2008年12月09日

42:魂の風

大地をえぐる跡、薙ぎ倒された木々、散らばった枝葉、神の力を物語る爪痕の渦。
その中心にあって、対立する二つの人外の影。
低い呻きとともに殺意と憎悪を込めた視線を目に宿すフェリジア。
その視線の先には、しっかりと大地に足をついて威風堂々と立つラファエル。
フェリジアに腹部を貫かれ、神の力を得るためにその身から力と魂と命を吸い取られたラファエルが、奇跡を得て甦った。

「よかった・・・!ラファエル!」

ティファが、先程とは違う涙を流しながら安堵の声を漏らす。

「・・・マスター・・・!」

セロがよろよろと立ち上がり、主の姿を見て喜びとともに力を取り戻す。

「心配させやがって・・・!」

アルバートも同じく、安堵感からかその場に座り込み、傷だらけの身体を地面に預けた。

ゆっくりと三者を見渡すラファエル。
そして、静かだがはっきりと言う。

「すまなかった。だがもう大丈夫だ、安心してくれ。・・・後は、俺が全ての決着をつける・・・!」

三者に声をかけた後、ゆっくりとフェリジアに視線を移し対峙する。
フェリジアからはすさまじい怒りの波動と殺気。

「・・・おのれ・・・!おのれ!!神に逆らうというのか!!」

今までとは違い、明確な殺意を込めた視線でラファエルを睨む。
ラファエルは一歩、前に進む。
そしてフェリジアに言葉を返す。

「違うな。逆らうんじゃない。抗っているんだ。運命に。絶望に。それに、貴様は神なんかじゃない。その力も、すでに失っている。」

一言一言に力を込め、区切るように、しかしはっきりと応えた。
それに対し、フェリジアがさらに怒りを増したことがその波動で感じ取ることができる。

「だまれぇ!!・・・もういい・・・お前なんかいらない・・・!ここにいる全員、皆殺しだ・・・!一瞬のうちに切り刻んでくれる!!!!」

激しい怨嗟と怒り、それらを伴って呪いの言葉を吐く。
そして、手に入れた神の力、風の刃を発生させようと力を込める。

「・・・!な、なんだ・・・!?力が・・・!??!??」

しかし、思うように力を操ることができない。
混乱し戸惑うフェリジア。
さらに徐々に近付いてくるラファエルに対し、数歩後ずさる。

「言ったはずだ。貴様はすでに力を失っていると。・・・フェリジアは、俺の中にいる・・・!俺に力を貸してくれている!」

ラファエルの瞳に宿る強い力。
それは自身の生きる意思であり、フェリジアの願いであった。
形勢が拮抗する二人。
徐々にその距離を縮めるように、ゆっくりと歩みを進めるラファエル。
フェリジアは眉の間に皺を浮かべ、怒りの表情とともに歯ぎしりをしながらまた一歩後ずさる。
まるでラファエルに対して恐れを抱くかのように。

「・・・く・・・!眷属達よ!奴を捕らえろ!!殺せ!!肉を喰らい、血を啜り、腸を貪り、骨までしゃぶり尽くせ!!」

フェリジアは配下である魔物達を見渡し、声を荒げる。
手足のように操れるはずの魔物達は、それでも女王の命令に従うことはなかった。
まるで糸が切れた人形のように、その場で立ち尽くし、あるいはふらふらと森の奧へ姿を消し、ラファエルに襲いかかる魔物は一匹としていなかった。

「何故だ・・・!?私は力を手に入れたはずだ!魔物共を意のままに操り、風を操り、神に等しい力を手に入れたはずだ・・・!!」

神に等しい力を手に入れ、今まで優位に立っていたフェリジアが、ここにきて初めて明らかに狼狽する。
ぱらぱらと姿を消して行く魔物達を目にして、さらに困惑の表情を浮かべる。

「無駄な抵抗はよせ。貴様に勝機はない。それに、こちらは『鍵』が揃った。・・・形勢は逆転した・・・!」

徐々に距離が縮まる。
ラファエルの言葉に、フェリジアの表情に恐怖の色が浮かぶ。
しかし、そこでフェリジアがひとつ気付く。

「ふ、ふはははは!鍵だと!?その状態で何ができる!確かに満月は昇った!だが、その手にしているものはなんだ!私の力が例え薄れたとしても、その状態の武器で何ができるというのだ!!」

ラファエルの持つ武器。
ふたつあるうちの最初の鍵。
銀色に輝く退魔の力を宿す二対の剣は、変わらずラファエルの腕ごと魔物の身体から生成された粘体の物質で全て覆われていた。
フェリジアが力を失ったことも、粘体のまま固定されてしまった魔物の身体は、その影響を受けずにラファエルの腕と武器を飲み込んだままだった。
フェリジアは数少なくなった自らの優位性を示すように、ラファエルを睨む。

「力が薄まったとしても、そんな状態の貴様にこの私が負けるはずがないだろう!もうお前なんかいらない・・・!一思いに始末してくれる!!」

フェリジアは最初に会ったときと同様、自らの身体の内部から粘体状の物質を捻出させ、右手を武器と化した。
そして先程抱いてしまった自分の恐怖を振り払うかのように構え、ラファエルに対し向き合う。
恐らく防御すらままならない状況で、それでもラファエルは不敵な笑みを浮かべる。

「・・・言ったはずだ。フェリジアがおれに力を貸してくれていると。」

死闘の場所。
凶風が巻き起こった森。
その中に、柔らかい風が頬を撫でる。
まるで、満ちる殺気を癒すかのように、柔らかく優しい風。
それは徐々に渦を巻く。
そして明らかな力を伴って、ラファエルの周囲に集まり、渦巻く。
ラファエルは立ち止まることなく、ゆっくりと歩を進める。
風を纏い歩くラファエル。
次の瞬間、一陣の風が刃となり、ラファエルの腕に絡みつき拘束していた魔物の一部を切り刻み、一瞬のうちに消し去った。

「!!ば、ばかな・・・!!風を、操る、だと・・・!」

フェリジアの表情が驚愕に歪む。
ラファエルは明らかに、風の力を宿し、両腕の自由を取り戻した。
そして両手に持つ銀の剣を一降りし、さらにフェリジアに近付く。
その剣にも、まるで力が宿ったかのように満月の光を反射して輝いていた。

「・・・う、うぅ!・・・おのれ・・・!!」

驚愕と怒り、そして恐怖を宿し、フェリジアは歯を食いしばり喉の奥で低く呻る。

「・・・この、身体を・・・斬るというのか・・・!貴様の妻であるこの私の身体を・・・!!!」

もはや必死とも思える声で最期の足掻きを見せるフェリジア。
それはまるで最期の切り札でもあるかのような発言だった。
例え魔物に同化されたとはいえ、その外見は変わらず美しい上位種であり、ラファエルの妻の姿であるのだ。
そしてラファエル達の目的は、フェリジアの救出。
それ故に、フェリジアに対して有効な攻撃を躊躇してしまう場面もあった。
フェリジアの発言に、歩を止め、立ち止まるラファエル。
フェリジアの表情に一瞬安堵の色が浮かぶ。

−斬ることなど、できるはずがない−

フェリジアの表情に浮かんだ安堵が如実にそう物語っている。
やや俯き、目を瞑るラファエル。
数瞬の間の後、目を開け顔を上げたラファエルの表情に、迷いはなかった。
瞳には力が宿り、覚悟と決意が見て取れる。

「・・・貴様は、フェリジアではない。ただの抜け殻だ。フェリジアの魂は返してもらった。・・・最後に、その身体を返してもらう・・・!!」

固い決意とともに、ラファエルが力強く発した。

歯を食いしばり、見た者に呪いをかけるかのように怒りを浮かべるフェリジア。
そして力強く大地に立ち、その視線を真っ向から受け止め決意と誓いを胸に宿すラファエル。

それを見守るアルバート、セロ、ティファの三者にも、戦いの終わりが近いことが読み取ることができた。

満月の光を浴びながら静かに対峙する、ラファエルとフェリジア。
固い絆によって結ばれた異種族の二人。
数奇な運命によって最愛の者と剣を交わすこととなった男と女。

最後の死闘が、始まる。


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2008年11月03日

41:最後の鍵

一切の暗闇が支配する森。
太陽は沈み、夜空には満点の星が瞬く。
暗いはずの森は、何故か仄かに明るみを帯びていた。

渦巻く風。
それは狂刃となって周囲の木々を薙ぎ倒し、草葉を散らす。
その中心から木霊するのは、女の高らかな笑い声。
強風の煽りを受けつつも必死でそれに抗うアルバート。
絶望の表情で座り込むティファ。
牙を剥くことすら忘れてしまったセロ。
三者は絶対的な力の差を思い知り、ただ為す術もなく自らの死を待つだけとなっていた。

(ここまでなのか・・・!)

