2008年04月08日

24:決戦の火蓋

陽は昇る
太陽は意識せず
変わることなく
その姿を人々に現す
そして世界に光を満たす
光は人々に希望と潤いを与える

しかし
その光を浴びてなお
希望よりも不安を抱く者達もいる


鏡の森入り口
そこには3人の男女の姿があった



ラファエル、アルバート、ティファの三人は準備を整え、セロの到着を待たずに森への侵攻を決定した。
森の最深部へ辿り着くまでにおよそ半日。
そこで果たして出会えるかどうかも不確定な対象との遭遇。
今までの捜査によってある程度まで魔物達の生息地を限定できたとはいえ、必ずしも目標である魔物の女王『フェリジア』と接触できるとは限らない。
しかも今昇った太陽が地平に沈むことで、当然のように夜が訪れる。
今夜は満月。
かつてない未知の夜となる。

上位種と同化した魔物に、満月はどのような作用を及ぼすのか。

ラファエルの願い。
それは愛する妻への最後の約束を果たすこと。
だが、願わくば、以前のようにお互いを支えあえる伴侶を元に戻せるのであれば。
昔のように共に過ごすことができるように。
妻を救いたい。
それが叶わないのであれば。
この手ですべてに決着をつける。
かつて、互いの胸に誓った十字架に懸けて。


ティファが、隣に立つラファエルの腰に見慣れぬ物を見つける。

「・・・それは?」

ラファエルの腰には先日まで目にしなかった短剣が装着されていた。
ティファの問いにラファエルは静かにそれを抜く。

「聖剣だ。・・・この誓いを刻んだときの・・・」

その短剣は、およそ武器としての役割を果たすには不相応であろう姿だった。
刀身は短く、豪華な装飾が施されており、武器というよりも儀式などで使用するような物だった。

「それも、特別製なのか?」

愛用の片手剣を背負ったアルバートが覗き込む。

「そうだ。儀式用に作成されている聖剣で、退魔の効果も少なからずある。役に立つとは思っていないが・・・ないよりマシだろうと思ってな。」

満足に武器として使えそうもない物にまですがることになろうとは。
ラファエルはやや苦笑しつつも、どこか悲しい表情を浮かべた。

アルバートは彼の心境を察し、ラファエルから視線を外すと目の前に広がる森を見つめた。
この奥に魔物の女王がいる。
おそらくこれが最後の戦いとなるだろう。
アルバートは自分の役割を知っている。
なによりもティファを護ることだ。
自分は彼女の盾だ。
先代の君主との約束もある。
必ず無事に帰してみせる。
そしてもうひとつ。
ラファエルとフェリジアとの戦いに一切の手出しをしないことだ。
ラファエルがそう頼んだわけではない。
しかし、そう願っているだろう。
これは、種族の壁を越えた二人の戦いなのだ。
ただ一瞬触れ合っただけの他人が、無造作に踏み入れていい領域ではない。
たとえそれがどんな結末であろうとも、最後まで見届ける。
もしもラファエルが敗れたときは、そのときは自分を犠牲にしてでもティファを逃がす。
ラファエルの戦闘能力は自分とティファ二人よりも数段優れていることは充分知っている。
そんな彼が敗れるようであれば、その相手に自分達だけで勝てるはずがないことは容易に想像がつく。
アルバートは、ティファの知らぬところで決死の覚悟を心に刻んでいた。


太陽がその高貴なる姿を完全に現す。
その光が届かないような森の奥地に潜み、待ち受ける最大の敵。
ラファエルにとっては最愛であり、そして最悪の相手となる。
ティファとアルバートにとっては最強であり、未だかつてない底知れぬ未知の存在との戦いが始まる。

決戦の火蓋は
皮肉にも、人々が希望を抱くはずの夜明けだった。


「行こう」

アルバートが力強く出立の言葉を発する。
その言葉にティファが緊張面持ちをしながらも、一点の曇りもない表情で頷く。
ラファエルもそれに続き、三人が互いの目を見て決心を強める。


それぞれの決意を胸に、三人は仄暗い森へと足を踏み入れていった。
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2008年04月07日

看板娘「いらっしゃい」

(からんからん)

あら、いらっしゃいませ!
酒場、虹風へようこそ!

今は見てのとおり誰もいないから、
どうぞお好きな席へ座ってくださいな

はい、お水

ご注文はお決まり?


え、紹介?
私の?

あら、照れちゃうわね

エルガちゃんからお店の紹介はしてもらったの?
じゃあ私の紹介だけでいいみたいね

えーと
私の名前は「リオーネ」
ここ、酒場「虹色の風」亭で主に接客を担当しているの
たまに踊り子もやってるからぜひ一度見てほしいな
演奏は親友のエルガちゃんと、その旦那さま

エルガちゃんの夫の紹介?
ふふ、せっかくだしそれはいつか本人にしてもらうといいわ


私もエルガちゃんと同じ血盟に所属してて、
あの夫婦二人だけじゃ心許ないっていうことで誘われたの

こう見えても昔はエルガちゃんと一緒に旅をしていたウィザードなんですからね

それで、エルガちゃんとの縁と、
お酒が好きっていう理由もあって、働くことにしたんだけど・・・
・・・料理の腕は聞かないで・・・

まったくできないわけじゃないのよ?
ちょっとその
苦手っていうか・・・

料理の話はおしまい!


