートとティファの前に差し出す。

「エルガ、君はどうだい?」

毎日後片付けもあってか、最後まで店に残るエルガはどうだろうか。
クリフは厨房から出てきた妻に尋ねてみた。

「・・・その、ラファエル、という男か?」

エルガは静かな声で聞き返し、クリフと同じように考え込む。

「・・・その男かどうかはわからないが、一人それらしい人物は来ていたな。」

ティファ、アルバート、クリフの視線がエルガに集まる。

「どんな風貌だった?これくらいの身長でこれくらいの髪で、全身が武器だらけで、えっとセロっていうハイウルフ連れてた??」

やや興奮気味にティファが身振り手振りでラファエルの特徴をオリガに伝えている。

「いや、マントにフードをすっぽり被っていて、顔まではわからなかった。それに、そのときは確か一人だったはずだ。」

ティファの様子に苦笑しながらエルガが答えた。
その答えに肩を落とし、残念そうな表情を浮かべるティファ。
そんなティファにエルガは声をかける。

「でも、二人の話を聞いて、おそらくその人物に間違いないだろうとは思う。」

顔を上げ、きょとんとするティファ。
その手には相変わらず、果物。

「・・・ティファ、その果物美味しいかい?」

突然何の前触れもなくエルガがティファに聞いてくる。
あまりにも突拍子もなかったので、口に含む直前でティファの動きが止まる。

「・・・ふぇ?・・・あ、あぁ、うん。」

間の抜けた返事を返しながら、ティファの顔が若干赤らめる。

「確信はないんだが・・・。」

エルガも、様々な果物のうちの一切れを口に運びながら呟く。
採れたてであろうその果物はとても瑞々しく、口の中で芳醇な甘さが柔らかく広がる。

「この果物はおそらく、ラファエルからのものだと思う。」

意外なエルガの言葉に、思わずその果物を凝視する。
ラファエルが来店して果物を置いていった?
想像することがなかなか難しく、ティファが首を傾けている。

「どういうこった?」

同じくアルバートも繋がりが掴めず、エルガに尋ねた。
エルガは思い出すように、ゆっくりと口を開く。


「・・・昨日の夜のことだったんだが・・・。」
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2008年12月29日

45:最期の約束

ラファエルの持つ銀色の剣は、満月の柔らかい光を受けて仄かに輝いている。
まるでそれ自身が光を放っているかのように。
月明かりに照らし出されるラファエルの姿を、アルバートもティファも、長い年月を付き従ってきたセロでさえも、神々しい印象を抱いた。
ゆっくりと、フェリジアとの距離が縮まる。
対するフェリジアは両手を武器化させ、明らかな怒りの表情を浮かべてラファエルを迎える。
二人の間に、再び戦慄の空気が張り詰める。
しかし、今までと違うのは、明らかにラファエルが優勢であることが一目でわかる。
それほどまでに今のラファエルには力が宿っており、フェリジアはおろか、それを見守る三者にもそれは感じ取ることができた。

やがて、ラファエルが歩みを止める。
フェリジアとの距離はおよそ10歩。
奇しくも、かつてラファエルが勝負を決めようとした距離とほぼ同じような距離。
その空間を二人の間に残して、立ち止まった。
ラファエルは静かに剣を構え、やや腰を落とした。
それに応えるように、フェリジアも両手の剣を体の前に構える。
ピンと張り詰めた空気が森を支配し、今にも爆発しそうなほどに緊張している。
聞こえるのは、柔らかく吹く風が木々の葉を揺らす音のみ。

動いたのは、同時だった。

二人の距離は一瞬にして無くなり、鋭く風を斬る斬撃の音が続いた。
突進の勢いそのままに、フェリジアの右手の剣が右上段から左下段へと振り抜かれる。
それをラファエルは受け止めず、右手に持つやや湾曲した逆手の剣で自分の身体の右側へと受け流す。
フェリジアはそのまま勢いを殺さずに身体を回転させ、左の剣を水平に振り抜く。
その目標はラファエルの首。
一直線に吸い込まれるようにラファエルの首へと向かう剣の軌道。
ラファエルは前に進んだ勢いの惰性で後ろへ避けることができない。
しかしその場で重心を落とし、首を狙う凶刃をくぐってこれを回避する。
そこに続けて繰り出されるのはフェリジアの右の剣による突き。
斜め下へ振り下ろすように真っ直ぐに、ラファエルの顔面目掛けて鋭い突きが風を引き裂く。
ラファエルの目前に迫る半透明の刃物。
ラファエルはそれを重心を戻すことで避け、同時に再び体勢を立て直す。
その表情は冷静で、沈着。
一瞬も揺らぐことがない。
しかし、フェリジアの表情には今までの笑みや狂おしいほどの歓喜の色がなく、ただ怒りだけが存在している。
ラファエルの眼前を通り過ぎた刃を、フェリジアは強引に外側に引き、再度横一閃の斬撃でラファエルの首を狙う。
ラファエルは、それを左手に持つ剣で上へと受け流す。
渾身の力を込めた斬撃の軌道を変えられ、フェリジアの体勢が崩れる。
さらに身体は開き、無防備な姿をラファエルの正面に晒すことになる。
フェリジアの表情は驚愕。
そして怒りと憎悪。
それらを伴って、その隙を埋めようと左の剣を振り下ろす。
しかしそれはラファエルの右の剣で受け止められる。
同時にラファエルは、受け流した左の剣を即座に方向を変え、左から右へと横に薙ぐ。
無理矢理体勢を崩されたフェリジアは、その一撃を完全に回避することができなかった。
辛うじて地面を蹴って後ろへ飛び直撃は避けたものの、胸元は横一文字に服が裂け、肌にうっすらと切り傷が浮かび上がる。
更なる驚愕とともに、自分の胸元に視線を落とすフェリジア。
その後に浮かんだのは、恐怖だった。
一瞬、フェリジアの動きが止まる。
その一瞬でラファエルはフェリジアの懐へと踏み入っていた。
フェリジアが我に返ったときは、既に遅かった。
低く踏み込み、右手の剣を大きく引き絞るラファエル。
フェリジアが浮かべた表情は、絶望だった。
ラファエルに、迷いはない。
大きく踏み込み、低い姿勢から、右手の剣を真下から真上へと、大きく振り抜いた。
先程横一文字に切り裂いたフェリジアの胸元に、新たな斬撃が重なる。
その二つの斬撃は、心臓の位置にある誓いの聖痕である十字架を、新たに刻んだ。


三者は、その一瞬の出来事をしっかりと目に焼き付けた。
ラファエルとフェリジアの、因縁の戦いの決着を。
その交錯は一瞬だった。
しかし、その死闘には一言では言い表すことのできない感情の流れと、様々な思いがぶつかり、弾け、そしてそれに終止符が打たれた瞬間だったのだ。



ただの掠り傷だ。
最初はそう思った。
しかし、あの銀の双剣にこれほどの威力があるとは。
フェリジアの身体から力が抜けていく。
魔物を一撃で葬り去ることができるほどの威力を持つ退魔の剣。
それは、その剣によって与えられた傷がどんなに小さくとも、恐るべき威力を持っていた。
ましてや、今のフェリジアはすでに上位種としての能力を全て失い、そこにあるのは完全なる魔としての存在。
銀の双剣による傷は、明らかに致命傷だった。


フェリジアの身体ががくがくと震え出す。
顔は青ざめ、恐怖と絶望が美しい顔を塗りつぶす。
両手に出現させた半透明の刃物がどろりと溶け出し、地面に落ちた。
震える手で、自分の胸元に手を充てる。
悲しそうな、そして恐怖と絶望を浮かべた表情でラファエルを見る。
唇が細かく震え、小さく声が漏れていた。
ラファエルはおそらく無表情にフェリジアを見つめ、剣を腰に納めた。
その心中は、表情から察することはできない。
フェリジアが力なく一歩後ずさり、膝を着いた。



そして、前のめりに倒れ込む。
地面に倒れる直前。
無意識だったのか、ラファエルがフェリジアの身体を抱き止める。
そして片膝を着き、意識が朦朧となるフェリジアを優しく仰向けに抱き、支える。

「・・・ラ・・・ファ・・・エル・・・・」

フェリジアが小さく名を呼ぶ。
ラファエルは変わらず無表情に、無感情にフェリジアの上半身を支えている。
ラファエルの膝の上で力なく仰向けに身体を預け、フェリジアは左手を必死に挙げ、ラファエルの頬にそっと触れる。

「あ・・・り、が・・・と・・・う・・・」

悲しそうな、笑み。
弱々しく頬に触れる彼女の手を、ラファエルは手に取ることも振り払うこともなく、ただフェリジアの顔を見つめていた。

「・・・愛して・・・いるわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ラファエルに向けられる、最後の微笑み。
フェリジアは、ラファエルの顔を見つめながら、彼の背後に回る右手の掌を、徐々に上に向けた。


その戦いを間近で見ていたアルバートは確かに見た。
ラファエルの死角となる背後で、フェリジアの右手が徐々に武器と化す瞬間を。

「・・・!!!!」

この死闘に、自分達が踏み入ってはいけない。
誰ともなくそう感じていた。
しかしここで気付いたのは、恐らく自分だけだ。
黙って見過ごせるはずがない。

危ない、ラファエル!!

そう叫ぼうとした瞬間だった。
フェリジアの右手がゆっくりと持ち上がり、ラファエルの心臓を背後から狙われた正にその瞬間。
ラファエルの右手が、腰に装着してある聖なる短剣を取っていた。
かつて、二人の胸に誓いと共に刻まれた十字の聖痕を与えた、あの儀式用の短剣を。

その短剣はまるで鞘に収まるかのように。
するりと、一切の抵抗を感じさせないほど滑らかに、あっさりとそこに収まった。
フェリジアの、十字架のちょうど中心。
心臓の位置へ。
深々と自分の心臓に突き刺さった短剣をどこか不思議そうに、そして少し驚いた表情で見つめるフェリジア。
ラファエルの背後へと伸びた右手が徐々に下がり、地面へ落ちる。
そして、自分の身に何が起こったのかを悟ったかのように、フェリジアは何故か満足そうに、微笑んだ。

ゆっくりと、瞼が閉じる。
長い睫毛が微かに揺れる。
本来彼女が浮かべていたであろう、優しい微笑みを残して。
どこか満ちあふれた表情のまま。
フェリジアは、永遠の眠りについた。
ラファエルの腕の中で。


ラファエルはそっとフェリジアの身体を抱き締め、彼女の耳元に何かを小さく囁いたようだった。
その言葉は、その表情は、背を向けるアルバートにはわからず、また遠くにいるティファとセロにもわからなかった。


長い、悲しい戦いに、本当の決着がついた。
忘れることができない、悲しい結末で。
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2008年12月23日