比較的フェリジアに接近したアルバートは、間近で風の刃を目にする。
あらゆる物を粉砕し、切り刻み、近付く物を容赦なく細切れにするであろう、神の風。
すでに完全な力を手に入れたフェリジアに対し、人である彼らが手の届く相手ではなくなっていることをありありと証明している。
ティファに視線をやる。
涙を流し、放心したように地面に座り込んでいる。
渦巻く風が勢いを増す。

(すまん、ティファ・・・)

徐々に自分に迫り来る幾多の刃を目に、剣を地面に刺して歯を食い縛った。
眼前に迫る、自らの死を受け入れる。

(ならば、最後まで抗ってやる・・・!)

せめてティファとセロが逃げる時間を稼ぐ。
この身が果てようとも、その意志だけは貫いてみせる。
アルバートは剣を引き抜き、ほぼ装備のない状態で立ち上がる。
身体中に刻まれるうっすらとした切り傷。
風は徐々にその勢いを広げ、更に凶暴に荒れ狂う。
構えた剣が風にぶつかり、小さな欠片を舞わせる。

(・・・最後に、一仕事頼むぜ・・・)

愛用の剣にそっと語りかける。
刀身が小さく削られていく。
おそらく中心に近付けば、この剣はおろか自分の身すらも粉砕されるだろう。

どくん

鼓動を感じた気がした。
これは自分の鼓動だろうか。
いやに静かに聞こえる。
死を目前にして、アルバートは冷静だった。
そして、決死を覚悟して、一歩前に出る。
風が全身を叩く。
新たな切り傷が刻まれる。
腰を落とし、力を溜める。

刃の渦の中に、踏み込もうとした。


その瞬間だった。
小さな、変化が現れる。
風の勢いが弱まった。
直後、小さな変化が大きな変化へと移っていく。

どくん

風が見る見るうちに納まり、やがてその中心にいた二人の姿すら目視できるようになる。
アルバートはこれを好機と見たが、何故か咄嗟に動くことができずにいた。
何故なら、その中心にいた風の主であるフェリジアの様子が一目で先ほどよりも違うことに気付いたからである。
体勢は変わらず、ラファエルの腹部にはフェリジアの指が突き刺さっている。
しかし、そのフェリジアの表情は強張り、驚愕が浮かんでいた。

どくん

気付けば、フェリジアの高らかな笑い声も消えている。
むしろ何かを恐れるように目を見開き、ラファエルに突き刺さる腕を掴みかすかに震えていた。
そして、続くフェリジアの絶叫。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

両膝を着き身体を仰け反り、天に向かってフェリジアが吼えた。
彼女の身に何が起こったのか。
死を覚悟したアルバートも、絶望に打ちひしがれていたティファも、横たわっていたセロも、変化に気付きその光景を目にした。

どくん

風が完全に消え去る。
残ったのは、力尽きたように目を閉じたままのラファエルと、苦悶の表情で天に吼えるフェリジア。
そして二人を中心に渦巻く風の爪痕。
辺りは仄かに明るい。
深い森の奥にあってこの明るさ。
空には満点の星。
三者は絶望故に、そしてフェリジアは狂おしいほどの歓喜故に、その存在を忘れてしまっていた。

どくん

二つある鍵のうちの、最後の一つ。
満月の存在を。
ざわめく木々の枝の間から柔らかい光が差し込む。
その満月の存在がただの偶然なのか、それとも運命だったのか。
この死闘の場において、満月の光は確かに一帯を照らし出していた。

「・・・そうか・・・満月・・・!」

アルバートが空を見上げる。
暗い夜空の中に、穴を開けるようにして大きな満月が昇っていた。

「鍵が・・・そろった。」

ティファがぽつりと言葉を漏らす。

どくん

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!!!!!!」

フェリジアが一層の絶叫を伴ってラファエルから離れる。
二、三歩よろよろと後ずさり、ラファエルから離れた。
そして憎悪を含んだ視線でラファエルを睨みつける。
未だ力なく木を背にして地面に座り込むラファエルを。

どくん

そして、三者は新たな奇跡を目にする。
ゆっくりと、ラファエルの頭が持ち上がる。
目が開かれる。

どくん

「ラファエル・・・!」

ティファは知らず笑みがこぼれ、更に溢れる涙を止めることができない。
アルバートとセロにも安堵と歓喜の表情が浮かぶ。

「・・・おのれ・・・!!!!!!!!」

フェリジアだけが、溢れんばかりの殺意と憎悪を込めてラファエルに視線を突き刺す。

静かに立ち上がったラファエルの目には、確かに強い力が宿っていた。

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2008年10月04日

40:夢幻の狭間

背中に感じる、柔らかい地面の感触。
耳を澄ますと小鳥のさえずりや動物の鳴き声が聞こえる。
心地良く頬を撫でる風に乗って、草花の香りが漂う。

”・・・ラファエル・・・”

誰かが俺の名を呼ぶ。
もう少しこの風を感じながら軽い浮遊感を味わっていたい。

”ラファエル・・・”

繰り返し呼ばれる。
瞼はまだ重かったが、うっすらと目を開ける。

いつからここにいるのだろう。
どこかで見たことがあるようで懐かしい感覚もあるけど、それでいて初めて見る美しい風景。
ここはどこの森だろうか。

”ラファエル”

声のする方へ顔を向ける。
あぁ、そうだったな。
彼女の大好きな森だ。
自然の中で育った彼女は、木々のざわめきの聞こえる森が落ち着くと、よく言っていた。
寝転がる俺の隣に座る彼女は、春の木漏れ日のような柔らかい笑顔を向けてくれる。
二人で旅をして、よく森の中でこうやって静かな時間を過ごした。
君はいつも、俺に安らぎを与えてくれた。

『・・・フェリジア・・・。』

俺にとって、この世で一番大切な者の名を呼んだ。
俺の顔を覗き込む彼女の笑顔が、陽射しを浴びて一層に眩しく思えた。
彼女は可笑しそうに、くすくすと小さく笑う。

”やっと起きたの?”

いつの間にか眠っていたのか。
こんなに安らぐ時間は久しぶりだ。
もう一度この空間を味わいたくなり、俺は起き上がらずに再度目を閉じる。
でも、途端に言い表せないほどの恐怖感と不安感が押し寄せてくる。
思わず渋面になり、夢に落ちることを本能的に拒んだ。

”どうかしたの?”

彼女が俺の表情に気付いたのか、不思議そうに尋ねてきた。

『・・・夢を、見たんだ。』

とても辛く、苦しく、悲しい夢。

”どんな夢?”

彼女が夢の内容を尋ねてくる。
あまり思い出したくないものだ。

『・・・君が、いなくなる夢だ。』

ゆっくりと起き上がり隣に座る彼女を見る。
叡智を宿す瞳は深く、吸い込まれそうになる。
いつもは表情豊かな彼女が、今は上位種としての神々しさを纏って俺の言葉を聞いている。

『君が、魔物に身体と心を取り込まれ・・・いや、飲み込まれるんだ。』

そうだ。
とても恐ろしい、夢。
彼女はじっと俺の話に耳を傾けている。

『俺は必死に助けようとした。でも、どうにもならないんだ。君を助けたくて、取り戻したくて・・・また、同じ道を歩きたくて・・・。』

辛い。
苦しい。
ひとつひとつ思い出すたびに胸の奥が鈍く痛む。
知らず、俺は俯き拳を握りしめていた。
悲しくて。
悔しくて。

”・・・それで、どうしたの?”

彼女が優しく囁く。

『・・・俺は、決意したんだ。一番選択したくない最悪の方法を、選んだ。・・・君との、約束を果たすために。この、十字の誓いに懸けて。』

胸に手を当てる。
そこには、二人で誓い合った十字架の聖痕が刻まれている。
命と魂を互いに捧げ、自分の最期は、相手の手によってのみ成されたいという願いを込めて。
でも、こんな選択をしたくはなかった。
永遠に近い時間を共に過ごしたかった。
ずっと君と、並んで歩いていきたかった。
それなのに・・・。

”・・・それで、あなたはちゃんと約束を果たしてくれたの・・・?”