お店の客層?
そうねえ
この近辺に住んでる常連客もいるし
旅人とか冒険者もたくさん来てくれるわ
そういった人達が来るようなお店だからね
もう毎日のように喧嘩とか揉め事とかあるのよねー
ふふ、でもその都度エルガちゃんがため息しながらつまみ出すんだけど
その光景も今じゃ名物みたいなものね

あ、そうそう聞いて!
このお店に来る人達って色んな年齢層なんだけど
私ったらなぜかオジサマ達に人気あるのよねー
いっつも寄ってくるのはオジサマ達だけ!
エルガちゃんは若い子やお兄さん達に人気があるのに・・・
どーしてだろ?

旦那さまも年下だしね

おっとと
詳しくは本人からね

はーぁ
どこかにいい男いないかなぁ



ごめんなさい、話が逸れちゃったわね

大体これで私の紹介は終わりかな
今度はエルガちゃんの旦那さまの紹介を聞いてみなさいな
いつもカウンターでのんびりしてるわ


あら、今日はもうお帰りになるの?
今度は私の踊りも見てくれると嬉しいな

またいつでもいらしてね


(からんからん)
posted by ラストエフ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

女主人「いらっしゃい」

(からんからん)


いらっしゃい
酒場「虹色の風」亭へようこそ

ご注文は?

ん?
紹介?

ふむ・・・困ったな・・・

私は昔から口下手でね
よく無愛想だと言われるくらいだ
喋るのはあまり得意じゃないんだが・・・

私の拙い言葉で良ければ紹介しよう


まずはここ、「虹色の風」という店を紹介しようか
この名前にはいくつかの意味が含まれていてね
たくさんの旅人や冒険者が訪れ、去っていく
流れる風はその場に留まることがないように
そんな風達がふと足を止めて立ち寄っていくような店
そして旅や冒険の疲れを少しでも癒せるような店
そういった願いがこめられているんだ

新しい風や懐かしい風
世界には色んな風がいる
この店に来る風も様々だ

それで、虹色
風はこの店に訪れる客達
・・・という意味だ

他の意味?
ふむ・・・
意味というか、簡単に言えば私が所属する血盟の名前をそのまま頂いたんだ
もちろんそこの君主には了解を得ている
なかなか居心地のいい血盟でね

先代の君主はもう隠居して、今はその娘が君主の座に就いている
まだ若いが、しっかりした子だ

血盟の紹介はまた今度にしようか


次は私の紹介だね
私の名は「エルガ」
この店の店主と料理長をしている
もちろん一人で経営しているわけじゃない
私を支えてくれる夫と、昔からの友人が手伝ってくれている
二人の紹介はいずれ本人にしてもらうといい

昔は剣を手に世界を回ったこともあるが・・・
今の血盟に所属していた人から料理の腕を見込まれてね
その人が引退する時にこの店を譲り受けたんだ
こういった店を持つのは夢でもあったし
根無しだった私には願ってもない話だったね
今では毎日が楽しくて仕方ない

たまに客同士の諍いがあったりもするがね
もう慣れてしまって日常茶飯事さ


・・・
そんなに嬉しそうに話してたかい?

ふう
珍しく多弁になってしまったな
こんなに喋ったのは久しぶりだ

ふむ
もうこんな時間か
そろそろ慌ただしくなってくるな
料理の下ごしらえでも始めるとしよう


今日はもういいのかい?
そう
またいつでも来ておくれ



(からんからん)
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2008年03月26日

23:唯一の意思

深い深い森の奥は、満月に近い月の光も届かない。
暗い闇に聞こえるのは木々のざわめきと動物達の寝息だけ。
人間は踏み入れたことがないであろう未開の森の最奥に、
その場所にそぐわない人影を見つけることができた。

その人影は月明かりを欲していたかのように、数ある森の大樹の力強い枝に立っていた。
そこからは森が一望でき、森の中には届かない月の光も全身に浴びることができた。
透き通るような白い肌が月明かりに映え、黄金の髪が光を反射して煌いている。
その人影は枝の上に立ち、高い場所から月を見つめていた。

その人影の姿を、知らない者が見れば美しい光景であると心奪われるだろう。
なぜなら、それは上位種とも呼ばれるこの世に現存する至高の存在であったのだから。
しかし、見た者は同時に違和感を抱くだろう。
なぜ、魔物が徘徊するような不吉な森の奥に、上位種であるエルフがいるのだろうか、と。



彼女は無意識に唄を口ずさんでいた。
なぜ自分が唄を知っているのか。
この『身体』の、薄れてしまった記憶だろうか。
それとも今の存在となる前の『自分』が知っていたのだろうか。