44:休息の酒場

とある日の夕暮れ、商業の街ギラン。
様々な商店が建ち並び、様々な人種が街を行き交う賑わった街。
今日もいつもと変わらない人々の喧噪がそこら中に溢れかえっている。
多くの住人や旅人が往来する街の中心部から外れた場所に、ぽつんと佇む一件の酒場があった。
表に掲げられた手作りの看板には『虹色の風亭』と書かれている。
街の外れにあるにしては店内はそれなりに賑わい、繁盛している様子だった。
女主人とその夫、そしてその友人の女性の三人で切り盛りしている酒場は、美味い料理と豊富な酒類、旅人への支援等で有名であり、特別大きな店でもないが評判があり、人気があるのも頷ける。
その日も、数人の客で賑わう店内で、カウンターの席に座る男女二人が、店の男と話に華を咲かせていた。

「・・・と、まあその奇跡ってやつのお陰で俺達は助かったってワケだ。」

麦酒の入ったジョッキをグイッっと空け、カウンター席に座る男、アルバートが一旦話を切る。

「あくまでも私の想像、の話なんだけどね。」

アルバートの横に座る女性、ティファがその後を引き継ぐ。
蜂蜜と果汁で割った女性に人気のある弱い果実酒をちびちびと口に運ぶ
ティファの前には、色とりどりの果物が切り分けられた皿が置いてあった。

「どう思う?クリフの旦那。」

軽くなったジョッキを軽く振りながら、アルバートはカウンターを挟んで座る店の男性、クリフに尋ねた。
この酒場を経営する三人のうちの一人で、女主人の夫である彼は主に旅人への情報の提供や仕事の斡旋のほか、怪我人への治療なども行っている。
読書好きのその青年は、一見すると華奢な外見だが落ち着いた雰囲気を持ち、知識が豊富で情報通でもある。
クリフはアルバートの話に、うーん、と呻り、腕を組んで考え事をしているようだ。

「とても興味深い出来事だね。僕の持つ書物や文献でも見たこともないし、ましてや聞いたこともない。おそらく前例はないだろう。」

二人に向き直り、柔らかい物腰で語りかける。
そして、空になったアルバートの飲み物を新たに用意しながら更に続ける。

「はっきりとした答えは出せないけど・・・きっとティファの想像が正しいんじゃないかな。」

アルバートに新しいジョッキを渡し、にっこりと二人に微笑んだ。

「色んな偶然が重なり、予想もできない事態が起こる。きっとそれを奇跡と呼ぶんだろうね。そして、ティファとアルバートがその場にいたことも、奇跡を起こした一つの要因として含まれているんだろう。」

礼を言ってジョッキを受け取り、その中身を大きく一口煽るアルバート。
店内は他に数人の客で賑わっており、たまに響く笑い声や話し声が聞こえていた。

「それで、その後はどうなったんだい?」

クリフがカウンターに座る二人に、死闘の結末を尋ねる。
ラファエルとフェリジア、二人の悲しい物語の行方を。

「あぁ、えーっとどこまで話したっけ。」

「ラファエルが風を纏ってフェリジアと対峙した、ってとこ。」

アルバートの言葉をティファが引き継ぐ。
あぁそうだった、と呟き、アルバートが先を紡ぐ。

「・・・それが、本当に最後の死闘で、勝負は一瞬の交錯で決着したんだ。」

いつの間にか店内の客は若干減り、注文が落ち着いたのか、女主人が厨房から出てきており、またティファの隣にはウェイトレスである女性が腰掛けていた。
女だてらにこの酒場の主人であり、クリフの妻であるオリガは、注文を受けた全ての料理を出し切り、休憩がてらその物語に聞き入った。
ウェイトレスの女性、リオーネも同じく仕事が一段落したため、アルバートの話す物語の続きに耳を傾けた。

今でもはっきりとその光景が浮かぶ。
自分は、セロやティファよりも近く、あの場で最も鮮明にその闘いを目に焼き付けることができたのだから。
アルバートはつい先日体感し、目の当たりにした奇跡と、悲しい運命を背負った人外の二人と、そしてその闘いを思い返しながら続きを話し始めた。
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2008年12月21日

43:二人の絆

全身に風を纏い、フェリジアとの距離を少しずつ縮めるラファエル。
力を持つ風がラファエルの髪を微かに揺らす。
ラファエルに気圧されるように、一歩、また一歩と後ずさるフェリジア。
周囲にいた魔物達は女王の束縛から解放され、糸が切れた人形のようにふらふらと辺りに散っていった。
すでにフェリジアを守る風の鎧も、魔物の盾も、そこには存在していなかった。

先にセロによって戦場へと届けられた一つ目の鍵である『銀の双剣』
そして、魔物の力が増幅するきっかけとなる『満月』
ふたつの鍵が揃い、当初ラファエルやティファ達が思い描いていたものとは違う課程ではあるものの、結果は予定していたものよりも遙かに優位となった。
それは奇跡なのか、それとも運命なのか。
死の淵からラファエルは蘇り、絶望の底から形勢は逆転した。



対立する二人を見守る三者。
そんな中で、落ち着きを取り戻しつつあるティファはほぼ無意識に状況を分析していた。
当初の予定は、夜が更ける前、即ち満月が昇る前に一つ目の鍵をセロに届けてもらうこと。
これは予想よりも早く最終目標であるフェリジアとの遭遇があったものの、セロの活躍により見事達成される。
そして、二つ目の鍵である満月が昇ったとき、一つ目の鍵である退魔の剣でフェリジアの中の魔物のみを倒す。
ここで誤差があった。
そもそも、何故満月を待つ必要があったのか。
満月が昇れば魔物の力が増幅し、フェリジアの力もより凶悪なものになると予想されたはずである。
それこそ、ラファエル達が見出したフェリジアを救う希望でもあったのだ。
魔物の力が増大した時、退魔の剣でフェリジアの中に住まう魔物だけを斬る。
成功の見込みがあるとは思えない、無謀な賭け。
満月が昇った瞬間、フェリジアに何らかの変化があると予想し、その前にこちらの準備を万端に整え、変化のある一瞬に賭けるしかなかった。
その狙いは、大方正しかったとは言えるだろう。
それはフェリジア自身の言葉からも読み取ることができる。

『私はまだ未完成。とても不安定な状態なの。この肉体の中で、ふたつの力がせめぎあっている。満月が昇ると・・・その力の拮抗が崩れる。』

同化した上位種と魔物の力は、満月の魔力によってその拮抗を失う。
作戦の読みは正しかったのだ。
そしてそれを避けるために、フェリジアはラファエルの力を取り込もうとしていた。

しかし、現実はその全てが思惑通りに行くほど甘くはなかった。
圧倒的な力でラファエルを制し、多数の魔物によって邪魔者である三者を排除し、更に鍵である退魔の剣すらも封じられる。
ラファエル達が託した一筋の希望は、瞬く間に絶望へと一変した。
そしてフェリジアの前に力尽きるラファエル。
望んでいたラファエルの力をも取り込み、フェリジアは新たに風を操る能力を得て、神に等しい力を手に入れた。
絶望の底に陥った4人に差し込んだのは、一筋の光。
ここで、二つ目の鍵である満月が現れ、奇跡が起こり、形勢が逆転した。

それは何故か。

あの時、ラファエルの腹部にはフェリジアの指が深々と突き刺さっていた。
そして、先程ラファエルが言った言葉。

『フェリジアがおれに力を貸してくれている。』

それはもしや、満月の力で増幅した魔物の力がフェリジアの身体を埋め尽くし、本来のフェリジアの魂と力が押し出され、結果ラファエルへと流れ込んだと考えられないだろうか。
それならば、上位種の力である風を、フェリジアが失い、現在ラファエルが扱えるようになったのも頷ける。

これを、誰が予想できたであろうか。
正に、奇跡。
種族を超えた二人の絆がもたらした奇跡としか言えない。
絶望から希望へ、そして希望から絶望へ。
運命の歯車は、ラファエルとフェリジアの魂の、本来あるべき姿へ向けて回ったのかもしれない。
その運命はラファエルにとって残酷で、耐え難いものであるかもしれない。
しかしフェリジアの魂を救うために、彼は今、この戦いに終止符を打とうとしている。

真実はわからない。
あくまでも憶測の域を超えない。
でも・・・

ティファはこの奇跡が必然だった、と信じている。
そして、魂という絆を取り戻したラファエルの勝利を、信じた。

この戦いの結末を、一瞬たりとも逃してはならない。
それはティファだけではなく、アルバートとセロも同じ思いだった。
三者は静かに、しかし確信を持ってラファエルの最後の戦いを見守った。



激しい戦いを繰り広げてきた、人外の二人。
その結末は、一瞬の交錯で決着し、その場にいた全員の心に刻まれ、忘れることのできない悲しいものだった。



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2008年12月09日

42:魂の風

大地をえぐる跡、薙ぎ倒された木々、散らばった枝葉、神の力を物語る爪痕の渦。
その中心にあって、対立する二つの人外の影。
低い呻きとともに殺意と憎悪を込めた視線を目に宿すフェリジア。
その視線の先には、しっかりと大地に足をついて威風堂々と立つラファエル。
フェリジアに腹部を貫かれ、神の力を得るためにその身から力と魂と命を吸い取られたラファエルが、奇跡を得て甦った。

「よかった・・・!ラファエル!」

ティファが、先程とは違う涙を流しながら安堵の声を漏らす。

「・・・マスター・・・!」

セロがよろよろと立ち上がり、主の姿を見て喜びとともに力を取り戻す。

「心配させやがって・・・!」

アルバートも同じく、安堵感からかその場に座り込み、傷だらけの身体を地面に預けた。

ゆっくりと三者を見渡すラファエル。
そして、静かだがはっきりと言う。

「すまなかった。だがもう大丈夫だ、安心してくれ。・・・後は、俺が全ての決着をつける・・・!」

三者に声をかけた後、ゆっくりとフェリジアに視線を移し対峙する。
フェリジアからはすさまじい怒りの波動と殺気。

「・・・おのれ・・・!おのれ!!神に逆らうというのか!!」

今までとは違い、明確な殺意を込めた視線でラファエルを睨む。
ラファエルは一歩、前に進む。
そしてフェリジアに言葉を返す。

「違うな。逆らうんじゃない。抗っているんだ。運命に。絶望に。それに、貴様は神なんかじゃない。その力も、すでに失っている。」

一言一言に力を込め、区切るように、しかしはっきりと応えた。
それに対し、フェリジアがさらに怒りを増したことがその波動で感じ取ることができる。

「だまれぇ!!・・・もういい・・・お前なんかいらない・・・!ここにいる全員、皆殺しだ・・・!一瞬のうちに切り刻んでくれる!!!!」

激しい怨嗟と怒り、それらを伴って呪いの言葉を吐く。
そして、手に入れた神の力、風の刃を発生させようと力を込める。

「・・・!な、なんだ・・・!?力が・・・!??!??」

しかし、思うように力を操ることができない。
混乱し戸惑うフェリジア。
さらに徐々に近付いてくるラファエルに対し、数歩後ずさる。

「言ったはずだ。貴様はすでに力を失っていると。・・・フェリジアは、俺の中にいる・・・!俺に力を貸してくれている!」

ラファエルの瞳に宿る強い力。
それは自身の生きる意思であり、フェリジアの願いであった。
形勢が拮抗する二人。
徐々にその距離を縮めるように、ゆっくりと歩みを進めるラファエル。
フェリジアは眉の間に皺を浮かべ、怒りの表情とともに歯ぎしりをしながらまた一歩後ずさる。
まるでラファエルに対して恐れを抱くかのように。