静かに、彼女が俺に問う。
そうだ。
あの悪夢の続きはどうなった。
思い出そうとすると、いいようもない恐怖感に襲われる。
思い出すことを拒むように、背筋に悪寒が走り、吐き気すら催す。
俺は、約束を果たそうとした。
君への想いを証明するために。
それなのに、俺が最後に選択した行動は・・・。

『・・・いや、果たしていない・・・。果たせなかった・・・。君の姿が汚されるのを見たくなかった。だからこそ約束を果たそうとした。・・・でも。』

悪夢の続きが急激に浮上してくる。
それはあまりにも鮮明に繰り返し頭の中で再生される。
目を閉じても消えることがない。
直視することすら恐ろしい、悪夢。

『俺は約束を果たせなかった。そして、これ以上君の姿が汚されるのが辛くて・・・俺は、自らの死を、選んだんだ。』

顔を上げ、彼女を見る。
俺は今、どんな表情をしているだろうか。
きっと、子供のような、今にも泣き出しそうな表情をしているに違いない。
彼女は、そんな俺をまるで聖母のような笑顔で優しく見守ってくれている。

『君のいない世界なら、これ以上生きていく意味もないだろう、と。』

俺は、泣いていた。
いつの間にか溢れる涙を止めることができない。
俺は、君を助けることができなかった。
今、胸の中に渦巻く感情が複雑すぎてとても言葉にできない。
言葉が出ない。
代わりに漏れるのは、自分の意識とは裏腹に溢れる嗚咽。
両手で頭を抱え、後悔の念に押し潰されそうになる。
俺は、無力だ。
何もできなかった。
こんな俺など、消えてしまえばいい。
命も、存在すらも、その全てを。
深く暗い、真っ黒に染まる感情に飲み込まれていくのがわかる。

『あ・・・、あぁ!うああ!!』

嗚咽が悲鳴へ、そして絶叫へと変わっていく。
そうだ。
俺など、無力な俺など、いなくなればいい!


俺が、全てを放棄しようとした瞬間だった。
それまで静かに見守っていてくれた彼女が、小さくひとつ溜め息をつき、そっと俺を抱きしめてくれた。
優しく、まるで母親のように包み込んでくれる。

”ありがとう、ラファエル・・・”

耳元で囁かれる彼女の声。
その温もりを感じながら、少しずつ落ち着きが戻ってくる。

”どうかそんなに苦しまないで。貴方の想いは充分に伝わっている。
だから、貴方は生きて。”

まるで子守唄のように紡がれる彼女の声は、とても心地良い。
先刻までの黒い感情が嘘のように心が静まりかえる。

”私は貴方と共に歩いてきた時間にとても満足している。だから貴方のこともよくわかる。自らの死を選ぶ貴方の気持ちも。でもお願い、どうか貴方は生きて。”

静かに祈るような言葉に、俺はいつしか目を閉じ、彼女に心を委ねる。
まるで深い眠りに誘われるように、彼女の声が遠のいていく。

”大丈夫、私は貴方の中にちゃんと居るから。貴方なら大丈夫。私の分まで生きて。”

待ってくれ。
まだ話したいことがある。
伝えたいことがある。
意識すら遠のき、彼女の声がどこから聞こえてくるのかもわからなくなる。

”・・・さぁ、もう少し頑張って。貴方のことを待っている人達がいるでしょう?”

子供に諭すような、優しい声が俺を温かく包み込む。
あぁ、そうだ。
森で出会った、優しく勇敢なヒューマンと、相棒が待っている。
そうか。
俺は、あの悪夢と戦わなければならない。
そしてその悪夢を終わらせなければならない。
それこそが、今の俺の生きる意味なのだろう。

”見守っているから。きっとその悪夢に打ち勝つと信じているから。・・・少しだけ、私の勇気を分けてあげる。”

あぁ、わかったよ。

君のその心に、応えよう。

俺の全霊を込めて。

悪夢を、打ち破ってやる。

約束しよう。

俺の魂の全てを賭けて。

ありがとう、フェリジア・・・。




意識が途切れ、彼女の声が聞こえなくなる。

でも、最後に、
彼女の眩しい笑顔が、見えた気がした。

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2008年09月24日

39:神の力

アルバート、ティファ、セロがフェリジアに対し戦闘の意思を決意する。
それを読み取ったのか、フェリジアは顔だけを三者に向け、どこか優しげな、しかしうっすらとした冷たさを含む微笑みを浮かべる。
体勢は変わらず、ラファエルにひっそりと付き添うように。
そしてその右手はラファエルの腹部にめり込ませたまま。

「今の私はとても気分がいいの。本当なら、お前達も私の眷属達も、もういらないんだけど・・・特別に残しておいてあげるわ。この世に産まれた新たな神の誕生をその目にしっかりと焼き付けておくといいわ。・・・最期に・・・ね。」

フェリジアは聞く者の意識を凍て付かせるかのような言葉を紡ぎ、嬉しそうに目を細める。
そう、彼らはフェリジアの気まぐれで今生きているのだ。
そして彼らだけではなく、支配している眷属である魔物達すら、もう必要ない。
それほど、力を手に入れ完成されたフェリジアは、正に神とも呼べるほどの存在となっていた。

アルバート、ティファ、セロの周囲には未だ魔物達がぐるりと包囲している。
しかしどれもがまるで抜け殻のように立っているだけで、襲いかかってくる様子どころか動き出す気配すらない。
それもただフェリジアが気まぐれに命令を下していないだけであろうが。
それを数少ない勝機のひとつとして、三者はフェリジアに対し攻撃を決意する。

「・・・ここからでもわかる。今のヤツは、凄まじいほどの力が溢れている・・・。」

剣を構えながら呟いたアルバートの額には、うっすらと冷たい汗が滲み頬を伝う。

「・・・あれが、完全体というものなのか。・・・自らを神と名乗るのも頷ける。」

それに続き、全身の毛を逆立てたセロが呻るように、食い縛る歯の隙間から言葉を漏らす。

「・・・空気に、圧力に押しつぶされそう・・・。」

ごくりと喉を動かし、震える体を必死に抑えつけながらティファがやっと言葉を発することができた。
神を相手に、ただのヒューマンである自分に何ができるというのだろうか。
あの力を目の前にすると、先程の決意が簡単に吹き飛んでしまいそうになる。
ティファは目を瞑り大きく息を吸い、何度か深呼吸を繰り返した。

少しだけ、冷静さを取り戻す。
目を薄く開ける。
現状を確認する。
周囲に視線を移す。
魔物達は襲って来ない。
こちらの戦力は、アルバートの剣、セロのスピード、そして自分の持つオリハルコンの矢。
相手との距離はおよそ20歩。
相手はラファエルと密着した状態で座っている。
更には、右手がラファエルの腹部に刺されたままの状態。

ならば、例え相手の速さがいかほどであろうと。
同時に三種の攻撃ならば、捌くにしても手こずるのではなかろうか。
しかし、最後に鍵を握るのは、オリハルコンの矢による攻撃。
これがもし、今のフェリジアにとって効果が無くなっていたら・・・。
これこそが最高の効果を発揮するはずだったこの矢は、神に対して有効なのだろうか。

だが、やらなければ、そこで全てが終わってしまう。
ティファは固い決意とともに、二人に言葉をかけた。

「・・・三人で、同時に攻撃するのはどうかな。」

アルバートとセロがちらり、とティファに視線をやる。

「まぁ、がむしゃらにやるようだが、それくらいしかできないかもな。」

苦笑しながらアルバートが漏らす。

「・・・無闇に突っ込むだけの考えではないのだろう・・・ティファ殿、何か作戦が・・・?」

セロが問い、ティファは苦悩しながらもしっかりと頷く。
その表情からは、どこか苦渋の色が伺えた。



アルバートは速さを重視し、作戦遂行のために鎧を外して軽量化を図った。
すでに上半身は軽微な服装だけとなり、ほぼ無防備といっていいほどの状態となる。
ティファはオリハルコンの矢を地面に数本突き立て、連続で矢を放てるように準備をしていた。
そしてセロはゆっくりとした呼吸を繰り返し、心を落ち着かせ一瞬のために集中している。
アルバートが腰を落として剣を下段に構える。
ティファが矢を番え、いつでも放てるように構える。
セロも全身の筋肉を隆起させ、自身を閃光と化すために地面に爪を突きたてた。