もうそんなことはどうでもいい。
自分が何者なのか、そんなことに興味はない。
地面を這いつくばっていた頃の記憶がある。
同時に、上位種として存在した記憶もある。
ならば、今の自分はそのどちらなのか。
そんなことはどうでもいい。
今の自分がひとつの存在としてここに在る。
それだけでいい。

眷属である魔物達は、獲物を体内に摂取しなければならない。
しかし、自分にはその必要がない。
獲物の持つ命を吸うだけで事足りる。
それはその者が持つ『力』だ。
その『力』は『光』として認識できる。
それを我が物として取り込むことができる。
他の魔物達にはできないことだ。
それだけで、自分が明らかに異種であると確信することができる。
それなのに、自分には眷属達を意のままに操ることもできる。
私は魔物なのか・・・
上位種なのか・・・
それとも
他のまったく違う存在なのか・・・

いや、
それすらも、
どうでもいい

あるのは、ただひとつの欲求だけだ。


彼女はふと、自らの両手を見つめた。
白く小さく、華奢な手だ。
美しく整った手なのに。
左手のひらには火傷のような痕が残っている。
先日、ヒューマンの女が放った矢によってできた傷跡だ。
少々の傷であれば、一日もしないうちに回復することができる。
しかし、この傷は違った。
退魔の力の込められた矢によってできた傷跡は、一日経っても治る気配がない。

彼女は気づいていた。
自分は異種なのだと。
上位種の力を持ちながら、魔の属性をも同時に併せ持っている、と。
相反する属性が存在するこの身体が、この先どのような変化があるのかを。
それを回避するために、今あるのはひとつの欲求だけだ。

月を見上げる。
おそらく明日、この歪で不完全は月は、その姿を完全な満月として空に掲げるだろう。
魔物の力が最大となる満月の夜。
そのとき、身の内に秘められている魔の力が引き出される。
身体の中でふたつの力が激しくぶつかりあうだろう。
そして結末を、終焉を迎える。
時間が残されていないことを彼女は悟っている。
そしてこの身体が崩壊することを彼女は悟っていた。

この先、この身体とこの力を持ったまま生き抜くためには、必要な物があることも彼女は知っている。
もうひとつの『光』を我が物とするのだ。
もうひとつの『光』・・・
それは、自分を追う一人の男。
一ヶ月ほど前に初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい感情があったことを覚えている。
それも、この身体の記憶だろうか。

あの男に会いたい。
あの男を我が物としたい。

それだけが、
今ある欲求だ。


自分の中に取り込んでしまえば、
ずっと一緒にいられる。

この欲求は

『私』が望んでいることなのだろうか・・・

力を得るために会いたいのだろうか・・・
あの男を手に入れたいために会いたいのだろうか・・・

この欲求は
上位種である自分
魔である自分
どちらの欲求なのだろうか・・・


でも

もう、
それもどうでもいい・・・


明日、私の半身を手に入れる

愛しいラファエル・・・

知らず、口元に笑みが浮かび、恍惚の表情が生まれた。


「・・・待っててね・・・」




posted by ラストエフ at 12:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月09日

22:決戦の鍵

満月となる前に、魔物との決着をつける・・・
しかし通常の武器では相手に有効な効果は見込めない・・・
そこでラファエルは、最適な武器がある、と言った。
だがそれは現在手元にはなく、ラファエルの故郷にあるという・・・

ティファは少しずつ夢の中へと誘われながら、夕方の出来事を思い返していた。



「故郷・・・って、沈黙の洞窟のことか?」

アルバートがやや眉をひそめてラファエルに問う。
無理もない。
今3人がいる場所から、ラファエルの故郷である沈黙の洞窟までは相当の距離がある。
徒歩では三日はかかるだろう。
明日必要となる武器が故郷にあるのなら、馬を使って走ったとしても間に合わないだろう。
ティファも不安げにラファエルへ視線をやり、アルバートの言葉に続いた。

「なにかいい方法があるの?誰かに届けてもらうとか?」

ティファの言葉にラファエルは小さく首を横に振る。

「いや、こちらから取りに行く。」

「でも・・・間に合わないだろう!?明日の夜明けには森へ攻め込むんじゃなかったのか?」

現実離れしたラファエルの案にアルバートが返す。
一体どうやって、故郷にあるという武器を受け取るというのか。
しかも一晩のうちに。
そして誰が。

ラファエルはそれでも自信ありげに微笑み、視線をティファの傍らへと移した。
そこには、ティファの横で目を瞑り、組んだ前足に顎を乗せている銀毛の獣、セロの姿があった。