「・・・く・・・!眷属達よ!奴を捕らえろ!!殺せ!!肉を喰らい、血を啜り、腸を貪り、骨までしゃぶり尽くせ!!」

フェリジアは配下である魔物達を見渡し、声を荒げる。
手足のように操れるはずの魔物達は、それでも女王の命令に従うことはなかった。
まるで糸が切れた人形のように、その場で立ち尽くし、あるいはふらふらと森の奧へ姿を消し、ラファエルに襲いかかる魔物は一匹としていなかった。

「何故だ・・・!?私は力を手に入れたはずだ!魔物共を意のままに操り、風を操り、神に等しい力を手に入れたはずだ・・・!!」

神に等しい力を手に入れ、今まで優位に立っていたフェリジアが、ここにきて初めて明らかに狼狽する。
ぱらぱらと姿を消して行く魔物達を目にして、さらに困惑の表情を浮かべる。

「無駄な抵抗はよせ。貴様に勝機はない。それに、こちらは『鍵』が揃った。・・・形勢は逆転した・・・!」

徐々に距離が縮まる。
ラファエルの言葉に、フェリジアの表情に恐怖の色が浮かぶ。
しかし、そこでフェリジアがひとつ気付く。

「ふ、ふはははは!鍵だと!?その状態で何ができる!確かに満月は昇った!だが、その手にしているものはなんだ!私の力が例え薄れたとしても、その状態の武器で何ができるというのだ!!」

ラファエルの持つ武器。
ふたつあるうちの最初の鍵。
銀色に輝く退魔の力を宿す二対の剣は、変わらずラファエルの腕ごと魔物の身体から生成された粘体の物質で全て覆われていた。
フェリジアが力を失ったことも、粘体のまま固定されてしまった魔物の身体は、その影響を受けずにラファエルの腕と武器を飲み込んだままだった。
フェリジアは数少なくなった自らの優位性を示すように、ラファエルを睨む。

「力が薄まったとしても、そんな状態の貴様にこの私が負けるはずがないだろう!もうお前なんかいらない・・・!一思いに始末してくれる!!」

フェリジアは最初に会ったときと同様、自らの身体の内部から粘体状の物質を捻出させ、右手を武器と化した。
そして先程抱いてしまった自分の恐怖を振り払うかのように構え、ラファエルに対し向き合う。
恐らく防御すらままならない状況で、それでもラファエルは不敵な笑みを浮かべる。

「・・・言ったはずだ。フェリジアがおれに力を貸してくれていると。」

死闘の場所。
凶風が巻き起こった森。
その中に、柔らかい風が頬を撫でる。
まるで、満ちる殺気を癒すかのように、柔らかく優しい風。
それは徐々に渦を巻く。
そして明らかな力を伴って、ラファエルの周囲に集まり、渦巻く。
ラファエルは立ち止まることなく、ゆっくりと歩を進める。
風を纏い歩くラファエル。
次の瞬間、一陣の風が刃となり、ラファエルの腕に絡みつき拘束していた魔物の一部を切り刻み、一瞬のうちに消し去った。

「!!ば、ばかな・・・!!風を、操る、だと・・・!」

フェリジアの表情が驚愕に歪む。
ラファエルは明らかに、風の力を宿し、両腕の自由を取り戻した。
そして両手に持つ銀の剣を一降りし、さらにフェリジアに近付く。
その剣にも、まるで力が宿ったかのように満月の光を反射して輝いていた。

「・・・う、うぅ!・・・おのれ・・・!!」

驚愕と怒り、そして恐怖を宿し、フェリジアは歯を食いしばり喉の奥で低く呻る。

「・・・この、身体を・・・斬るというのか・・・!貴様の妻であるこの私の身体を・・・!!!」

もはや必死とも思える声で最期の足掻きを見せるフェリジア。
それはまるで最期の切り札でもあるかのような発言だった。
例え魔物に同化されたとはいえ、その外見は変わらず美しい上位種であり、ラファエルの妻の姿であるのだ。
そしてラファエル達の目的は、フェリジアの救出。
それ故に、フェリジアに対して有効な攻撃を躊躇してしまう場面もあった。
フェリジアの発言に、歩を止め、立ち止まるラファエル。
フェリジアの表情に一瞬安堵の色が浮かぶ。

−斬ることなど、できるはずがない−

フェリジアの表情に浮かんだ安堵が如実にそう物語っている。
やや俯き、目を瞑るラファエル。
数瞬の間の後、目を開け顔を上げたラファエルの表情に、迷いはなかった。
瞳には力が宿り、覚悟と決意が見て取れる。

「・・・貴様は、フェリジアではない。ただの抜け殻だ。フェリジアの魂は返してもらった。・・・最後に、その身体を返してもらう・・・!!」

固い決意とともに、ラファエルが力強く発した。

歯を食いしばり、見た者に呪いをかけるかのように怒りを浮かべるフェリジア。
そして力強く大地に立ち、その視線を真っ向から受け止め決意と誓いを胸に宿すラファエル。

それを見守るアルバート、セロ、ティファの三者にも、戦いの終わりが近いことが読み取ることができた。

満月の光を浴びながら静かに対峙する、ラファエルとフェリジア。
固い絆によって結ばれた異種族の二人。
数奇な運命によって最愛の者と剣を交わすこととなった男と女。

最後の死闘が、始まる。


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2008年11月03日

41:最後の鍵

一切の暗闇が支配する森。
太陽は沈み、夜空には満点の星が瞬く。
暗いはずの森は、何故か仄かに明るみを帯びていた。

渦巻く風。
それは狂刃となって周囲の木々を薙ぎ倒し、草葉を散らす。
その中心から木霊するのは、女の高らかな笑い声。
強風の煽りを受けつつも必死でそれに抗うアルバート。
絶望の表情で座り込むティファ。
牙を剥くことすら忘れてしまったセロ。
三者は絶対的な力の差を思い知り、ただ為す術もなく自らの死を待つだけとなっていた。

(ここまでなのか・・・!)

比較的フェリジアに接近したアルバートは、間近で風の刃を目にする。
あらゆる物を粉砕し、切り刻み、近付く物を容赦なく細切れにするであろう、神の風。
すでに完全な力を手に入れたフェリジアに対し、人である彼らが手の届く相手ではなくなっていることをありありと証明している。
ティファに視線をやる。
涙を流し、放心したように地面に座り込んでいる。
渦巻く風が勢いを増す。

(すまん、ティファ・・・)

徐々に自分に迫り来る幾多の刃を目に、剣を地面に刺して歯を食い縛った。
眼前に迫る、自らの死を受け入れる。

(ならば、最後まで抗ってやる・・・!)

せめてティファとセロが逃げる時間を稼ぐ。
この身が果てようとも、その意志だけは貫いてみせる。
アルバートは剣を引き抜き、ほぼ装備のない状態で立ち上がる。
身体中に刻まれるうっすらとした切り傷。
風は徐々にその勢いを広げ、更に凶暴に荒れ狂う。
構えた剣が風にぶつかり、小さな欠片を舞わせる。

(・・・最後に、一仕事頼むぜ・・・)

愛用の剣にそっと語りかける。
刀身が小さく削られていく。
おそらく中心に近付けば、この剣はおろか自分の身すらも粉砕されるだろう。

どくん

鼓動を感じた気がした。
これは自分の鼓動だろうか。
いやに静かに聞こえる。
死を目前にして、アルバートは冷静だった。
そして、決死を覚悟して、一歩前に出る。
風が全身を叩く。
新たな切り傷が刻まれる。
腰を落とし、力を溜める。

刃の渦の中に、踏み込もうとした。


その瞬間だった。
小さな、変化が現れる。
風の勢いが弱まった。
直後、小さな変化が大きな変化へと移っていく。

どくん

風が見る見るうちに納まり、やがてその中心にいた二人の姿すら目視できるようになる。
アルバートはこれを好機と見たが、何故か咄嗟に動くことができずにいた。
何故なら、その中心にいた風の主であるフェリジアの様子が一目で先ほどよりも違うことに気付いたからである。
体勢は変わらず、ラファエルの腹部にはフェリジアの指が突き刺さっている。
しかし、そのフェリジアの表情は強張り、驚愕が浮かんでいた。

どくん

気付けば、フェリジアの高らかな笑い声も消えている。
むしろ何かを恐れるように目を見開き、ラファエルに突き刺さる腕を掴みかすかに震えていた。
そして、続くフェリジアの絶叫。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

両膝を着き身体を仰け反り、天に向かってフェリジアが吼えた。
彼女の身に何が起こったのか。
死を覚悟したアルバートも、絶望に打ちひしがれていたティファも、横たわっていたセロも、変化に気付きその光景を目にした。

どくん

風が完全に消え去る。
残ったのは、力尽きたように目を閉じたままのラファエルと、苦悶の表情で天に吼えるフェリジア。
そして二人を中心に渦巻く風の爪痕。
辺りは仄かに明るい。
深い森の奥にあってこの明るさ。
空には満点の星。
三者は絶望故に、そしてフェリジアは狂おしいほどの歓喜故に、その存在を忘れてしまっていた。

どくん

二つある鍵のうちの、最後の一つ。
満月の存在を。
ざわめく木々の枝の間から柔らかい光が差し込む。
その満月の存在がただの偶然なのか、それとも運命だったのか。
この死闘の場において、満月の光は確かに一帯を照らし出していた。

「・・・そうか・・・満月・・・!」

アルバートが空を見上げる。
暗い夜空の中に、穴を開けるようにして大きな満月が昇っていた。

「鍵が・・・そろった。」

ティファがぽつりと言葉を漏らす。

どくん

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!!!!!!」

フェリジアが一層の絶叫を伴ってラファエルから離れる。
二、三歩よろよろと後ずさり、ラファエルから離れた。
そして憎悪を含んだ視線でラファエルを睨みつける。
未だ力なく木を背にして地面に座り込むラファエルを。

どくん

そして、三者は新たな奇跡を目にする。
ゆっくりと、ラファエルの頭が持ち上がる。
目が開かれる。

どくん

「ラファエル・・・!」

ティファは知らず笑みがこぼれ、更に溢れる涙を止めることができない。
アルバートとセロにも安堵と歓喜の表情が浮かぶ。

「・・・おのれ・・・!!!!!!!!」

フェリジアだけが、溢れんばかりの殺意と憎悪を込めてラファエルに視線を突き刺す。

静かに立ち上がったラファエルの目には、確かに強い力が宿っていた。

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2008年10月04日

40:夢幻の狭間

背中に感じる、柔らかい地面の感触。
耳を澄ますと小鳥のさえずりや動物の鳴き声が聞こえる。
心地良く頬を撫でる風に乗って、草花の香りが漂う。

”・・・ラファエル・・・”

誰かが俺の名を呼ぶ。
もう少しこの風を感じながら軽い浮遊感を味わっていたい。

”ラファエル・・・”

繰り返し呼ばれる。
瞼はまだ重かったが、うっすらと目を開ける。

いつからここにいるのだろう。
どこかで見たことがあるようで懐かしい感覚もあるけど、それでいて初めて見る美しい風景。
ここはどこの森だろうか。

”ラファエル”

声のする方へ顔を向ける。
あぁ、そうだったな。
彼女の大好きな森だ。
自然の中で育った彼女は、木々のざわめきの聞こえる森が落ち着くと、よく言っていた。
寝転がる俺の隣に座る彼女は、春の木漏れ日のような柔らかい笑顔を向けてくれる。
二人で旅をして、よく森の中でこうやって静かな時間を過ごした。
君はいつも、俺に安らぎを与えてくれた。

『・・・フェリジア・・・。』

俺にとって、この世で一番大切な者の名を呼んだ。
俺の顔を覗き込む彼女の笑顔が、陽射しを浴びて一層に眩しく思えた。
彼女は可笑しそうに、くすくすと小さく笑う。

”やっと起きたの?”