ティファの最初の矢が放たれ、アルバートが疾走した。
おそらくフェリジアはオリハルコンの矢を、避けるか防ぐかの行動を取るであろう。
そこに時間差を置いたアルバートが奇襲をかける。
さらにもう一呼吸おいてセロが追加の攻撃を仕掛ける。
まず優先して狙うべきは、フェリジアをラファエルから引き剥がすこと。

最初の矢は、いとも容易く避けられる。
そこへアルバートの背後から、アルバートを追い越して頬を掠めるようにもう一本の矢が放たれている。
仲間の背後からほぼ直線上にある敵に向けてやを放つには相当の集中力が必要なはずだ。
それをティファは実行し、またアルバートも背後からの矢を恐れることなく、ティファを信頼し、ただ一直線にフェリジアに向けて疾走した。
アルバートは自身の持てる最高の速度でフェリジアに肉薄する。
まるで時が止まったかのように錯覚する集中した一瞬の中で、自分の目を疑うことになる。
自分を追い越しフェリジアに放たれた二本目の矢は、間違いなく命中する軌道だった。
しかし、フェリジアはそのオリハルコンの矢を、左手であっさりと掴み取った。
アルバートの、一瞬の驚愕。
しかしそこで勢いを止めることはない。
最高の速度を保ったまま、フェリジアの肩辺りを狙い、剣を振り切った。

アルバートは、自分の攻撃が命中すると確信する。
しかし、またもや彼は信じられぬ事象を体感することになる。
正に命中するという刹那、剣の軌道が何かの力によって変えられる。
剣は大きくフェリジアを外れ、そのまま彼女の背後へと流れ、アルバートもまた勢いを保ったまま横を通り過ぎた。
そしてそれを追うかのように、閃光となったセロが波状攻撃を仕掛ける。
更に、セロの攻撃と軌道の違う矢による追撃が二本続く。
絶対に避けられない。
体勢を立て直しながら振り返るアルバートと、フェリジアの目の前に迫ったセロと、次の矢を番えるティファも、そう確信した。
その現実が眼前に迫っているにも関わらず、フェリジアの口元には冷たい笑みが浮かんでいた。

三者の確信は、無残にも全て打ち砕かれ、打ち落とされる。
セロと二本の矢は、見えない力によって横から叩きつけられ、地面に落下した。
凄まじい力で地面に叩きつけられるセロ。
放たれた矢も大きく弾かれ地面に落下する。
三者に驚愕の表情が浮かぶ。
そしてそれは大きな絶望へと塗り替えられた。
フェリジアを取り巻く力。
それは、上位種であるエルフの力。
フェリジアの本来持っていた風の精霊の力だった。

フェリジアは掴み取った最初の矢を、ぽきりと折り、相手を凍てつかせるような笑みを浮かべる。
オリハルコンの矢による威力も無効となり、更に新しい力として風を操る能力すら手に入れたフェリジア。
完全体となったフェリジアに対し、勝率は無くなった。

ごうごうと音を立ててフェリジアとラファエルを取り巻く竜巻のような風。
その中心で、フェリジアの高らかな笑い声が木霊する。

膝をつき、絶望に打ちひしがれるアルバート。
よろよろと体を起き上がらせるも、最後の力を振り絞ったため、すでに戦える状態ではないセロ。
その場で力なく座り込み、矢を構えることすら諦めてしまったティファ。

アルバートと、ティファと、セロの、敗北が決定した。
それは、三者が避けられぬ死を、それぞれ悟った瞬間でもあった。


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2008年09月20日

虹色の風 外伝

【虹色の風血盟サイドストーリー】

―――――――――――――――――――――――――――
《最前線》

大きく広がる大地に、二つの軍勢がぶつからんとしている。
ひとつは黒一色に染まるラスタバドの軍。
もうひとつは色とりどりの鎧に身を固めたヒューマンの連合軍。
ラスタバド軍との戦闘は、佳境に差し掛かっていた。

ロウ「うっははは、いくぜぇぇぇ!俺達で突破口を開いてやろうぜ!ユウ!!」

巨大な戦斧を肩に担いだロウが隣にいる相棒に声をかける。

ユウ「やれやれ、元気だなお前は。今日は突っ込みすぎて囲まれるようなことはしないでくれよ。」

やや呆れたようにそれに応えるユウ。
しかしその二人の息はぴったりと合っており、特攻隊長の名に恥じぬ戦果を充分に残すこととなる。

―――――――――――――――――――――――――――
《戦場の一角》

ラスタバド軍との戦闘が続く。
結託したヒューマンの軍の力は大きく上回り、もはや勝利は目前に迫っている。
そんな中、数人の配下を残して善戦するラスタバドの一群があり、その指揮を取る男がいた。

タイラス「血盟主、ブルザーグ殿とお見受けする。」
ブルザーグ「いかにも。」
タイラス「我が軍の敗北は既に目に見えている。しかし、俺にも武人としての誇りと軍の将としての責がある。」

顔半分を隠すマスクを取り、男が続ける。

タイラス「我が名はタイラス。貴公に決闘を申し込む。」

傍らに数人の仲間を連れるブルザーグに対し、タイラスが正統なる決闘を申し込んだ。

ブルザーグ「受けて立とう。ロンド、シウシリス、ゾディ、一切の手出しは無用だ。」

決闘を受け入れ、仲間達に手出ししないように命ずる。

ロンド「わかりましたよ、言い出したらきかないんだから。」

ロンドと呼ばれたエルフが溜め息交じりに応える。

シウシリス「見届けましょう。例え何があろうとも、誰にも手出しはさせません。」

続いてシウシリスと呼ばれたウィザードもそれに応える。

ゾディ「どうか、お気をつけて・・・。」

やや不安げにゾディと呼ばれた若いナイトが最後に続いた。
ブルザーグは剣を一振りし、数歩前に出てタイラスと向き合う。

タイラス「ひとつだけ、頼みがある。」
ブルザーグ「なんだ?」
タイラス「この勝敗がどうであっても、残った我が配下は見逃してくれないか。」

タイラスはブルザーグにだけ聞こえるように言った。
その背後には心配そうに決闘の行方を見守るラスタバドの兵士達。
みな一様に傷付き、とても戦闘を続けることができる状態ではない。

ブルザーグ「約束しよう。」

強い意志を持った眼差しでタイラスに応えた。

タイラス「・・・感謝する。・・・行くぞ!」

ふたつの軍の兵士が見守る中、二人の決闘が始まる。
剣と剣がぶつかる音が響き、火花を散らした。

―――――――――――――――――――――――――――
《襲撃された村》

炎上する村。
道に倒れる人々の姿。
少年は傷ついた体を引きずりながら、それでも剣を離すことなく必死に生きようとしていた。

サーウェル「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

やっとの思いで敵の兵士から逃げ延び、炎上する故郷を前に少年はとうとう生きる気力を失いつつあった。

サーウェル「父さん・・・母さん・・・みんな・・・!」

動く者がいなくなった村。
家々を焼く炎はごうごうと音を立てて盛り続けていた。
膝をつく少年の背後に、人の気配が近づく。
決死の覚悟で剣を持ち直し、背後を振り向くと二人の人物が立っていた。
一人は鎧を身に纏い、無精髭を生やした初老の男。
もう一人も似たような年齢だが、ローブを着ており落ち着いた雰囲気をかもし出していた。
二人とも同様に悲しそうな表情を浮かべて。