「セロ・・・行ってくれるか」

ラファエルの言葉に、ティファとアルバートが驚いたようにセロを見た。
セロはゆっくりと目を開け、首を持ち上げた。

「・・・らしくないな、マスター・・・いつものように命令すればいい。私はそれに応えるだけだ・・・」

低く唸るように応えるセロの言葉には、不敵な笑みと頼もしい響きが含まれていた。
セロに言われ、ラファエルは可笑しそうに小さく笑ったあと、命じた。

「そうだな・・・ならば、俺の故郷へ行き、武器を取ってきてくれ。」

主人の言葉にすっと立ち上がったセロの姿は、凛々しく力強く感じられた。
セロはそのまま進むと、ラファエルの横を通り過ぎる際に静かに問う。

「・・・明日の夜までに?」

セロの問いにラファエルが応える。

「そうだ・・・頼んだぞ」

「了解した」

セロは小さく返答すると、全身をしならせ、疾風の如く夜の闇へ駆けていった。
後にはセロの銀毛が月の光を鈍く反射させ、帯を残すかのように煌めいていた。



「・・・間に合うのか?」

再び静けさを取り戻し、焚き木の弾ける音がかすかに聞こえる中で、アルバートが小さく呟いた。

「・・・あいつなら、きっとやってくれるさ」

静かな、しかし信頼を含めた声音だった。



いつの間にかティファは眠りに落ちていた。
明日の夜明けには森へ入り、魔物との決着をつける。
月が満ちてしまうその前に・・・

不安要素は少なくない。
満月となることで、前例のない上位種と魔物とが融合した強敵が、どのような影響を受けるのか。
まったく想像がつかない。
しかも相手は、他の同種の魔物を意のままに操れるかのような能力も垣間見せている。
そして、決定打となる武器が手元にない。

そんな不安定な状態のままで、明日、最終決戦が始まる。

ティファは数日続く戦闘の疲れから来る睡魔に抗えず、深い眠りへと落ちていく。
外にはラファエルとアルバートが寝ずの番をしてくれている。
ティファは徐々に薄れる意識の中で、神に祈った。

ラファエルのことを
アルバートのことを
セロのことを

そして
フェリジアに救いがあることを・・・
posted by ラストエフ at 16:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月04日

21:満月の欠片

森の方から何か虫の鳴き声が聞こえる
辺りには闇が落ち、夜の静寂が支配していた。
質素なテントの中から外へ視線をやると、キャンプの炎がうっすらと赤く見える。
外ではアルバートとラファエルが見張りとして火を灯してくれている。
ティファは寝袋に包まりながら、夕方に話していたラファエルの話を思い出していた。


太陽が傾き、足元の影が徐々に長くなってきている頃、ラファエルはあることを思い出したようにティファに尋ねた。

「あの時、最後に貴女が放った矢・・・あれは特別な矢だったのでは?」

あの時・・・フェリジアに追い詰められたラファエルを助けようと、無我夢中で放った矢だ。
確かにあの矢に触れた瞬間、彼女は明らかに怯み、動揺した。

「えぇ、いつもは普通の銀の矢を使ってるんだけど・・・あの時使ったのは、特別な矢で・・・」

ふと、ティファは立ち上がり自分の荷物の中から矢筒を取り出した。
一見すると何の変哲もない矢筒であったが、よく見ると二つに仕切りが施されており、その中に収められている矢は二種類あることがわかった。

矢筒の中を二つに仕切り、二種類の矢を収めている矢筒。
その片方は確かに普通の銀製の矢だった。
しかし、もう片方
そこには銀製の矢と比べて明らかに輝きの違う、わずかに黄金の輝きを纏う矢が収められていた。
しかもその作りは矢尻のみではなく、矢の本体すべてが同じ材料から作られていた。

「それが、特別な矢?たしかに銀の矢とは違うみたいだが・・・」

アルバートが一本を受け取り、まじまじと凝視する。

「そう。これはオリハルコン製。でも貴重なものだから数もそんなにないし、ここぞという時だけしか使えないの。」

それを聞いたラファエルが納得したように感嘆の声を漏らす

「オリハルコン・・・なるほど、銀にも退魔の効果はあるが、オリハルコンならさらに強力な力が見込める。」

「しかも、これ矢ならあの親玉にも効果があるってのも立証済みだしな。」

矢から視線をはずし、不適な笑みを浮かべながらアルバートが続けた。

「じゃあこの矢が、さっき言ってた勝機になるってことか?」

アルバートの言葉にラファエルは心強く肯定する、
かと思われたが、やや眉をひそめた。

「・・・あくまでもこの矢は、奴に対抗しうる手段のひとつであり、ヒントであるわけなんだが・・・それでも倒すには不十分だろう。」

ラファエルの発言にアルバートが怪訝な表情を向ける。
ティファがその後を引き継いだ。

「たしかに・・・この矢だけじゃ数も少ないし、威力もそんなに期待はできないと思う。できて、せいぜいアルバートとラファエルのフォローくらい・・・」

「なら、同じ効果のある武器を俺らも用意すればいいんじゃないか?・・・まぁ、そんな貴重な武器がすぐ用意できるわけでもないだろうが・・・」

今手元にあるのであればいい。
しかし、様々な武器防具が存在する世でそれらを持ち歩くというのは簡単なことではない。
しかもその所望する武器が特別で貴重な物であるほど、その用途に沿った場所でしか使うことは少ない。
まさか今、この場で『特別製』が必要になるとは思わなかった。
そのため誰も、手元に退魔効果に突出した武器を持つ者はこの場にいなかった。