いつの間にか眠っていたのか。
こんなに安らぐ時間は久しぶりだ。
もう一度この空間を味わいたくなり、俺は起き上がらずに再度目を閉じる。
でも、途端に言い表せないほどの恐怖感と不安感が押し寄せてくる。
思わず渋面になり、夢に落ちることを本能的に拒んだ。

”どうかしたの?”

彼女が俺の表情に気付いたのか、不思議そうに尋ねてきた。

『・・・夢を、見たんだ。』

とても辛く、苦しく、悲しい夢。

”どんな夢?”

彼女が夢の内容を尋ねてくる。
あまり思い出したくないものだ。

『・・・君が、いなくなる夢だ。』

ゆっくりと起き上がり隣に座る彼女を見る。
叡智を宿す瞳は深く、吸い込まれそうになる。
いつもは表情豊かな彼女が、今は上位種としての神々しさを纏って俺の言葉を聞いている。

『君が、魔物に身体と心を取り込まれ・・・いや、飲み込まれるんだ。』

そうだ。
とても恐ろしい、夢。
彼女はじっと俺の話に耳を傾けている。

『俺は必死に助けようとした。でも、どうにもならないんだ。君を助けたくて、取り戻したくて・・・また、同じ道を歩きたくて・・・。』

辛い。
苦しい。
ひとつひとつ思い出すたびに胸の奥が鈍く痛む。
知らず、俺は俯き拳を握りしめていた。
悲しくて。
悔しくて。

”・・・それで、どうしたの?”

彼女が優しく囁く。

『・・・俺は、決意したんだ。一番選択したくない最悪の方法を、選んだ。・・・君との、約束を果たすために。この、十字の誓いに懸けて。』

胸に手を当てる。
そこには、二人で誓い合った十字架の聖痕が刻まれている。
命と魂を互いに捧げ、自分の最期は、相手の手によってのみ成されたいという願いを込めて。
でも、こんな選択をしたくはなかった。
永遠に近い時間を共に過ごしたかった。
ずっと君と、並んで歩いていきたかった。
それなのに・・・。

”・・・それで、あなたはちゃんと約束を果たしてくれたの・・・?”

静かに、彼女が俺に問う。
そうだ。
あの悪夢の続きはどうなった。
思い出そうとすると、いいようもない恐怖感に襲われる。
思い出すことを拒むように、背筋に悪寒が走り、吐き気すら催す。
俺は、約束を果たそうとした。
君への想いを証明するために。
それなのに、俺が最後に選択した行動は・・・。

『・・・いや、果たしていない・・・。果たせなかった・・・。君の姿が汚されるのを見たくなかった。だからこそ約束を果たそうとした。・・・でも。』

悪夢の続きが急激に浮上してくる。
それはあまりにも鮮明に繰り返し頭の中で再生される。
目を閉じても消えることがない。
直視することすら恐ろしい、悪夢。

『俺は約束を果たせなかった。そして、これ以上君の姿が汚されるのが辛くて・・・俺は、自らの死を、選んだんだ。』

顔を上げ、彼女を見る。
俺は今、どんな表情をしているだろうか。
きっと、子供のような、今にも泣き出しそうな表情をしているに違いない。
彼女は、そんな俺をまるで聖母のような笑顔で優しく見守ってくれている。

『君のいない世界なら、これ以上生きていく意味もないだろう、と。』

俺は、泣いていた。
いつの間にか溢れる涙を止めることができない。
俺は、君を助けることができなかった。
今、胸の中に渦巻く感情が複雑すぎてとても言葉にできない。
言葉が出ない。
代わりに漏れるのは、自分の意識とは裏腹に溢れる嗚咽。
両手で頭を抱え、後悔の念に押し潰されそうになる。
俺は、無力だ。
何もできなかった。
こんな俺など、消えてしまえばいい。
命も、存在すらも、その全てを。
深く暗い、真っ黒に染まる感情に飲み込まれていくのがわかる。

『あ・・・、あぁ!うああ!!』

嗚咽が悲鳴へ、そして絶叫へと変わっていく。
そうだ。
俺など、無力な俺など、いなくなればいい!


俺が、全てを放棄しようとした瞬間だった。
それまで静かに見守っていてくれた彼女が、小さくひとつ溜め息をつき、そっと俺を抱きしめてくれた。
優しく、まるで母親のように包み込んでくれる。

”ありがとう、ラファエル・・・”

耳元で囁かれる彼女の声。
その温もりを感じながら、少しずつ落ち着きが戻ってくる。

”どうかそんなに苦しまないで。貴方の想いは充分に伝わっている。
だから、貴方は生きて。”

まるで子守唄のように紡がれる彼女の声は、とても心地良い。
先刻までの黒い感情が嘘のように心が静まりかえる。

”私は貴方と共に歩いてきた時間にとても満足している。だから貴方のこともよくわかる。自らの死を選ぶ貴方の気持ちも。でもお願い、どうか貴方は生きて。”

静かに祈るような言葉に、俺はいつしか目を閉じ、彼女に心を委ねる。
まるで深い眠りに誘われるように、彼女の声が遠のいていく。

”大丈夫、私は貴方の中にちゃんと居るから。貴方なら大丈夫。私の分まで生きて。”

待ってくれ。
まだ話したいことがある。
伝えたいことがある。
意識すら遠のき、彼女の声がどこから聞こえてくるのかもわからなくなる。

”・・・さぁ、もう少し頑張って。貴方のことを待っている人達がいるでしょう?”

子供に諭すような、優しい声が俺を温かく包み込む。
あぁ、そうだ。
森で出会った、優しく勇敢なヒューマンと、相棒が待っている。
そうか。
俺は、あの悪夢と戦わなければならない。
そしてその悪夢を終わらせなければならない。
それこそが、今の俺の生きる意味なのだろう。

”見守っているから。きっとその悪夢に打ち勝つと信じているから。・・・少しだけ、私の勇気を分けてあげる。”

あぁ、わかったよ。

君のその心に、応えよう。

俺の全霊を込めて。

悪夢を、打ち破ってやる。

約束しよう。

俺の魂の全てを賭けて。

ありがとう、フェリジア・・・。




意識が途切れ、彼女の声が聞こえなくなる。

でも、最後に、
彼女の眩しい笑顔が、見えた気がした。

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2008年09月24日

39:神の力

アルバート、ティファ、セロがフェリジアに対し戦闘の意思を決意する。
それを読み取ったのか、フェリジアは顔だけを三者に向け、どこか優しげな、しかしうっすらとした冷たさを含む微笑みを浮かべる。
体勢は変わらず、ラファエルにひっそりと付き添うように。
そしてその右手はラファエルの腹部にめり込ませたまま。

「今の私はとても気分がいいの。本当なら、お前達も私の眷属達も、もういらないんだけど・・・特別に残しておいてあげるわ。この世に産まれた新たな神の誕生をその目にしっかりと焼き付けておくといいわ。・・・最期に・・・ね。」

フェリジアは聞く者の意識を凍て付かせるかのような言葉を紡ぎ、嬉しそうに目を細める。
そう、彼らはフェリジアの気まぐれで今生きているのだ。
そして彼らだけではなく、支配している眷属である魔物達すら、もう必要ない。
それほど、力を手に入れ完成されたフェリジアは、正に神とも呼べるほどの存在となっていた。

アルバート、ティファ、セロの周囲には未だ魔物達がぐるりと包囲している。
しかしどれもがまるで抜け殻のように立っているだけで、襲いかかってくる様子どころか動き出す気配すらない。
それもただフェリジアが気まぐれに命令を下していないだけであろうが。
それを数少ない勝機のひとつとして、三者はフェリジアに対し攻撃を決意する。

「・・・ここからでもわかる。今のヤツは、凄まじいほどの力が溢れている・・・。」

剣を構えながら呟いたアルバートの額には、うっすらと冷たい汗が滲み頬を伝う。

「・・・あれが、完全体というものなのか。・・・自らを神と名乗るのも頷ける。」

それに続き、全身の毛を逆立てたセロが呻るように、食い縛る歯の隙間から言葉を漏らす。

「・・・空気に、圧力に押しつぶされそう・・・。」

ごくりと喉を動かし、震える体を必死に抑えつけながらティファがやっと言葉を発することができた。
神を相手に、ただのヒューマンである自分に何ができるというのだろうか。
あの力を目の前にすると、先程の決意が簡単に吹き飛んでしまいそうになる。
ティファは目を瞑り大きく息を吸い、何度か深呼吸を繰り返した。

少しだけ、冷静さを取り戻す。
目を薄く開ける。
現状を確認する。
周囲に視線を移す。
魔物達は襲って来ない。
こちらの戦力は、アルバートの剣、セロのスピード、そして自分の持つオリハルコンの矢。
相手との距離はおよそ20歩。
相手はラファエルと密着した状態で座っている。
更には、右手がラファエルの腹部に刺されたままの状態。

ならば、例え相手の速さがいかほどであろうと。
同時に三種の攻撃ならば、捌くにしても手こずるのではなかろうか。
しかし、最後に鍵を握るのは、オリハルコンの矢による攻撃。
これがもし、今のフェリジアにとって効果が無くなっていたら・・・。
これこそが最高の効果を発揮するはずだったこの矢は、神に対して有効なのだろうか。

だが、やらなければ、そこで全てが終わってしまう。
ティファは固い決意とともに、二人に言葉をかけた。

「・・・三人で、同時に攻撃するのはどうかな。」

アルバートとセロがちらり、とティファに視線をやる。

「まぁ、がむしゃらにやるようだが、それくらいしかできないかもな。」

苦笑しながらアルバートが漏らす。

「・・・無闇に突っ込むだけの考えではないのだろう・・・ティファ殿、何か作戦が・・・?」

セロが問い、ティファは苦悩しながらもしっかりと頷く。
その表情からは、どこか苦渋の色が伺えた。



アルバートは速さを重視し、作戦遂行のために鎧を外して軽量化を図った。
すでに上半身は軽微な服装だけとなり、ほぼ無防備といっていいほどの状態となる。
ティファはオリハルコンの矢を地面に数本突き立て、連続で矢を放てるように準備をしていた。
そしてセロはゆっくりとした呼吸を繰り返し、心を落ち着かせ一瞬のために集中している。
アルバートが腰を落として剣を下段に構える。
ティファが矢を番え、いつでも放てるように構える。
セロも全身の筋肉を隆起させ、自身を閃光と化すために地面に爪を突きたてた。