アーレィ「安心しなさい。我々は敵ではない。この辺りのラスタバド軍は全て撤退した。」

ローブの男が優しく声をかける。

ランディ「・・・すまない、我々がもう少し早く来ていればこんなことには・・・」

鎧の男が悔しそうに、申し訳なさそうに拳を強く握りしめながら言った。
少年は重なる疲労と安心感からか、徐々に意識が薄れその場に倒れてしまった。

―――――――――――――――――――――――――――
《エルフの森》

一人の女性が倒れていた。
そこへ近づく人影。

ミーツ「気配を感じて来てみれば・・・なぜこんなところにダークエルフが?」

ミーツは倒れているダークエルフの側に片膝をついた。
全身に怪我をしており、意識を失っている。

アクア「あれ?ミーツじゃない、どうしたの?」

偶然通りかかったエルフの女性がミーツに声をかける。

ミーツ「ああ、アクアいいところへ。手を貸してくれないか。」


《ギラン》

全身の痛みに目が覚める。
うっすらと瞼を持ち上げると、そこは見慣れぬ部屋の中でベッドに横たわっていた。

サーシャ「・・・ぅ・・・」

起き上がろうとするが、体が思うように動かない。

アクア「あ、気がついた?無理に動かないほうがいいわ。」

横から顔を覗きこんできたのは、エルフの女性。
ここはどこだろう。
自分はなぜここにいるのだろう。

サーシャ「・・・ここは・・・?」
アクア「ギランの宿屋よ。ちょっと待っててね、今お水持ってくるから。」

そういうと、その女性はぱたぱたと台所へと向かった。
ちょうどその時、扉が開き一人のエルフの男性が部屋へ入ってきた。

ミーツ「やあ、目が覚めたのか。気分はどうだい?」

黒い服に短髪のエルフは優しい笑みを浮かべてベッドの横に腰掛けた。

サーシャ「・・・・・・」

ゆっくりと体を起こし、周りを見回す。

ミーツ「私の名はミーツ。そして彼女は・・・」
アクア「アクアよ、よろしくね。」

ミーツが名乗り、その後を引き継いで水を持ってきたアクアも名乗る。
水を受け取り、喉に流し込んだことで少し落ち着くことができた。

アクア「あなたの名前は?」

一息ついたところで、アクアから訊ねられた。
まだ頭がすっきりしていない。

サーシャ「・・・サーシャ・・・」

やっとのことで名乗ることができた。

ミーツ「サーシャ、なぜ君はエルフの森で倒れていたんだ?しかもそんなに怪我をして。」

改めてサーシャが自分の体に視線を移すと、言われた通り全身に怪我をしており、包帯が巻かれていた。
考えてみる。
が、何も思い出せない。
急に恐怖と不安が襲い掛かってくる。

サーシャ「わ、から・・・ない・・・」

頭を抱え、何かにおびえるように震えだした。

サーシャ「思い出せない・・・!」
ミーツ「まさか・・・」
アクア「記憶が・・・?」

ミーツとアクアが驚いた表情で顔を見合わせる。
サーシャはまるで小動物のように、恐怖と不安で顔を青ざめ、小さく震えていた。

―――――――――――――――――――――――――――
《砂漠》

若いエルフが弓を持ち、砂漠の真ん中を駆けている。
全身の至るところに刀傷や矢傷があり、血が滲んでいる。

キリー「くそっ!なんなんだよあいつら!問答無用で襲いかかってきやがって!」

砂に足を取られながらも必死で走り続け、やがてようやく木々が立ち並ぶ森が見えてくる。
木に背を預け、切れた息を整えるようにずるずると座りこんだ。

キリー「あれが、今地上に攻め込んできているラスタバドってヤツらか。・・・こんなことなら、エルフの森でおとなしくしてりゃよかった。」

森で生を受けた彼にとって木々のざわめきと緑の香りは落ち着くものだったが、どうしても後悔の念が拭いきれない。
見慣れない森ではあったが、彼に安心感を与えるには充分であった。
しかし、その安堵も黒い鎧を着たラスタバドの兵士に見つかったことで打ち砕かれる。

キリー「こんなところにまでいるのかよ・・・もう、矢が少ない・・・」

疲労と経験の無さが、彼を窮地に追い詰める。
ラスタバドの兵士は無言で、無慈悲に、無表情のままキリーに近づき、剣を振り上げる。

キリー(あぁ・・・ここで終わるのか・・・)

死を覚悟し、目を瞑った。
しかしいつまでたっても剣が振り下ろされない。
目を開けて見上げると、ラスタバドの兵士は剣を振り上げたまま驚愕の表情で固まっていた。
振り上げた剣を持つ腕が細かく震えている。

フェーン「そこまでだ。」

ラスタバドの兵士の背後から、低い声を伴って一人のウィザードが姿を現す。
どうやら彼の魔法によって体を拘束されたらしい。
そして動けなくなった兵士の首筋に横から剣の切っ先があてがわれる。

レイン「ここから去りなさい。今なら見逃してあげるわ。」

剣の持ち主は女性のナイトだった。
鋭い目つきでラスタバドの兵士を睨み、静かに言い放った。
直後、動けるようになった兵士は言葉も無くその場を一目散に去っていった。

フェーン「大丈夫か?一人でいたら危ねーぞ。」

人懐っこい笑顔で男が声をかけてくる。

レイン「あら、エルフだったのね。怪我は大丈夫?」

剣を収めながらナイトの女性が優しく微笑んだ。

キリー「あ・・・ありがとう。」

やっと応えた礼の一言を最後に、キリーは深い眠りへと落ちていった。

―――――――――――――――――――――――――――

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2008年08月13日

38:三者の決意

アルバートが想定していた最悪の事態。
できれば回避したいと願っていた展開。
しかしそれは無惨にも打ち砕かれ、残酷な現実が突きつけられる。
アルバートは血が滲むくらいに唇を噛みしめ、決断を下す。

「・・・ティファ、オリハルコンの矢、準備しとけ・・・」

ティファは目に涙を浮かべ、口元を押さえながら、半ば放心状態で立ちすくんでいる。
アルバートの声が耳に届いていない。

「ティファ!しっかりしろ!」

びくりとティファの体が一瞬震え、涙を溜めた目でアルバートを見た。

「・・・ぁ・・・ごめ・・・ん・・・」

手が震えている。
声も震えている。
"やはり"とても戦える状態ではない。

「ティファ、・・・ここから逃げるんだ。」

「・・・ぇ・・・?」

アルバートが苦渋に満ちた表情で決断を伝える。
ティファには一瞬その言葉の意味がわからなかったかのようだ。
彼女の、仲間を想う気持ちを考えると、仲間を置いて逃げる行為がどんなに苦痛であるかはよくわかる。
しかし、アルバートはその苦痛を選択する。
どんな犠牲を払ってでも、ティファは生きて帰還させねばならない。
例え、その犠牲の中に自分が含まれていたとしても・・・。

「お前をここで死なせる訳にはいかない。俺があいつを食い止める。お前は、オリハルコンの矢を駆使して、この森から生きて帰れ!」

アルバートが決死の覚悟を込めてティファに語る。
その言葉と決意に驚愕するティファ。
このナイトは、最初からそのつもりだったのだ。
だからこそ、混戦になった時もオリハルコンの矢を使わせなかったのだ。
私が逃走する時のために。

「そ、そんな!嫌だよ!私も残って戦う!」

仲間を残して自分だけが生き延びるなど、できるはずもなかった。

「だめだ。その状態で戦えないだろう。足手まといだ。」

アルバートは視線をティファにやることなく冷静に指摘する。
たしかに、手足が震え、とても戦闘に参加できる状態ではない。
その冷たくも正確な指摘に、言葉を失い俯くティファ。
まさか、彼が自分に対してこんなにも冷たく厳しい言葉を浴びせるなんて。
普段優しい彼が、こんなにも厳しい言葉を発する。
それだけ、命の危険が大きいという表れでもある。
冷静になれば、ティファにも彼の狙いに気づけたはずだった。
その厳しさも、アルバートの優しさの表れである、と。
続いてアルバートは同じくセロにも声をかけた。

「セロ、お前も無理はするな。ティファと一緒にこの場を逃げ延びろ。」

全身に怒りを満たし呻り声を響かせるセロが、ゆっくりとアルバートに視線をやる。
その目には様々な感情が渦巻いている。
怒り、悲しみ、そして絶望と恐怖。
アルバートはセロの本能に気づいていた。
それは初めてフェリジアと出会った時、セロが彼女に飛びかかった時のことだ。
あのときのセロの行動は、必死とも思える攻撃だった。
そして今、主人であるラファエルを討たれた怒りを抱えているが、なかなか飛び出すことができない。
つまり、セロに対してフェリジア、いや、上位種というものは、遙か高みに位置する畏怖の対象であるのだ。
その本能ゆえに、フェリジアに対してセロは有効な攻撃ができないのだ。
アルバートは、そこに気付いていた。