話が進むにつれ、空は朱から紫、そして黒へとその姿を変えていっていた。

重い空気に包まれ、一瞬の沈黙にラファエルがさらに拍車をかける。

「それにおそらく、あまりこれ以上時間はかけていられない・・・」

不吉なラファエルの発言に、アルバートとティファも表情を曇らせる。

「どういうことだ?」

アルバートの問いにラファエルが答える。

「・・・これは確信じゃない。俺の推測だが、奴に対してオリハルコン製の武器が効いた。ということは、奴はすでに上位種ではなく・・・はっきりと『魔物』であると証明したようなものじゃないのか・・・」

ラファエルの声がかすかに震える。
無理もない。
その上位種であるエルフは、彼の妻に当たる人物なのだから。

ラファエルは拳を握り、さらに続ける。

「ということは、もうすぐ奴・・・いや、『魔物』達の力が最大となる夜が近づいてきている」

その話を聞いていた二人のヒューマンが同時に空を仰いだ。
いつの間にか、空は満点の星と、
もうすぐその全身を現すであろう、不完全な満月を見ることができた。

「そうか・・・満月・・・!完全な満月になってしまったら、魔物の力が活性化してしまう!ただでさえ数が多くて厄介だってのに、さらに手こずることになるのか!」

アルバートが満月になりかけている月を見上げ、悔しそうに唸った。

「満月の夜に奴らがどう動くかはわからんが・・・、できればその前に決着をつけたい・・・!」

ラファエルが静かに、しかし強い決意とともに言葉を漏らした。

「でも・・・時間が迫ってきてると言っても・・・武器が・・・」

ティファが不安そうに自分の矢に視線を落とし、小さく呟いた。
ラファエルは口の端を持ち上げるように笑みをこぼすと、ティファの不安を払拭するように声をかけた。

「俺が持つ武器の中で、最適なものがある。それで明日、決着をつけようと思う。ティファの矢がなければ思いつかない上に、間に合わなかっただろう。」

少し驚き、同時に照れくささを感じながらもティファはラファエルを見た。
その表情は優しく、また頼もしくもあった。
しかし
彼の持つ多彩な武器の中に、そのような特別な武器があったのだろうか?
その疑問はアルバートが代弁してくれた。

「オリハルコンに代わるような武器が、手元にあるってことか?」

二人のヒューマンが期待を混じった目をラファエルに向ける。
ヒューマンの世界にはあまり馴染みのない、ダークエルフ特有の武器。
二人ともそれほど詳しくは知らないため、どのような武器があるのか想像もつかない。
しかし、
ラファエルの口からは予想もしない言葉が発せられた。

「いま手元にはない。あるのは、俺の故郷だ。」
posted by ラストエフ at 17:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月11日

20:異種の十字架

「・・・妻・・・!?」

ラファエルから告げられた真実が浸透するまで数瞬の間があり、ティファは小さくその言葉を反芻した。
斜め前に腰掛けているナイト、アルバートも驚きを隠せないようでいる。
ラファエルは平静を装っているが、ややうつむき、組まれた両手の指には力が入っているのが窺えた。

「(それで、魔物に対してあれほどの殺意を・・・)」

ティファは森の中で出会った時の凄まじいまでの彼の怒りと悲しみを思い出し、納得した。
しかしそこでもうひとつ思い出したことがあった。
彼の妻にあたるエルフ、フェリジアという名の女性に対しても同じように、いや、それ以上の殺意を抱いているラファエルに疑問を抱いた。
それもどこか矛盾や戸惑い、或いは迷いを感じさせる彼の言動に。

「エルフとダークエルフってのは異種族じゃないのか?」

アルバートがふとそんな疑問を口にした。
先ほどから徐々に落ち着きを取り戻しつつあるラファエルがその疑問に答える。

「今では異種族として扱われているが、元はひとつの同じ種族だったんだ。永い歴史の中で、白い肌のエルフと黒い肌のエルフが決別しただけだ。」

簡単な説明をしたが、おそらくヒューマンの間に伝えられている歴史、もしくは伝説などは多少歪んで伝えられているのだろう。
元は同じ種族だった、という事実はアルバートはおろか、ティファも知らないことであった。

「じゃあ、アンタも精霊魔法とか使えたりするのか?」

続けて問うアルバートに、ラファエルは少し考えたように答えた。

「・・・修行次第では可能だろう。少なからず素質に左右もされるだろうが・・・。ヒューマンにも魔法使いやナイトがいるのと同じようなものだ。
ただ、もう永く『異種族』として固定されてきた。すでにエルフとダークエルフは独立した種族として考えてもいい。つまり、ダークエルフが4大精霊と契約を交わす、ということは考え自体思い浮かばないことだろうな。」

エルフはエルフとして、ダークエルフはダークエルフとして、それぞれの生を生きていく。
歴史があり、文化が生まれ、環境が成り立ち、それらを経由してひとつの種族はふたつに分かれたのだ。