ティファの最初の矢が放たれ、アルバートが疾走した。
おそらくフェリジアはオリハルコンの矢を、避けるか防ぐかの行動を取るであろう。
そこに時間差を置いたアルバートが奇襲をかける。
さらにもう一呼吸おいてセロが追加の攻撃を仕掛ける。
まず優先して狙うべきは、フェリジアをラファエルから引き剥がすこと。

最初の矢は、いとも容易く避けられる。
そこへアルバートの背後から、アルバートを追い越して頬を掠めるようにもう一本の矢が放たれている。
仲間の背後からほぼ直線上にある敵に向けてやを放つには相当の集中力が必要なはずだ。
それをティファは実行し、またアルバートも背後からの矢を恐れることなく、ティファを信頼し、ただ一直線にフェリジアに向けて疾走した。
アルバートは自身の持てる最高の速度でフェリジアに肉薄する。
まるで時が止まったかのように錯覚する集中した一瞬の中で、自分の目を疑うことになる。
自分を追い越しフェリジアに放たれた二本目の矢は、間違いなく命中する軌道だった。
しかし、フェリジアはそのオリハルコンの矢を、左手であっさりと掴み取った。
アルバートの、一瞬の驚愕。
しかしそこで勢いを止めることはない。
最高の速度を保ったまま、フェリジアの肩辺りを狙い、剣を振り切った。

アルバートは、自分の攻撃が命中すると確信する。
しかし、またもや彼は信じられぬ事象を体感することになる。
正に命中するという刹那、剣の軌道が何かの力によって変えられる。
剣は大きくフェリジアを外れ、そのまま彼女の背後へと流れ、アルバートもまた勢いを保ったまま横を通り過ぎた。
そしてそれを追うかのように、閃光となったセロが波状攻撃を仕掛ける。
更に、セロの攻撃と軌道の違う矢による追撃が二本続く。
絶対に避けられない。
体勢を立て直しながら振り返るアルバートと、フェリジアの目の前に迫ったセロと、次の矢を番えるティファも、そう確信した。
その現実が眼前に迫っているにも関わらず、フェリジアの口元には冷たい笑みが浮かんでいた。

三者の確信は、無残にも全て打ち砕かれ、打ち落とされる。
セロと二本の矢は、見えない力によって横から叩きつけられ、地面に落下した。
凄まじい力で地面に叩きつけられるセロ。
放たれた矢も大きく弾かれ地面に落下する。
三者に驚愕の表情が浮かぶ。
そしてそれは大きな絶望へと塗り替えられた。
フェリジアを取り巻く力。
それは、上位種であるエルフの力。
フェリジアの本来持っていた風の精霊の力だった。

フェリジアは掴み取った最初の矢を、ぽきりと折り、相手を凍てつかせるような笑みを浮かべる。
オリハルコンの矢による威力も無効となり、更に新しい力として風を操る能力すら手に入れたフェリジア。
完全体となったフェリジアに対し、勝率は無くなった。

ごうごうと音を立ててフェリジアとラファエルを取り巻く竜巻のような風。
その中心で、フェリジアの高らかな笑い声が木霊する。

膝をつき、絶望に打ちひしがれるアルバート。
よろよろと体を起き上がらせるも、最後の力を振り絞ったため、すでに戦える状態ではないセロ。
その場で力なく座り込み、矢を構えることすら諦めてしまったティファ。

アルバートと、ティファと、セロの、敗北が決定した。
それは、三者が避けられぬ死を、それぞれ悟った瞬間でもあった。


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2008年08月13日

38:三者の決意

アルバートが想定していた最悪の事態。
できれば回避したいと願っていた展開。
しかしそれは無惨にも打ち砕かれ、残酷な現実が突きつけられる。
アルバートは血が滲むくらいに唇を噛みしめ、決断を下す。

「・・・ティファ、オリハルコンの矢、準備しとけ・・・」

ティファは目に涙を浮かべ、口元を押さえながら、半ば放心状態で立ちすくんでいる。
アルバートの声が耳に届いていない。

「ティファ!しっかりしろ!」

びくりとティファの体が一瞬震え、涙を溜めた目でアルバートを見た。

「・・・ぁ・・・ごめ・・・ん・・・」

手が震えている。
声も震えている。
"やはり"とても戦える状態ではない。

「ティファ、・・・ここから逃げるんだ。」

「・・・ぇ・・・?」

アルバートが苦渋に満ちた表情で決断を伝える。
ティファには一瞬その言葉の意味がわからなかったかのようだ。
彼女の、仲間を想う気持ちを考えると、仲間を置いて逃げる行為がどんなに苦痛であるかはよくわかる。
しかし、アルバートはその苦痛を選択する。
どんな犠牲を払ってでも、ティファは生きて帰還させねばならない。
例え、その犠牲の中に自分が含まれていたとしても・・・。

「お前をここで死なせる訳にはいかない。俺があいつを食い止める。お前は、オリハルコンの矢を駆使して、この森から生きて帰れ!」

アルバートが決死の覚悟を込めてティファに語る。
その言葉と決意に驚愕するティファ。
このナイトは、最初からそのつもりだったのだ。
だからこそ、混戦になった時もオリハルコンの矢を使わせなかったのだ。
私が逃走する時のために。

「そ、そんな!嫌だよ!私も残って戦う!」

仲間を残して自分だけが生き延びるなど、できるはずもなかった。

「だめだ。その状態で戦えないだろう。足手まといだ。」

アルバートは視線をティファにやることなく冷静に指摘する。
たしかに、手足が震え、とても戦闘に参加できる状態ではない。
その冷たくも正確な指摘に、言葉を失い俯くティファ。
まさか、彼が自分に対してこんなにも冷たく厳しい言葉を浴びせるなんて。
普段優しい彼が、こんなにも厳しい言葉を発する。
それだけ、命の危険が大きいという表れでもある。
冷静になれば、ティファにも彼の狙いに気づけたはずだった。
その厳しさも、アルバートの優しさの表れである、と。
続いてアルバートは同じくセロにも声をかけた。

「セロ、お前も無理はするな。ティファと一緒にこの場を逃げ延びろ。」

全身に怒りを満たし呻り声を響かせるセロが、ゆっくりとアルバートに視線をやる。
その目には様々な感情が渦巻いている。
怒り、悲しみ、そして絶望と恐怖。
アルバートはセロの本能に気づいていた。
それは初めてフェリジアと出会った時、セロが彼女に飛びかかった時のことだ。
あのときのセロの行動は、必死とも思える攻撃だった。
そして今、主人であるラファエルを討たれた怒りを抱えているが、なかなか飛び出すことができない。
つまり、セロに対してフェリジア、いや、上位種というものは、遙か高みに位置する畏怖の対象であるのだ。
その本能ゆえに、フェリジアに対してセロは有効な攻撃ができないのだ。
アルバートは、そこに気付いていた。

「・・・なん・・・だと・・・?」

自分がこの場で役に立たないというのか。
アルバートに対して若干の怒りを覚える。

「お前がフェリジアを畏怖してるのはわかる。それなら、ティファについてやっててほしい。」

アルバートの言葉に、徐々に冷静さを取り戻していく。
どこか不自然さを感じる。
このヒューマンの男性は、決して傲慢を抱かないだろう。
この場に一人残り「足手まといだから」という理由で人を遠ざけないだろう。
そして隠しきれない本音。
セロは、完全に落ち着きを取り戻すと、アルバートに向かって逆に声をかけた。

「・・・不器用な男だな、貴男は。」

アルバートがセロを見下ろすと、まっすぐに視線が帰ってきた。

「ティファ殿と私を逃げ延びさせるために、貴男は敢えて我々を邪魔であるかのように言ったのではないか?そして、ここに残り、ここで死ぬつもりではないのか・・・?」

今度はアルバートが言葉を失い、セロを凝視した。
正にその通りだ。
見事に見抜かれた。
ティファも鋭く息を呑み、驚愕の表情を浮かべてアルバートの顔を覗き込んだ。
苦渋の決断を下したアルバートの表情が僅かに曇る。
そして、ふ、と短く息を漏らし呟いた。

「買いかぶりすぎだ。俺はそんなに器用にできてねぇよ。」

しかし、もうこの二人には通用しない。
セロに気付かされ、ティファも冷静さを取り戻していた。
同時にティファは、動揺し冷静さを失っていたことを反省するとともに、アルバートに対してやや怒りを覚えた。

自分を逃がすために死ぬつもり・・・?
そんなの許さない。

「・・・決めた。私も残る。」

ティファの表情に迷いはない。
決意に満ちた声色で意志を伝えた。
アルバートの表情が更に険しくなる。
彼女は恐らくこう言うだろうと予想していた。
それを避けたかったのに。
アルバートがティファに何か言いかけようとしたが、ティファがそれを遮る。

「もう決めたの!何言っても無駄だよ!私にはこの矢もあるんだし、勝機はきっとあるはず。」

強い眼差しがアルバートをまっすぐに射抜く。
強い娘だ。
その眼差しに潜む強い意志を読み取り、アルバートは小さく笑った。
セロもそれに続く。

「・・・私もここを去るつもりはない。マスターの仇討ちだ。一矢でも報いたい。」

視線をラファエルとフェリジアの方向へ向けて唸った。
アルバートは小さいため息を漏らし、ぼりぼりと頭をかいた。

「わぁーったよ!・・・なら、みんなで生きて帰ろうぜ。まだラファエルも手遅れじゃないかもしれないしな・・・!」

その言葉にティファとセロが力強く頷く。

「一人よりも、みんなで立ち向かったほうが勝機はあるよ!」

ティファが努めて明るい声で虚勢を張った。
あまりにも無謀な三者の決意には、それでも心強いものだった。


フェリジアはラファエルにしな垂れかかるような体勢でいる。
じ、っとラファエルの顔を見つめ、愛しそうに頬を撫でていた。
三者は、決意を胸に、完全体となったフェリジアに対して構える。

ゆっくりと、フェリジアが視線を移した。
勝ち目のない死闘。
それでも、仲間のために。

自分に立ち向かう姿勢を見せる三者に対し、フェリジアはうっすらと笑みを浮かべる。

その美しくも冷たい笑みは、三者にひとつの言葉だけを如実に伝えた。

絶望、と。
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2008年08月05日

37:絶望の悪夢

最初に異変に気付いたのは、意外にもティファであった。
アルバート、ティファ、セロの三者は、立ち塞がる魔物を悉く屠っていく。
しかし、直接魔物達を打ち倒しているのは主にアルバートとセロであり、ティファは前衛である二人の隙を埋めるために後方からの支援を担当していた。
そのためもあってか、ティファはかつてない程に神経を研ぎ澄ませ、集中していた。
もしかしたらこのチームワークを支えていたのは彼女の洞察力あってのものだったのかもしれない。
影の功労者は、間違いなく彼女だった。

そして、その集中力ゆえに、わずかな気配の変化に気付くことができた。
上位種やハイウルフに感覚が劣るヒューマンであるにもかかわらず。
それに気付いてしまった。

(・・・?空気が、変わった・・・?)