「・・・なん・・・だと・・・?」

自分がこの場で役に立たないというのか。
アルバートに対して若干の怒りを覚える。

「お前がフェリジアを畏怖してるのはわかる。それなら、ティファについてやっててほしい。」

アルバートの言葉に、徐々に冷静さを取り戻していく。
どこか不自然さを感じる。
このヒューマンの男性は、決して傲慢を抱かないだろう。
この場に一人残り「足手まといだから」という理由で人を遠ざけないだろう。
そして隠しきれない本音。
セロは、完全に落ち着きを取り戻すと、アルバートに向かって逆に声をかけた。

「・・・不器用な男だな、貴男は。」

アルバートがセロを見下ろすと、まっすぐに視線が帰ってきた。

「ティファ殿と私を逃げ延びさせるために、貴男は敢えて我々を邪魔であるかのように言ったのではないか?そして、ここに残り、ここで死ぬつもりではないのか・・・?」

今度はアルバートが言葉を失い、セロを凝視した。
正にその通りだ。
見事に見抜かれた。
ティファも鋭く息を呑み、驚愕の表情を浮かべてアルバートの顔を覗き込んだ。
苦渋の決断を下したアルバートの表情が僅かに曇る。
そして、ふ、と短く息を漏らし呟いた。

「買いかぶりすぎだ。俺はそんなに器用にできてねぇよ。」

しかし、もうこの二人には通用しない。
セロに気付かされ、ティファも冷静さを取り戻していた。
同時にティファは、動揺し冷静さを失っていたことを反省するとともに、アルバートに対してやや怒りを覚えた。

自分を逃がすために死ぬつもり・・・?
そんなの許さない。

「・・・決めた。私も残る。」

ティファの表情に迷いはない。
決意に満ちた声色で意志を伝えた。
アルバートの表情が更に険しくなる。
彼女は恐らくこう言うだろうと予想していた。
それを避けたかったのに。
アルバートがティファに何か言いかけようとしたが、ティファがそれを遮る。

「もう決めたの!何言っても無駄だよ!私にはこの矢もあるんだし、勝機はきっとあるはず。」

強い眼差しがアルバートをまっすぐに射抜く。
強い娘だ。
その眼差しに潜む強い意志を読み取り、アルバートは小さく笑った。
セロもそれに続く。

「・・・私もここを去るつもりはない。マスターの仇討ちだ。一矢でも報いたい。」

視線をラファエルとフェリジアの方向へ向けて唸った。
アルバートは小さいため息を漏らし、ぼりぼりと頭をかいた。

「わぁーったよ!・・・なら、みんなで生きて帰ろうぜ。まだラファエルも手遅れじゃないかもしれないしな・・・!」

その言葉にティファとセロが力強く頷く。

「一人よりも、みんなで立ち向かったほうが勝機はあるよ!」

ティファが努めて明るい声で虚勢を張った。
あまりにも無謀な三者の決意には、それでも心強いものだった。


フェリジアはラファエルにしな垂れかかるような体勢でいる。
じ、っとラファエルの顔を見つめ、愛しそうに頬を撫でていた。
三者は、決意を胸に、完全体となったフェリジアに対して構える。

ゆっくりと、フェリジアが視線を移した。
勝ち目のない死闘。
それでも、仲間のために。

自分に立ち向かう姿勢を見せる三者に対し、フェリジアはうっすらと笑みを浮かべる。

その美しくも冷たい笑みは、三者にひとつの言葉だけを如実に伝えた。

絶望、と。
posted by ラストエフ at 04:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

37:絶望の悪夢

最初に異変に気付いたのは、意外にもティファであった。
アルバート、ティファ、セロの三者は、立ち塞がる魔物を悉く屠っていく。
しかし、直接魔物達を打ち倒しているのは主にアルバートとセロであり、ティファは前衛である二人の隙を埋めるために後方からの支援を担当していた。
そのためもあってか、ティファはかつてない程に神経を研ぎ澄ませ、集中していた。
もしかしたらこのチームワークを支えていたのは彼女の洞察力あってのものだったのかもしれない。
影の功労者は、間違いなく彼女だった。

そして、その集中力ゆえに、わずかな気配の変化に気付くことができた。
上位種やハイウルフに感覚が劣るヒューマンであるにもかかわらず。
それに気付いてしまった。

(・・・?空気が、変わった・・・?)

自分達をぐるりと囲む無数の魔物。
四方八方、どの方向から襲い来るか予想だにできない状況下で、ティファは常に自分と仲間達の周囲を観察していた。
一瞬の油断が、命取りになる。
しかし、違和感を感じた。
魔物の動向から目を逸らすことがどれほど危険なことか、重々に承知していることだ。
それでも、自分達を取り巻く、いや、森に充満する空気が、気配が変化したことがどうしても不安に感じる。
頬を一筋の汗が伝う。
ティファは自分達の周囲を取り巻く魔物の包囲網よりも更に先、二人の人外が死闘を繰り広げる場の変化にも気を向ける。
そのため、ティファに僅かな隙が生まれる。
その隙を突いてか、一体の魔物がティファに襲いかかる。

「ティファ!後ろだ!!」

やや離れた場所からアルバートが叫ぶ。
ティファが振り向くと、一体の魔物が剣を振りかざしていた。
アルバートが踵を返し駆け出す。
しかし到底間に合わない。
その瞬間、ティファの傍らから飛び出した銀色の閃光が、魔物の腕を切り落としていた。
一筋の閃光となったセロは、腕を切り落とした魔物の遙か後方で着地する。
それでも魔物は体液を撒き散らしながら、なおもティファへと近付いてくる。
すぐさま腰のダガーに手をかけるティファ。
しかしそれよりも早く彼女の側へと駆けつけたアルバートが、駆けてきた勢いそのままに魔物の横をすれ違いざまに、横薙ぎに両断した。



アルバートとセロがティファに駆け寄る。

「大丈夫か!?」

アルバートが安堵の息を漏らしながらティファ安否を確認する。
セロも同じくティファを見上げる。

「ごめん、ありがとう。」

ダガーを納め、再び弓を握り直して二人に謝罪と礼を述べる。
その表情にはどこか不安げな色が残されている。

「・・・なにか、気になることでも・・・?」

油断なく周囲に視線を巡らしながらセロが尋ねる。
ティファは、やや逡巡した後、口を開いた。

「ん・・・なんて言うか、雰囲気?が変わったっていうのかな・・・。うまく言えないんだけど、空気が変わったような気がして・・・。」

その言葉で、アルバートとセロも気付いた。
思い当たるのは、ひとつだけだった。
誰からでもなく、三者は同時に死闘の場所、ラファエルとフェリジアへと視線を向けた。



出来事は一瞬だった。
両手にある巨大な凶剣を翼のように広げ、ラファエルに向かって疾走するフェリジアの姿があった。
そして一瞬の交錯。
激しい衝撃のあと、大きく後方へと吹き飛ばされたのは、ラファエルだった。
そして三者は、その後の顛末をもはっきりと目撃した。
フェリジアの蹴りを腹に受けて後方に吹き飛ばされ、大木に強く背中を打ったラファエルは、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
同時にラファエルとの距離を一気に縮めるフェリジア。
離れた場所から見守る三者からもわかるほどに、フェリジアの表情は狂おしいほどの歓喜に彩られていた。
そして、ラファエルの前に膝をつき、愛おしそうに彼の頬を撫でている。
唇が触れそうなほどに距離を無くしたラファエルとフェリジア。
一見すると、抱き合い、愛の言葉を囁きあう恋人同士のようにも見える。
しかし現実は、フェリジアの華奢な右手の指が、ラファエルの腹部に深々と突き刺さっていた。

直後、狂ったように、しかし嬉しそうなフェリジアの高らかな笑い声が響き渡った。
顛末を目撃した三者は、自身が置かれている状況を忘れ、たった今眼前で繰り広げられた悪夢から目が離せなかった。

立ちすくむアルバートとティファとセロ。
明らかに隙があったにもかかわらず、何故か周囲を取り囲む魔物が襲いかかってくることはなかった。
ラファエルの身に何が起こったのか、誰にもわからなかった。
それほど致命的な受傷ではないはずだ。
それなのに。
明らかにラファエルの表情から生気が失われるのが見て取れる。
顔色から血の気が薄れていく。

ラファエルが、負けた・・・?