「方向は違えど根源は一緒、ってことか。」

今まで知ることのなかった真の歴史を知り、アルバートは腕を組んで感慨深げに頷いた。

「元が同じ種族だから、婚姻はできるということですね?」

ティファがやや控えめに訪ねる。
それに対し、「そうだ」と短く頷いてラファエルが答える。

「でも、今では異種族として完全にふたつの種が独立している・・・。それでも婚姻することで種族間の問題は無かったんですか?」

ティファの疑問は簡単な内容に聞こえるが、その問いにラファエルはどこか複雑な表情を浮かべた。

「・・・すでに異種族として成り立ったそれぞれが婚姻するには、少なからず問題はある。それは、ふたつの種族が違う環境で発展していったために生まれた、一種のルールのようなものだ。」

目を瞑り、どこか懐かしいものを思い浮かべながらラファエルが言葉を続ける。

「ダークエルフ側は修行を終えると外の世界へ出ることを許され、故郷から旅立ち一人で生きていく者が多い。対してエルフ側は種族同士の繋がりが強く残っている。それは上位種と呼ばれるほどの力を守り、悪用されないためでもあるが。それほど種族間の絆の強いエルフが異種族と婚姻をするとなると、ひとつの条件が科せられる。」

そこで薄く目を開き、静かに言葉をつなげた。

「それは・・・エルフ界からの追放・・・。あいつは、俺と共に生きることを選んだ・・・。」

ヒューマンである二人には、エルフが自分の生まれ育った環境を追放されることがどれほどのものか想像することも難しい。
しかしラファエルの話を聞く限り、それがいかに重大なことで、苦悩することであるのか薄々と感じ取ることはできた。
種族との絆を断ち切り、一人の相手との絆を選んだエルフ。
二人の絆が相当深く強く繋がっていることは容易に理解することができる。
その二人が今では殺し合いをしている。
ラファエルの心中はいかほどのものか。
それほどまでに強く繋がっていた妻に対しての彼の殺意は何故なのか・・・。
その答えは、続くラファエルの言葉で明らかとなった。

「異種族である俺達は、誓いを交わした。」

そこで言葉を句切り、ラファエルはふいに自分の胸元を開けた。
衣服の間から厚い胸板が露わとなる。
そこには、ちょうど心臓の位置に十字架を逆さにしたような十字の傷が刻まれていた。

「!それは・・・」

ティファが息をのむ。
ティファとアルバートにも見覚えがあった。
それは魔物に取り込まれたエルフ、ラファエルの妻であるフェリジアの胸に刻まれていたものと同一であった。

「・・・古くから伝えられている誓いの一種だ。聖剣で互いの心臓の位置に逆十字を刻むことで、それぞれの命を相手に捧げる意味を持つ。
・・・それは、自分が死ぬ時は相手の手で命を絶ってほしい、という願いの意味もある・・・。」

「そんな!!」

突然、ティファが声を上げた。
ラファエルが視線をやると、悲しそうな瞳で見つめ返していた。
うまく言葉にできないのか、何かを言いたげに唇が震えている。
ティファが抱いていた最大の疑問である、妻に対する凄まじいまでの彼の殺意はこれだったのだ。
しかし理解はできても納得することができない。
アルバートも納得のできないものがあるが、異種族である二人の絆の間に意見を口にすることができない。
ティファとアルバートは男女の違いからか、ティファは二人の強い愛から生まれる殺意にどうしても納得がいかず、アルバートはラファエルの苦悩と決断に反論することができず、感情を押し殺しているように見える。

「・・・きっと、なにか方法があると思う・・・。彼女を助ける方法が・・・!」

やっと声を絞り出し、悲しそうにうつむくティファの足下に、一粒の雫がこぼれ落ちた。
ラファエルにはその優しさがありがたく感じる。
しかし彼も考えて考えて、苦悩し、絶望を超えて、最後の愛を証すために彼女を手にかけることを選択したのだ。
このまま彼女の姿で魔物として徘徊し、彼女の姿が真に魔物と化してしまうのであるならば・・・。
いっそこの手で、と。

ティファの涙は彼女自身の心をそのまま現している。
彼女は裏表なく、ただ力になりたいと願っているということはよくわかる。
この二人のヒューマンは真摯な気持ちで自分に接し、また溢れんばかりの優しさで触れてくれる。
それが素直に嬉しく感じる。
しかしそれが行きすぎるのか、無鉄砲な行動や無謀なこともしたりする。
ラファエルはティファに追従しているアルバートの苦労が窺え、わずかに口元が綻んだ。

そう、あの時もそうだった。
森の中でヤツに追いつめられたとき・・・
居ても立ってもいられなくなったのだろう。
無意識に矢を放っていた。


そうだ

あのときの一条の光に俺は救われた。

何故あの一本の矢で助かることができた・・・?

あのときヤツに何が起こった?

彼女が放った矢が、ヤツになんらかの影響を・・・?