自分達をぐるりと囲む無数の魔物。
四方八方、どの方向から襲い来るか予想だにできない状況下で、ティファは常に自分と仲間達の周囲を観察していた。
一瞬の油断が、命取りになる。
しかし、違和感を感じた。
魔物の動向から目を逸らすことがどれほど危険なことか、重々に承知していることだ。
それでも、自分達を取り巻く、いや、森に充満する空気が、気配が変化したことがどうしても不安に感じる。
頬を一筋の汗が伝う。
ティファは自分達の周囲を取り巻く魔物の包囲網よりも更に先、二人の人外が死闘を繰り広げる場の変化にも気を向ける。
そのため、ティファに僅かな隙が生まれる。
その隙を突いてか、一体の魔物がティファに襲いかかる。

「ティファ!後ろだ!!」

やや離れた場所からアルバートが叫ぶ。
ティファが振り向くと、一体の魔物が剣を振りかざしていた。
アルバートが踵を返し駆け出す。
しかし到底間に合わない。
その瞬間、ティファの傍らから飛び出した銀色の閃光が、魔物の腕を切り落としていた。
一筋の閃光となったセロは、腕を切り落とした魔物の遙か後方で着地する。
それでも魔物は体液を撒き散らしながら、なおもティファへと近付いてくる。
すぐさま腰のダガーに手をかけるティファ。
しかしそれよりも早く彼女の側へと駆けつけたアルバートが、駆けてきた勢いそのままに魔物の横をすれ違いざまに、横薙ぎに両断した。



アルバートとセロがティファに駆け寄る。

「大丈夫か!?」

アルバートが安堵の息を漏らしながらティファ安否を確認する。
セロも同じくティファを見上げる。

「ごめん、ありがとう。」

ダガーを納め、再び弓を握り直して二人に謝罪と礼を述べる。
その表情にはどこか不安げな色が残されている。

「・・・なにか、気になることでも・・・?」

油断なく周囲に視線を巡らしながらセロが尋ねる。
ティファは、やや逡巡した後、口を開いた。

「ん・・・なんて言うか、雰囲気?が変わったっていうのかな・・・。うまく言えないんだけど、空気が変わったような気がして・・・。」

その言葉で、アルバートとセロも気付いた。
思い当たるのは、ひとつだけだった。
誰からでもなく、三者は同時に死闘の場所、ラファエルとフェリジアへと視線を向けた。



出来事は一瞬だった。
両手にある巨大な凶剣を翼のように広げ、ラファエルに向かって疾走するフェリジアの姿があった。
そして一瞬の交錯。
激しい衝撃のあと、大きく後方へと吹き飛ばされたのは、ラファエルだった。
そして三者は、その後の顛末をもはっきりと目撃した。
フェリジアの蹴りを腹に受けて後方に吹き飛ばされ、大木に強く背中を打ったラファエルは、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
同時にラファエルとの距離を一気に縮めるフェリジア。
離れた場所から見守る三者からもわかるほどに、フェリジアの表情は狂おしいほどの歓喜に彩られていた。
そして、ラファエルの前に膝をつき、愛おしそうに彼の頬を撫でている。
唇が触れそうなほどに距離を無くしたラファエルとフェリジア。
一見すると、抱き合い、愛の言葉を囁きあう恋人同士のようにも見える。
しかし現実は、フェリジアの華奢な右手の指が、ラファエルの腹部に深々と突き刺さっていた。

直後、狂ったように、しかし嬉しそうなフェリジアの高らかな笑い声が響き渡った。
顛末を目撃した三者は、自身が置かれている状況を忘れ、たった今眼前で繰り広げられた悪夢から目が離せなかった。

立ちすくむアルバートとティファとセロ。
明らかに隙があったにもかかわらず、何故か周囲を取り囲む魔物が襲いかかってくることはなかった。
ラファエルの身に何が起こったのか、誰にもわからなかった。
それほど致命的な受傷ではないはずだ。
それなのに。
明らかにラファエルの表情から生気が失われるのが見て取れる。
顔色から血の気が薄れていく。

ラファエルが、負けた・・・?

その事実は、確かに目の前にある。
しかしどうしてもその事実を受け入れることに抵抗がある。
現実を拒否してしまう。
だが、紛うことない残酷な現実が、そこにはあった。

「ラファエルゥゥゥゥ!!!!」

知らず、仲間の名前を叫んだのはアルバートだった。
その叫びも、もはや彼の耳に届くことはなかった。
言葉を失い、歯を食いしばった。
ティファは、突きつけられた絶望に涙を浮かべ、口元を手で押さえていた。
そうしないと悲鳴を上げそうだった。
そして、ティファの横から凄まじいほどの波動が感じられる。
同時に、獣の低く響く呻り声。
セロが、鋭い牙を剥き出し体毛が逆立つ程の波動を発しながら前方を睨んでいた。
その波動は怒りと悲しみとが入り交じる、複雑な感情が含まれていた。

「!・・・ッグッ・・・ウゥ・・・!ッガアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

絞りだした咆吼にも複雑な感情が入り交じる。
そこには迷いもあった。
全身の筋肉が緊張し、今にも飛び出しそうな体勢になる。
両前後の足で地面を掴み、爪を突き立てる。
涙こそ流してはいないものの、セロは確かに泣いていた。
鼻先に皺を寄せ、荒く、早く、浅い呼吸を繰り返していた。

三者は同時に、この戦いでの最悪の結末を目の当たりにしたのだった。

そこに残ったのは・・

ただ、絶望のみだった。
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2008年07月27日

36:命の光

腹部に熱を帯びた激痛が走る。
自身の血液が衣服をじわじわと赤黒く染めていく。
衣服と皮膚を無理やり突き破った細い指は、肉をえぐってはいるが、重要な臓器には届いていない。
出血も大量のものではない。
致命傷にはなっていない、と判断できた。
まだ戦える。
しかしその苦痛は簡単には拭えるものではない。
すぐ目の前にフェリジアの顔がある。
その美しい表情には狂気と歓喜とが入り混じっている。

どくん

反撃せねば。
腕を持ち上げる。
腹部に突き刺さるフェリジアの腕を掴もうとする。
しかし、持ち上げた右手は武器ごと魔物から生成された粘体に取り込まれている。
武器と手を封印されたも同然だった。
だが、まだ反撃の糸口はあるはずだ。

どくん

致命傷ではない。
そう、致命傷ではないのだ。
しかし。
なんだこの感覚は。
手足が徐々に痺れてきている。
視界が暗く感じるのは、夜の帳が落ちたせいではないのか。
判断力が鈍ってきている。

どくん

手足が重い。
強烈な脱力感が襲ってくる。
なぜだ。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
聴覚もどこかおかしい。
狂気の笑い声を発するフェリジアがいる。
その声すら遠く感じる。

どくん

まだ決着はついていない。
何がそんなに嬉しいんだ。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

狂ったように、嬉しそうに、フェリジアが勝ち誇って笑う。

「素晴らしいわラファエル!そうよ、これが欲しかったのよ!」

何を言っている。
何を手に入れたというのだ。

どくん

「この力!この光!!この魂!!!あなたの命はやっぱり最高の美酒だった!」

命・・・?
俺はまだ戦える。
声が出ない。
この手を離さなければ。
動け・・・
動け・・・・・・
動いてくれ・・・・・・・・

どくん

「全部頂戴!あなたの全てを私に頂戴!そしてひとつとなりましょう!永遠に!!」

わからない。
何を言っている。
聞こえない。
見えない。
どうした。
俺の身に何が起こった。
何も感じない。
感覚が麻痺している。

どくん

「わかるわ・・・あなたの命が私に流れ込んでくるのが!素晴らしい力よ!これで、私は完成する!!」

・・・そうか。
貴様は・・・
俺の命を・・・
フェリジアだけでは飽き足らず・・・
俺をも取り込もうというのか・・・

「・・・大丈夫、あなたは私の中で永遠に生きるのよ・・・。私の中でひとつになるのよ!」

意識が薄れる・・・
俺は・・・
助けられなかったのか・・・
フェリジア・・・

どくん

すまない・・・
俺は
君を助けられなかった・・・
でも・・・
もう、いい・・・
これ以上その姿が汚されるのは見たくない・・・
ならばいっそ・・・
助けられないのなら・・・

俺がいなくなればいい・・・
そうすれば、君のいるところへ・・・
俺もいけるだろうか・・・


どくん


すまない、フェリジア・・・


瞼が重い・・・


体が重い・・・


暗い・・・



どく、ん




これが・・・・・・・・・・





死、か・・・・・・・・・・・・・・・・







ど、く、








夕日が沈む頃、
森の中に
フェリジアの高い笑い声が響いた。
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2008年07月16日

35:激闘の末

ラファエルの振るう剣がフェリジアの大剣とぶつかり合う。
その都度、フェリジアの剣は削れ、欠け、辺りに飛び散る。
しかしそれはフェリジア自身になんらダメージはなく、武器としての価値がなくなれば周囲に待機する魔物を新たな武器として調達するだけで済む。
アルバート、ティファそしてセロの三者は、それを打破し、ラファエルの剣がフェリジアに届くよう最大の支援をしている。
すなわち、フェリジアが武器として準備した魔物達の数を減らすことである。
が、それがどれほどの効果をもたらすかは分からない。
それでも、何もしないよりも、いや、何もできないからこそ、自分達にできる最大限の行動でラファエルを支援することしかできなかったのだ。

当然フェリジアは自分の状況における弱点を承知している。
自分が勝利するための鍵は、この眷属の魔物達の存在だ。
これがそのまま自分を守る盾であり、またラファエルの武器に対抗するための最大の武器でもある。
邪魔者がそれを妨害してくることも予測している。
そのための手もすでに打ってある。
今この場で警戒すべきは、ラファエルの持つ退魔の剣と、ヒューマンの娘が所有するオリハルコン製の矢だ。
それらを使わせなければ、勝機は見えてくる。
勝機ではない。
絶対なる勝利だ。
私は、負けない。
生きるために。
永遠の命と力を得るために。
もう一つの光を手に入れる。
ラファエルの持つ魂の光を・・・!
もう手に届く。
目の前にある。
眩しく輝く最後の光が。
嬉しい。
嬉しい・・・。
もうすぐ私は完全体となれる。
もっとこうやってラファエルと語り合いたいけど。
もう時間がない。
だから。