その事実は、確かに目の前にある。
しかしどうしてもその事実を受け入れることに抵抗がある。
現実を拒否してしまう。
だが、紛うことない残酷な現実が、そこにはあった。

「ラファエルゥゥゥゥ!!!!」

知らず、仲間の名前を叫んだのはアルバートだった。
その叫びも、もはや彼の耳に届くことはなかった。
言葉を失い、歯を食いしばった。
ティファは、突きつけられた絶望に涙を浮かべ、口元を手で押さえていた。
そうしないと悲鳴を上げそうだった。
そして、ティファの横から凄まじいほどの波動が感じられる。
同時に、獣の低く響く呻り声。
セロが、鋭い牙を剥き出し体毛が逆立つ程の波動を発しながら前方を睨んでいた。
その波動は怒りと悲しみとが入り交じる、複雑な感情が含まれていた。

「!・・・ッグッ・・・ウゥ・・・!ッガアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

絞りだした咆吼にも複雑な感情が入り交じる。
そこには迷いもあった。
全身の筋肉が緊張し、今にも飛び出しそうな体勢になる。
両前後の足で地面を掴み、爪を突き立てる。
涙こそ流してはいないものの、セロは確かに泣いていた。
鼻先に皺を寄せ、荒く、早く、浅い呼吸を繰り返していた。

三者は同時に、この戦いでの最悪の結末を目の当たりにしたのだった。

そこに残ったのは・・

ただ、絶望のみだった。
posted by ラストエフ at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

36:命の光

腹部に熱を帯びた激痛が走る。
自身の血液が衣服をじわじわと赤黒く染めていく。
衣服と皮膚を無理やり突き破った細い指は、肉をえぐってはいるが、重要な臓器には届いていない。
出血も大量のものではない。
致命傷にはなっていない、と判断できた。
まだ戦える。
しかしその苦痛は簡単には拭えるものではない。
すぐ目の前にフェリジアの顔がある。
その美しい表情には狂気と歓喜とが入り混じっている。

どくん

反撃せねば。
腕を持ち上げる。
腹部に突き刺さるフェリジアの腕を掴もうとする。
しかし、持ち上げた右手は武器ごと魔物から生成された粘体に取り込まれている。
武器と手を封印されたも同然だった。
だが、まだ反撃の糸口はあるはずだ。

どくん

致命傷ではない。
そう、致命傷ではないのだ。
しかし。
なんだこの感覚は。
手足が徐々に痺れてきている。
視界が暗く感じるのは、夜の帳が落ちたせいではないのか。
判断力が鈍ってきている。

どくん

手足が重い。
強烈な脱力感が襲ってくる。
なぜだ。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
聴覚もどこかおかしい。
狂気の笑い声を発するフェリジアがいる。
その声すら遠く感じる。

どくん

まだ決着はついていない。
何がそんなに嬉しいんだ。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

狂ったように、嬉しそうに、フェリジアが勝ち誇って笑う。

「素晴らしいわラファエル!そうよ、これが欲しかったのよ!」

何を言っている。
何を手に入れたというのだ。

どくん

「この力!この光!!この魂!!!あなたの命はやっぱり最高の美酒だった!」

命・・・?
俺はまだ戦える。
声が出ない。
この手を離さなければ。
動け・・・
動け・・・・・・
動いてくれ・・・・・・・・

どくん

「全部頂戴!あなたの全てを私に頂戴!そしてひとつとなりましょう!永遠に!!」

わからない。
何を言っている。
聞こえない。
見えない。
どうした。
俺の身に何が起こった。
何も感じない。
感覚が麻痺している。

どくん

「わかるわ・・・あなたの命が私に流れ込んでくるのが!素晴らしい力よ!これで、私は完成する!!」

・・・そうか。
貴様は・・・
俺の命を・・・
フェリジアだけでは飽き足らず・・・
俺をも取り込もうというのか・・・

「・・・大丈夫、あなたは私の中で永遠に生きるのよ・・・。私の中でひとつになるのよ!」

意識が薄れる・・・
俺は・・・
助けられなかったのか・・・
フェリジア・・・

どくん

すまない・・・
俺は
君を助けられなかった・・・
でも・・・
もう、いい・・・
これ以上その姿が汚されるのは見たくない・・・
ならばいっそ・・・
助けられないのなら・・・

俺がいなくなればいい・・・
そうすれば、君のいるところへ・・・
俺もいけるだろうか・・・


どくん


すまない、フェリジア・・・


瞼が重い・・・


体が重い・・・


暗い・・・



どく、ん




これが・・・・・・・・・・





死、か・・・・・・・・・・・・・・・・







ど、く、








夕日が沈む頃、
森の中に
フェリジアの高い笑い声が響いた。
posted by ラストエフ at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

35:激闘の末

ラファエルの振るう剣がフェリジアの大剣とぶつかり合う。
その都度、フェリジアの剣は削れ、欠け、辺りに飛び散る。
しかしそれはフェリジア自身になんらダメージはなく、武器としての価値がなくなれば周囲に待機する魔物を新たな武器として調達するだけで済む。
アルバート、ティファそしてセロの三者は、それを打破し、ラファエルの剣がフェリジアに届くよう最大の支援をしている。
すなわち、フェリジアが武器として準備した魔物達の数を減らすことである。
が、それがどれほどの効果をもたらすかは分からない。
それでも、何もしないよりも、いや、何もできないからこそ、自分達にできる最大限の行動でラファエルを支援することしかできなかったのだ。

当然フェリジアは自分の状況における弱点を承知している。
自分が勝利するための鍵は、この眷属の魔物達の存在だ。
これがそのまま自分を守る盾であり、またラファエルの武器に対抗するための最大の武器でもある。
邪魔者がそれを妨害してくることも予測している。
そのための手もすでに打ってある。
今この場で警戒すべきは、ラファエルの持つ退魔の剣と、ヒューマンの娘が所有するオリハルコン製の矢だ。
それらを使わせなければ、勝機は見えてくる。
勝機ではない。
絶対なる勝利だ。
私は、負けない。
生きるために。
永遠の命と力を得るために。
もう一つの光を手に入れる。
ラファエルの持つ魂の光を・・・!
もう手に届く。
目の前にある。
眩しく輝く最後の光が。
嬉しい。
嬉しい・・・。
もうすぐ私は完全体となれる。
もっとこうやってラファエルと語り合いたいけど。
もう時間がない。
だから。

終わりにしましょう。



ラファエルの息が上がる。
すでに長時間の戦闘が続いているにもかかわらず、フェリジアの表情には疲労の色は微塵も伺えない。
対してラファエルの体力がすでに限界であることは明白だ。
動きは鈍り、反撃する剣も少なくなり、ただただ襲い来る凶剣を弾き、防御することが精一杯だった。
しかしその闘志は消えることなく、徐々に押されてはいるもののフェリジアの剣を消耗させ、貴重な一瞬の隙に反撃にも転じている。
幾度目かの攻防が途切れ、フェリジアが大きく飛び退る。
そしてまた同じように配下である魔物をなんの感情もなく武器として生成する。
そして変わらず微かな微笑みを浮かべてラファエルに語りかけた。

「よく頑張るわね・・・。でももう限界でしょう?そろそろ、ラクにしてあげる・・・。」

フェリジアの言葉に応えるかのように、両手の大剣がさらに禍々しい形状に変化していく。
鋭さが増し、歪だった刃が明らかな輝きを以て鈍い光を放った。
ラファエルに言葉はない。
答えるほどの体力すら消耗していた。
肩を大きく上下させ、荒い呼吸を繰り返していた。
しかし、それでも眼光は鋭さを保ったままフェリジアを射抜く。
その様子を楽しげに眺めていたフェリジアの、雰囲気が、纏う気が変わる。
微笑みが薄まり、目が細められ、剣がゆらりと左右に広げられる。



来る

ラファエルの意識が急速に一点に集中する。
時間が収束する。
全ての音が、景色が、ラファエルの意識から排除される。
目に映るのは、ただフェリジアの姿のみ。
次の交錯で決まる。
いや、決める。
全ての力をこの一瞬に賭ける。
そしてこの剣を、届かせてみせる。