ラファエルの表情にかすかな驚愕が浮かぶ。
なぜそのことを忘れていたのだ。
森の中での映像が目まぐるしくラファエルの脳裏を駆け巡る。
そうだ。
ヤツは、彼女の放った一本の矢に怯んでいた。
ラファエルの様子が違うことにアルバートが気付く。

「どうしたんだ?」

怪訝な表情で訪ねると、ラファエルの目には先ほどとは違った強い光が宿っていた。

「勝機が、あるかもしれない。」

その言葉には一種の覚悟と決意が宿っていた。
アルバートは驚愕の表情で、顔を上げたティファはどこかきょとんとした表情で、それぞれラファエルを見据えた。


周囲は少しずつ影が伸び、日が徐々に赤く染まってきていた。

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2007年08月05日

19:魔物の正体

太陽が少しずつ傾き、影がその姿を徐々に長く伸ばしはじめている。
魔物達の巣窟と化した不吉な森を出た平地に、使い古されたテントが設営されていた。
その側には火が焚かれ、くべられた薪がぱちぱちと乾いた音を奏でている。
そして、それを囲む三人の人影。
二人はヒューマンの男女、もう一人は闇色の肌と月光の色の髪を持つダークエルフだった。

三人は簡単な食事の後、それぞれの持つ情報を交換しあっていた。


「俺達が持っている情報はそれほど重要なものとは思えない。人から人へ伝わってきた噂がほとんどだ。」

ヒューマンの男性、アルバートが少々の疲労感を浮かべた表情で語った。

「『人の姿を真似た魔物が出た』やら『冒険者達が全滅した』やら・・・どれもこれも事の真相には程遠いものばかりだ。」

ここで一度言葉を句切り、視線を斜め向かいに腰掛けるダークエルフの男、ラファエルに向けた。
その視線に気付き、アルバートに言葉の続きを促す。

「その中で・・・ひとつ気になったものがある。『魔物達の群の中に、綺麗な女がいた』というものだ」

ラファエルの態度に変化は見られない。
構わずアルバートは言葉を続けた。
ティファは二人を視界に入れ、静かに話を聞いている。

「厳密に言えば、その情報だけでは何も違和感はなかった。それはおそらく、数ある魔物の中の一匹だろう、と。しかし、森でその女に遭遇したことで違和感は確信になった。」

ラファエルに向けられるアルバートの視線がやや鋭くなる。
微かな感情の変化を読み取ったのか、ラファエルとティファの間でくつろいでいるハイウルフ、セロの耳がぴくりと動いた。

「今回の事件の黒幕・・・中心にいるのは間違いなくあのエルフの女だ。そしてラファエルさんよ・・・失礼だが、あんた何か関係があるんだろう?」

静かに、しかし鋭い言葉がラファエルに投げかけられた。
アルバートとティファ、二人の視線がラファエルに向けられる。
アルバートは自分の言葉が間違いなくラファエルの持つ真相に近いことを実感していた。
それはティファも感じていたことだった。
そのためか、二人はラファエルの発言を促すことはなく、静かに待った。
彼の口から語られるであろう真相を。
ラファエルは目をつむり、しばらくの沈黙が訪れる。


ややあって静かに目を開けたラファエルの瞳にはどこか決意めいたものが伺える。
そして感情を抑えたように語り始めた。

「・・・まずは、敵である魔物を知ることが必要だろう。人の姿を真似る魔物・・・奴らの名は『ドッペルゲンガー』、その正体はスライムの亜種で粘体の魔物だ。」

まず彼が語りだしたのは魔物のことだった。
街を襲い、三人が屠り続けてきた正体不明の魔物。
二人のヒューマンは静かに彼の話を聞き入っている。

「・・・奴らにはほとんど知能がない。本能のまま獲物を貪るだけだ。獲物を体内に取り込むことで奴らは力を得る。そして三段階に成長する能力を持つ。」

ラファエルが語るには、一段階目はスライムと同じ姿形をしており、地面を這いずるように蠢き、本能のまま獲物を取り込むだけの存在。
二段階目は、ある程度力をつけた者が人型に変化する。
その姿は人に「近い」だけで本来の人の形からはかけ離れている。
人の姿を真似るための準備にすぎない。
しかしこの段階から少しずつ知能が身に付き、群を成すこともある。
さらに力をつけた者が三段階目に成長する。
最終形となった魔物は、見た者の姿を完全にその身に再現する。
髪の毛の一筋から服のシワまでも忠実に。
しかし服などの装飾品は実際にそれを着用しているのではなく、ただその形のみを再現しているだけにすぎない。
そのため、服のように見えるのは表面だけでその内部は魔物の腸と体液が詰まっているだけである。
言うならば、服のような皮膚ともいうのが妥当かもしれない。
しかし恐るべきはその再現能力であり、外見から魔物と判断することは非常に困難である。
最終形態となった魔物は幾ばくかの知能と力を持ち、俊敏な動きも可能となる。


「なるほど・・・たしかに実際見るまでは信じられなかったが、俺達はあらかじめ人の姿を真似るって情報を持っていたからな。たとえ村人の姿でも、森の中で不自然にうろついてれば確信を持ってぶった斬れたワケだ。・・・眉唾もんの情報も捨てたものじゃないな。」