終わりにしましょう。



ラファエルの息が上がる。
すでに長時間の戦闘が続いているにもかかわらず、フェリジアの表情には疲労の色は微塵も伺えない。
対してラファエルの体力がすでに限界であることは明白だ。
動きは鈍り、反撃する剣も少なくなり、ただただ襲い来る凶剣を弾き、防御することが精一杯だった。
しかしその闘志は消えることなく、徐々に押されてはいるもののフェリジアの剣を消耗させ、貴重な一瞬の隙に反撃にも転じている。
幾度目かの攻防が途切れ、フェリジアが大きく飛び退る。
そしてまた同じように配下である魔物をなんの感情もなく武器として生成する。
そして変わらず微かな微笑みを浮かべてラファエルに語りかけた。

「よく頑張るわね・・・。でももう限界でしょう?そろそろ、ラクにしてあげる・・・。」

フェリジアの言葉に応えるかのように、両手の大剣がさらに禍々しい形状に変化していく。
鋭さが増し、歪だった刃が明らかな輝きを以て鈍い光を放った。
ラファエルに言葉はない。
答えるほどの体力すら消耗していた。
肩を大きく上下させ、荒い呼吸を繰り返していた。
しかし、それでも眼光は鋭さを保ったままフェリジアを射抜く。
その様子を楽しげに眺めていたフェリジアの、雰囲気が、纏う気が変わる。
微笑みが薄まり、目が細められ、剣がゆらりと左右に広げられる。



来る

ラファエルの意識が急速に一点に集中する。
時間が収束する。
全ての音が、景色が、ラファエルの意識から排除される。
目に映るのは、ただフェリジアの姿のみ。
次の交錯で決まる。
いや、決める。
全ての力をこの一瞬に賭ける。
そしてこの剣を、届かせてみせる。

一瞬だった。
ラファエルが荒れる息を無理矢理抑え込み、ひとつ呼吸をする時には、フェリジアの疾走が始まっていた。
低く地を滑るように距離を詰めたフェリジアは、右手の大剣を大きく振り下ろした。
ラファエルの瞳孔が収縮する。
最大にまで集中したラファエルは、限界を超えた自身の身体が、その限界をも超えたことを実感する間もない。
目にも止まらぬ速さで襲い来る凶刃に対し、ラファエルは同じく右の逆手に持った剣で迎え撃つ。
身体を相手の刃の外に避けながら剣を繰り出す。
最高速で迎え撃ったラファエルの剣は、フェリジアの剣を中ほどで両断する。
しかし次の瞬間にはすでにフェリジアの左手の剣による斬撃が襲いかかっている。
ラファエルはその右手を戻すと同時に左順手の剣でそれをも打ち落とす。
そして最後に交差された双剣によって最大の一撃を放つ。

はずだった。

ラファエルの迎撃は、フェリジアの最初の一撃を見事に迎え撃った。
そして第二撃を迎え撃つ行動に出ようとした瞬間、その動きが止められていた。
両断したはずのフェリジアの剣は、即座にその姿を形のない粘体へと変化させ、ラファエルが振り抜いた右手にまとわりつきその動きを拘束した。
そして直後に繰り出されたフェリジアの左手の剣は、同じく剣の姿から粘体へと変化し、それでも反撃に転じようとしたラファエルの左手を拘束する。
ラファエルの両手を拘束したそれは、徐々に双剣を飲み込み完全にその威力を無効化した。
ラファエルの表情に驚愕の色が浮かぶ前に、フェリジアは勢いを殺さぬままにラファエルの腹に蹴りを放つ。
その衝撃で後方へと飛ばされるラファエル。
同時にフェリジアの手から、粘体と化した拘束具がずるりと抜ける。
ラファエルは両手を剣ごと粘体に飲み込まれたまま、背中を大木に打ち付け、ずるずるとその場に崩れ落ちる。

歪む表情で顔を上げると、すぐ目の前にフェリジアの顔があった。
そこに浮かぶ表情は、歓喜。
恍惚とした歓喜の表情。
そして、腹部に突き刺さる熱い感覚。
腹部に感じる灼けるような熱が、滴り落ちる自身の血液によるものであることが理解できるまで、数秒かかった。
息がかかりそうなほどに近づき、ラファエルの前に膝をついたフェリジアがそこにはいた。
その両手は先程まであった巨大な剣ではなく、生身の美しく華奢な手だった。

左手でラファエルの頬をそっと撫でていた。
そして右手は。

五指が、ラファエルの腹部に深々と突き刺さっていた。



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2008年07月04日

34:女王の聖戦

「なに・・・?あれ・・・。」

フェリジアの姿を目にしたとき、ティファは思わず小さく呟いていた。
ラファエルとフェリジアとが激しく剣をぶつけ合う死闘の場。
駆けつけたティファ、アルバート、そしてセロは木々の間からその行方を見守る。
魔物の女王であるフェリジアは、上位種の神々しい姿であるにもかかわらず、両手はそれに似つかぬあまりにも禍々しい巨大な剣と化していた。
三者が見守る前で、二人は幾度となく激しい攻防を繰り広げている。
ラファエルは退魔の2剣を、フェリジアは両手に同化しているかのような巨大な2剣を、それぞれ振るっていた。
二人の攻防は続く。
そこで、ある事に気付く。
フェリジアは一体いつ、どうやって、ラファエルの剣に対抗できるほどの、あの巨大な剣を手にできたのか。
その答えは間もなく、目の前で公開されることとなった。

フェリジアが左右の剣を流れるような動きで次々と繰り出す。
ラファエルはそれを交わし、避け、打ち払い、一瞬の隙を見逃さずに反撃に転じていた。
それが繰り返されるにつれ、フェリジアの持つ巨大な剣は徐々にその大きさを縮めていることに気が付く。
厳密には、ラファエルの剣との接触によって削れ、欠け、砕けていっていたのだ。
辺りに飛び散ったフェリジアの剣の欠片は、地面に落ち、しゅうしゅうという音と煙を立てながら蒸発していった。
やがてその剣が元の半分ほどの大きさほどになった頃、フェリジアは大きく振りかぶり、渾身の力でラファエルを弾き飛ばす。
同時に後ろへ飛び退り、距離を取った。
やや離れてその死闘を見守っていた三者は、そこで二人の周囲に立ち並ぶ夥しい数の魔物の姿を視認する。
魔物達は動くでもなくラファエルに襲いかかるでもなく、ただそこで背景の一部であるかのように立ちすくんでいた。
フェリジアは置物のように立つ魔物のうち、2体の魔物の間に降り立つと、視線を移すこともなく左右の手をそれぞれの魔物の脇腹辺りに突き刺した。
女王の手によって身体を貫かれた魔物は、抵抗することもなく為されるがままに立っていた。
そしてたちまちの内に、その姿は本来の姿である、形なき形の粘体へと変貌しいった。
そしてフェリジアの手には、先程振るっていた物と同じ歪で禍々しい巨大な剣が現れていた。

「そういうことか・・・!支配下の魔物を自分の武器として使うために残しておいたってことかよ!」

魔物達の不可解な行動と、女王の意図、それら全てが一つの答えに行き着いた。
アルバートは呻るように喉の奥から声を絞り出した。
セロが命を賭けてこの場に届けた退魔の剣の威力は、フェリジアにとっても驚異となりうるはずだった。
しかしフェリジアはそれに対抗するための策をすでに準備していた。
それこそがこの魔物達であり、それはラファエルの攻撃を無効化させるための武器であり、フェリジアを守るための消耗品でしかなかったのだ。
ラファエルの剣は確かに魔物に対して効果がある。
そのことは剣と化し、フェリジアに振るわれている状態となっても威力が変わることがないことで証明されている。
しかし、二人の周囲には未だ夥しいまでの魔物が待機している。
いや、準備されていると言ってもいいだろう。
それはつまり、フェリジアに退魔の剣が届くまでの距離とも言える。
この状態が続くのであれば、明らかにラファエルの体力と気力が尽きるのは目に見えている。

「・・・ねぇ、ラファエルの手助け、できないかな・・・?」

何もできないことを知りつつも、歯がゆく、また焦燥を抱いているティファがアルバートに視線をやる。
アルバートも同じ思いだ。
しかし。

「・・・あの二人の戦いに割って入ったところで、俺達じゃラファエルの足手まといになるだけだ・・・。」

力の差が明らかであることは充分に承知している。
ここにいる三人の力は、あの二人には遠く及ばない。
悔しそうに呟き、木に拳を打ち付けた。
しかし、何かできるはずだ。
直接手助けすることができなくとも。
そこで気付いたのは、フェリジアの剣、そして周囲に立ち並ぶ魔物。
フェリジアの武器を消耗させることならできる。

「俺達にできることがあったな・・・。」

顔を上げ、鋭く周囲を見渡しながらアルバートが呟く。
アルバートが何を言わんとしているのか、ティファとセロも気付いていた。
魔物達との距離はあるものの、ただ立ち尽くすだけの魔物がフェリジアにとっての武器となるのなら。
ならばその数を減らし、少しでもラファエルの武器がフェリジアに届くようにするだけだ。
三者は顔を見合わせ、それぞれの意思を確認するように頷いた。

フェリジアはすでに気付いている。
邪魔者がまたこの聖戦を汚そうをしていることを。
狙いもわかっている。
我が配下となっている魔物たちを削っていこうというのだろう。
そうはさせない。
邪魔はさせない。
もう少しで手に入るのだから。
知らず、フェリジアの口元にうっすらと笑みが浮かんだ。

三者が行動に移すと同時に、魔物達にも動きがあった。
ラファエルとフェリジアを取り囲む魔物のうちの何割かが、こちらに向かってのろのろと歩き出したのだ。
三者の思い至った結論は既に読まれていたのだ。
無理もない。
残る魔物達は今や、フェリジアにとっての命綱であるとも言える。
読まれていたというより、ごく自然なことであり、それは予め準備されていたこととも言えよう。

「おとなしく見てろってことか・・・。だが、黙って見てるわけにもいかないんでな!」

剣を握り直し、アルバートが荒く吐き捨てる。
ティファ、セロも再び周囲を包囲する魔物に対して構えをとる。
この場にいる全員の闘気が膨らむことを感じる。
誰ともなく、薄々と気付いていた。
この死闘の決着が近いことを。
死力を尽くすときが来たことを。
森は薄暗い空気を更に淀ませている。
太陽が徐々にその姿を隠していく。

日没まで、あと僅かとなっていた。
posted by ラストエフ at 04:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

33:魔性の剣

アルバートとティファ、そしてセロを取り囲んでいた魔物達がその包囲の輪を徐々に崩し、変わらず緩慢な動きで一斉に行動を開始した。
数体の魔物が近付いてきたが、三者は連携してその数体を悉く撃退する。
しかしそれ以外の大多数は三者には目もくれず、ある方向へと向かっていった。
その行き先は、魔物達の女王であるフェリジアの元。