一瞬だった。
ラファエルが荒れる息を無理矢理抑え込み、ひとつ呼吸をする時には、フェリジアの疾走が始まっていた。
低く地を滑るように距離を詰めたフェリジアは、右手の大剣を大きく振り下ろした。
ラファエルの瞳孔が収縮する。
最大にまで集中したラファエルは、限界を超えた自身の身体が、その限界をも超えたことを実感する間もない。
目にも止まらぬ速さで襲い来る凶刃に対し、ラファエルは同じく右の逆手に持った剣で迎え撃つ。
身体を相手の刃の外に避けながら剣を繰り出す。
最高速で迎え撃ったラファエルの剣は、フェリジアの剣を中ほどで両断する。
しかし次の瞬間にはすでにフェリジアの左手の剣による斬撃が襲いかかっている。
ラファエルはその右手を戻すと同時に左順手の剣でそれをも打ち落とす。
そして最後に交差された双剣によって最大の一撃を放つ。

はずだった。

ラファエルの迎撃は、フェリジアの最初の一撃を見事に迎え撃った。
そして第二撃を迎え撃つ行動に出ようとした瞬間、その動きが止められていた。
両断したはずのフェリジアの剣は、即座にその姿を形のない粘体へと変化させ、ラファエルが振り抜いた右手にまとわりつきその動きを拘束した。
そして直後に繰り出されたフェリジアの左手の剣は、同じく剣の姿から粘体へと変化し、それでも反撃に転じようとしたラファエルの左手を拘束する。
ラファエルの両手を拘束したそれは、徐々に双剣を飲み込み完全にその威力を無効化した。
ラファエルの表情に驚愕の色が浮かぶ前に、フェリジアは勢いを殺さぬままにラファエルの腹に蹴りを放つ。
その衝撃で後方へと飛ばされるラファエル。
同時にフェリジアの手から、粘体と化した拘束具がずるりと抜ける。
ラファエルは両手を剣ごと粘体に飲み込まれたまま、背中を大木に打ち付け、ずるずるとその場に崩れ落ちる。

歪む表情で顔を上げると、すぐ目の前にフェリジアの顔があった。
そこに浮かぶ表情は、歓喜。
恍惚とした歓喜の表情。
そして、腹部に突き刺さる熱い感覚。
腹部に感じる灼けるような熱が、滴り落ちる自身の血液によるものであることが理解できるまで、数秒かかった。
息がかかりそうなほどに近づき、ラファエルの前に膝をついたフェリジアがそこにはいた。
その両手は先程まであった巨大な剣ではなく、生身の美しく華奢な手だった。

左手でラファエルの頬をそっと撫でていた。
そして右手は。

五指が、ラファエルの腹部に深々と突き刺さっていた。



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2008年07月04日

34:女王の聖戦

「なに・・・?あれ・・・。」

フェリジアの姿を目にしたとき、ティファは思わず小さく呟いていた。
ラファエルとフェリジアとが激しく剣をぶつけ合う死闘の場。
駆けつけたティファ、アルバート、そしてセロは木々の間からその行方を見守る。
魔物の女王であるフェリジアは、上位種の神々しい姿であるにもかかわらず、両手はそれに似つかぬあまりにも禍々しい巨大な剣と化していた。
三者が見守る前で、二人は幾度となく激しい攻防を繰り広げている。
ラファエルは退魔の2剣を、フェリジアは両手に同化しているかのような巨大な2剣を、それぞれ振るっていた。
二人の攻防は続く。
そこで、ある事に気付く。
フェリジアは一体いつ、どうやって、ラファエルの剣に対抗できるほどの、あの巨大な剣を手にできたのか。
その答えは間もなく、目の前で公開されることとなった。

フェリジアが左右の剣を流れるような動きで次々と繰り出す。
ラファエルはそれを交わし、避け、打ち払い、一瞬の隙を見逃さずに反撃に転じていた。
それが繰り返されるにつれ、フェリジアの持つ巨大な剣は徐々にその大きさを縮めていることに気が付く。
厳密には、ラファエルの剣との接触によって削れ、欠け、砕けていっていたのだ。
辺りに飛び散ったフェリジアの剣の欠片は、地面に落ち、しゅうしゅうという音と煙を立てながら蒸発していった。
やがてその剣が元の半分ほどの大きさほどになった頃、フェリジアは大きく振りかぶり、渾身の力でラファエルを弾き飛ばす。
同時に後ろへ飛び退り、距離を取った。
やや離れてその死闘を見守っていた三者は、そこで二人の周囲に立ち並ぶ夥しい数の魔物の姿を視認する。
魔物達は動くでもなくラファエルに襲いかかるでもなく、ただそこで背景の一部であるかのように立ちすくんでいた。
フェリジアは置物のように立つ魔物のうち、2体の魔物の間に降り立つと、視線を移すこともなく左右の手をそれぞれの魔物の脇腹辺りに突き刺した。
女王の手によって身体を貫かれた魔物は、抵抗することもなく為されるがままに立っていた。
そしてたちまちの内に、その姿は本来の姿である、形なき形の粘体へと変貌しいった。
そしてフェリジアの手には、先程振るっていた物と同じ歪で禍々しい巨大な剣が現れていた。

「そういうことか・・・!支配下の魔物を自分の武器として使うために残しておいたってことかよ!」

魔物達の不可解な行動と、女王の意図、それら全てが一つの答えに行き着いた。
アルバートは呻るように喉の奥から声を絞り出した。
セロが命を賭けてこの場に届けた退魔の剣の威力は、フェリジアにとっても驚異となりうるはずだった。
しかしフェリジアはそれに対抗するための策をすでに準備していた。
それこそがこの魔物達であり、それはラファエルの攻撃を無効化させるための武器であり、フェリジアを守るための消耗品でしかなかったのだ。
ラファエルの剣は確かに魔物に対して効果がある。
そのことは剣と化し、フェリジアに振るわれている状態となっても威力が変わることがないことで証明されている。
しかし、二人の周囲には未だ夥しいまでの魔物が待機している。
いや、準備されていると言ってもいいだろう。
それはつまり、フェリジアに退魔の剣が届くまでの距離とも言える。
この状態が続くのであれば、明らかにラファエルの体力と気力が尽きるのは目に見えている。

「・・・ねぇ、ラファエルの手助け、できないかな・・・?」

何もできないことを知りつつも、歯がゆく、また焦燥を抱いているティファがアルバートに視線をやる。
アルバートも同じ思いだ。
しかし。

「・・・あの二人の戦いに割って入ったところで、俺達じゃラファエルの足手まといになるだけだ・・・。」

力の差が明らかであることは充分に承知している。
ここにいる三人の力は、あの二人には遠く及ばない。
悔しそうに呟き、木に拳を打ち付けた。
しかし、何かできるはずだ。
直接手助けすることができなくとも。
そこで気付いたのは、フェリジアの剣、そして周囲に立ち並ぶ魔物。
フェリジアの武器を消耗させることならできる。

「俺達にできることがあったな・・・。」

顔を上げ、鋭く周囲を見渡しながらアルバートが呟く。
アルバートが何を言わんとしているのか、ティファとセロも気付いていた。
魔物達との距離はあるものの、ただ立ち尽くすだけの魔物がフェリジアにとっての武器となるのなら。
ならばその数を減らし、少しでもラファエルの武器がフェリジアに届くようにするだけだ。
三者は顔を見合わせ、それぞれの意思を確認するように頷いた。

フェリジアはすでに気付いている。
邪魔者がまたこの聖戦を汚そうをしていることを。
狙いもわかっている。
我が配下となっている魔物たちを削っていこうというのだろう。
そうはさせない。
邪魔はさせない。
もう少しで手に入るのだから。
知らず、フェリジアの口元にうっすらと笑みが浮かんだ。

三者が行動に移すと同時に、魔物達にも動きがあった。
ラファエルとフェリジアを取り囲む魔物のうちの何割かが、こちらに向かってのろのろと歩き出したのだ。
三者の思い至った結論は既に読まれていたのだ。
無理もない。
残る魔物達は今や、フェリジアにとっての命綱であるとも言える。
読まれていたというより、ごく自然なことであり、それは予め準備されていたこととも言えよう。

「おとなしく見てろってことか・・・。だが、黙って見てるわけにもいかないんでな!」

剣を握り直し、アルバートが荒く吐き捨てる。
ティファ、セロも再び周囲を包囲する魔物に対して構えをとる。
この場にいる全員の闘気が膨らむことを感じる。
誰ともなく、薄々と気付いていた。
この死闘の決着が近いことを。
死力を尽くすときが来たことを。
森は薄暗い空気を更に淀ませている。
太陽が徐々にその姿を隠していく。

日没まで、あと僅かとなっていた。
posted by ラストエフ at 04:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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