「おいおい、何が始まったんだ・・・!?」

突然の出来事に、抱いた疑問をそのまま口にするアルバート。
しかしそれに答えられる者はいない。
魔物達の向かう先に視線を移し、セロが確認するように呟く。

「・・・マスター達のところへ向かっているようだな・・・」

セロの言葉に、アルバートとティファも同じ推測をしていたことを確認するかのように視線を交わす。

「私たちのことなんか眼中にないみたいね。やっぱり、フェリジアはこの魔物達を何かのために待機させていた・・・ってことかな・・・?」

自分達には目もくれずに移動を続ける魔物を見て、確認するようにティファが言葉を漏らす。
三者はそれぞれ視線を交わし、そしてそれぞれが言いようのない不安を抱いていることがわかる。
ややあって、魔物達のほとんどが三者に背中を向けるほどになった頃、アルバートが告げる。

「ラファエルの所へ行こう・・・!」




どこからともなく、フェリジアの側にぞろぞろと魔物達が集結してくる。
その数はどんどん増えていく。
二人の周囲から、フェリジアの背後から、そしてラファエルの仲間達を包囲していた多数の群れまでもが、一様にフェリジアの周囲に集まってきていた。
ラファエルの側をすり抜けるようにフェリジアの元へ向かう魔物もいた。
ラファエルには、それらが自分に対する敵意を持っていない気配を察知していたが、おもむろにその内の一体を無造作に切り捨てる。
その魔物は2〜3歩そのまま進むと、がくりと膝を着きそのまま地面に伏した。
しかし他の魔物はやはりラファエルの姿すら認識していないかのように、ただ盲目的に女王の元へと歩くだけだった。
やがて森にいたほとんどの魔物達なのであろう、多数の配下を従えた女王が不敵な笑みを浮かべた。

「ラファエル・・・その武器が貴方の奥の手なんでしょう?だから私も、その武器に対抗するための奥の手を見せてあげるわ。」

冷酷な笑みを浮かべる女王の左右から一体ずつの魔物が近づき、女王の前へと歩み出る。
女王の前に立ちはだかるかのように歩みでた魔物は、それでも意思などは感じ取れず、ラファエルに対する殺意や敵意も感じられない。
まるで抜け殻のように。
ラファエルは状況が把握できず、攻め込むことを躊躇する。
この武器ならば魔物をほぼ一撃で葬り去ることも可能である。
しかし、ラファエルはあくまでも慎重に、冷静に現在起ころうとしている事を把握するために警戒態勢を維持した。
フェリジアの前、左右に立つ意思のない魔物。
フェリジアはさらに口角を持ち上げ、左右の手をそれぞれ左右に立つ魔物の背中に突き刺した。

「・・・!なっ・・・!?」

予想外のフェリジアの行動に、少なからず驚愕するラファエル。
女王に背中を貫かれた魔物は、それでも抵抗することはなく、何度か大きく痙攣し身体を仰け反らせる。
配下の事など眼中にないかのごとく、変わらず凍り付くような笑みを浮かべながらラファエルを見つめるフェリジア。
やがて魔物はその動きを止めると、更なる変化が始まる。
その身体が徐々に崩れだした。
厳密には、溶けだしたかのように形を崩していく。
そして本来の姿である、不定形な粘体へと変貌した。
しかし、そこで変化は治まらなかった。
フェリジアの両手にまとわりつく粘体は、そこから更に形を変化させていく。
やがてそれは巨大で、いびつで、あまりにも大雑把な剣へとその姿を安定させた。
フェリジアは、上位種である姿には似つかわしくない禍々しい剣をその両手に作り出し、目を細めて更に冷酷な笑みを浮かべた。

「ふふ・・・どう?これなら、その武器の効果を無効にできるでしょう?この子達が私の役に立ってくれるのよ。」

両手が巨大な剣と融合したかのようなフェリジアは、左右にぶら下げた大雑把な剣を、重さを感じさせない動作で確かめるように振った。

「・・・そのためにこいつらを残していたのか・・・!」

ラファエルは、仲間達を取り囲んでいた魔物が彼らに襲いかかっている数が異様なほどに少なく、故意的にその数を減らさないようにしていたことに気付いていた。
そしてその理由はたった今目の前に公開されている。

「さすがに目ざといわね。その通りよ。私はこの子達を操ることができる。別に仲間だとか思ったことなんてないんだけど、利用できるものは利用するわ。・・・貴方を手に入れるためならね・・・。」

す、っと目を細め、微笑を薄めたフェリジアが一歩踏み出す。

「・・・時間も迫ってきているわ。そろそろ終わりにしましょうか。」

いつしか空は朱に染まりつつある。
太陽がその姿を地平に隠すまで、もう時間は残っていないだろう。

互いに奥の手を持ち出し、そのことがこの死闘の決着が近いことを如実に物語っている。
強大な退魔の力を宿すラファエルの2剣。
それに対抗するためのフェリジアの、魔物そのものを錬成した巨大な剣。
対峙する二人は徐々にその距離を詰める。

空がその色を変えつつある森。
アルバート、ティファ、セロの三者が二人の姿が視認できる場所まで駆けつけたとき、正にその二人がぶつからんとしていたところであった。
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2008年06月19日

32:女王の策略

ラファエルが抜き放った二本一対の剣は銀製であるにもかかわらず、その刀身は仄かに黄金の輝きを纏っていた。
神の祝福を受けた銀製のデュアルブレード。
魔物に対する効果は絶大であり、世に存在する数ある武器の中でもおそらく最高峰に位置する物であるだろう。
構えたラファエルの両手にそれぞれ輝く剣を目にし、フェリジアがやや表情を険しくする。

「小癪な・・・厄介な物を持ち出してきたわね。」

その声色には不機嫌さが滲み出ており、フェリジアにも『鍵』となる武器の威力が伝わっていた。

「魔に対して最大級の威力を発揮する武器だ。・・・これを恐れるのは、魔としての本能か・・・?」

ラファエルは慎重にフェリジアの反応を窺う。
明らかにこの武器が、「今の」フェリジアに大して有効な攻撃手段であることが推測できる。
わずかに優位性を確信したラファエルだったが、フェリジアはしかし口元を綻ばせると不敵な笑みを見せた。

「たしかに厄介だわ・・・でもね。私がそれに対して何も手を打てないとでも思った?あのヒューマンの小娘が持っていた矢・・・。あれも邪魔だということがわかっているのよ。ならば対抗策のひとつも用意するでしょう。」

ティファが先日放ったオリハルコン製の矢。
確かにあれがラファエル達にとって、魔物に対する勝機を見出すきっかけとなった。
しかし、それは同時にフェリジアがその勝機に対する対抗策をも見出す結果となってしまったのだ。

「あの時、矢を使わせたのは失敗だったわね。」

冷たい笑みを浮かべ、フェリジアが目を細めた。
その時、森が動いたように感じた。



ティファとアルバート、そして合流したセロは変わらず警戒態勢を保ったまま、迎撃の戦闘を続けていた。
彼らを包囲する魔物は、なぜか一斉に襲い来ることはなく、たまに数体がのそのそと近づいてくるだけであった。
これまで幸運なことに体力を消耗することなく、また大した打撃を受けることもなく徐々にその数を減らしていった。
が、包囲する魔物の数は目に見えて減ることはなく、数十体の魔物がまるで彼らを足止めするのを目的としているかのように取り囲んでいた。

「くそ・・・!なんなんだこいつら!囲むだけ囲んで、ただ見てるだけかよ!いっそこっちから切り込んでやろうか・・・!」

膠着状態を強いられている現状に嫌気がさしたのか、アルバートが舌打ちをして唸る。

「お、落ち着いてよ!あんな数の中に切り込んだらそれこそあっという間に囲まれちゃうよ。」

いらついているアルバートを宥めながらティファが肩越しに嗜める。
一瞬も緊張を解くことができない状態が続くだけで、体力的にも精神的にも負荷がかかるのは確かだ。
二人はその極限状態の中ですでに1時間以上もよく耐えているといえる。
そしてそのことは二人の額から流れる汗が物語っている。

「・・・しかし妙だ。この魔物どもには以前のような殺意や敵意がほとんど感じられない。」

二人の側で同じように警戒態勢を維持しているセロが、ふと口にした。
二人がセロに視線をやる。
セロはその視線を受け、ぐるりと周囲を囲む魔物を一瞥した。

「・・・こいつらは我々を襲うためにいるのではないのかもしれない。何か違う目的がある・・・しかし意思が感じられない。」

ティファとアルバートは、セロの言葉を聴いて互いに顔を見合す。
なるほど、確かに薄々とは感づいていたことだ。
変わらず自分達を包囲する魔物の群れ。
そしてたまに足止めをするかのようにのろのろと遅いかかってくる。
まるでラファエルとフェリジアとの戦いの邪魔となる物達をこの場に縫いとめるためのように。
では何故一斉に襲いかかってくることがないのか?
ここでティファがある推測を口にする。

「あのフェリジアって人、この魔物を操れるような力を見せたよね・・・?」

アルバートとセロが先日のことを思い返し、おそらくそうだろう、と肯定する。

「今ここにいる魔物もそうかもしれないってことだよね?じゃあ襲ってこないのはフェリジアの意思?もし私達を殺すためだけならすぐにでも全部の魔物に襲わせるはず。それをしないのは・・・」

ティファの言葉は徐々に呟くように小さくなっていく。
自分の考えをまとめているようだ。

「混戦になれば、ほぼ間違いなく私達は負ける。でも、少なからず魔物達もいくらかは数を減らすことができる。少しくらいなら対処できるけど、フェリジアは私がオリハルコンの矢を持っていることを知っている。」

ティファの思考がぐるぐると渦をまく。
やや俯き、眉間に皺をよせてその思考を徐々にひとつの答えへと導く。

「その矢を警戒してるってのか?」

アルバートが尋ねる。
しかしティファは少し考えたあと、小さく否定する。

「それだったら、むしろ多数の魔物を仕向けて矢を消費させようとすると思う。・・・じゃあ何故・・・?」

そしてティファの推測がひとつの答えに辿り着く。

「魔物の数を・・・減らさないため・・・?」

アルバートとセロが、ティファの導き出した意外な推測に驚愕する。
しかし、確かにそう思うならば納得のいくところもある。
ラファエルとフェリジアとの戦いの邪魔となる存在を隔離し、足止めするためにそれらを包囲する。
そしてあわよくば殲滅するために数体の魔物を仕向ける。
しかし魔物の全勢力をもって殲滅しようとするならば、オリハルコン製の矢とアルバートの剣技の前に少なからずその数は減らされる。
それを避けるために、この現状を維持しているのではないか。
その推測に至ったとき、新たな疑問が浮かぶ。

なんのために?

三者が同様にその疑問を抱いたとき、包囲の輪が動いた。

「魔物どもが動くぞ・・・。」

いち早く察知したのはセロだった。
その言葉に、二人が包囲する魔物を見た。
三者を包囲する魔物達は、ほぼ一斉に緩慢な動きで移動を開始する。
しかしそれは襲いかかるための動きではなく、むしろ彼らから離れていっているように見える。
その行き先は・・・・・・・・・・・・・・

やや離れた場所で繰り広げられている死闘の場所。
ラファエルとフェリジアのいるところであった。

厳密には、魔物の女王であるフェリジアの元へと、魔物達が集結していた。
posted by ラストエフ at 13:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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