アルバートが溜息混じりで森の中で魔物を斬り伏せたことを思い出す。
魔物であることが確信できていても、村人の姿を斬ることには抵抗もあった。
その姿で新たな獲物を探し求めるのであろう。

「・・・しかし、ヤツだけは違った。」

ラファエルの声に、僅かに殺気が篭もる。
しかしその響きはどこか切なく、悲しいものが含まれていた。

「最初は無力で知能もない、ただの魔物だった。しかしヤツは力を得るにつれ、より大きな力を感じるようになった。そして、ヤツはその力を見つけると、体内に取り込むのではなく・・・同化することを望んだ。」

明らかに口調の違うラファエルにやや気圧されながら、二人は静かに耳を傾ける。
太陽はすでに頭上から大きく横に移動しており、数刻もしないうちに訪れるであろう闇を示唆していた。

「・・・ヤツは明らかに、他の同種の魔物と違っていた。言わば、『変種』だろう。偶然見つけた力と同化することで、ヤツは強大な力を得た。」

ラファエルの指す「ヤツ」とは誰のことなのかは、二人のヒューマンは薄々気付いている。
そして、その正体はラファエルがこれから話すであろう真相であることも。
再び沈黙が訪れる。
ラファエルは少し俯き、ゆっくりと続きを口にした。

「ヤツは上位種と同化して力を得た。それが・・・お前達も見たエルフの女だ。」

ラファエルは続ける。
ゆっくり、はっきりとその真相を。
今回の事件の黒幕であり、中心である女の正体を。

「・・・ヤツが同化した上位種・・・エルフの名は、フェリジア・・・。」

最後に少しの間があり、何かを思い出すかのような表情で、静かに目を閉じて言葉を続けた。

「・・・俺の、妻だ」

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2007年06月15日

18:一時の休息

徐々に瞼を持ち上げると、目に入ったのは濃く深い緑色だった。
それは厚い布であり、テントの屋根であることを把握するまでしばらくかかった。
自分の置かれている状況を確認する。
上体を静かに起こすと頭の奥を叩くような鈍い頭痛がある。
まだ思うように働かない頭を押さえながら周りを見渡す。
自分が横たわっていた右隣には防具と武器が揃えて置いてあった。
左隣にはテントの中仕切りであろう布が天井から垂れ下がっており、テントを中央でふたつに仕切っていた。
その向こうから微かな寝息が聞こえてくる。
無意識に右手が動き、横に置いてある装備の中から一本のスティングを取りだし静かに身構えた。
寝息の主に悟られぬよう、そっと仕切り布を少し開ける。
そこに横たわっていたのは一人の男のヒューマンだった。
見覚えがる。
森の中で出会った青年だ。
知らず、警戒を薄める。
おそらく害意はないだろう。
こちらから攻撃する理由もない。
まだふらつく体に顔をしかめながら立ち上がり、テントから出た。

太陽はすでに高く上がっており、眩しさに目を細める。
テントからやや離れたところに、焚き火にかけたれている鍋が目に入った。
そこからほのかに食欲をそそる香りが漂う。
そしてその横には石に腰掛けた女性の姿。
女性の足下にはセロが、目を瞑って前足を組み、そこに顎を乗せた姿でくつろいでいる。
女性はそっとセロの毛並みを撫でている。
こちらには気付いていないようだ。
先にセロが気配に気付き、耳を動かした後、ゆっくりと首を上げて視線を向けた。
その視線を追って、女性もこちらに気付くと、優しげな微笑みを浮かべた。
森の中で出会ったヒューマンの女性だ。

「体の調子はどうですか?」

「・・・問題、ない」

返答に詰まりながらも、そう答えた。
彼女は問いかけながら、鍋の料理を木で拵えた皿に盛る。
いつの間にか警戒心もなくなり、自然と近くまで足を進めていた。

「・・・ここは?」

彼女に問う。

「私達がキャンプしている所です。森から出て、街からもそう離れていない場所ですよ。・・・どうぞ」

説明しながら皿を差し出した。
礼を言って受け取ると温かい湯気を伴っていい香りが立ち昇る。
促され、対面に置かれた椅子代わりの石に腰掛けた。
セロは先ほどと同じように首を降ろしくつろいだ姿勢になった。
彼女の言葉通り、テントの後方には森がその暗い入口を開けており、反対方向にはそう遠くない所に街の外壁が見える。
こちらに視線を向ける彼女の眼差しは、少なからずの好奇心と、幾ばくかの不安の色が浮かんでいる。
が、なぜか警戒するような気配はなく、むしろ全てを包み込むかのような優しさと慈しみに溢れていた。
その目を見ていると、全てを見通されているような錯覚にも陥りそうになる。

昨日のことを思い出すと、結果的には彼女の無謀な行動に助けられたことになる。
しかしその後の記憶が欠落している。
どのような経緯で、なぜここにいるのか・・・。

「俺は・・・あの後気を失ったのか・・・?」

彼女は小さく頷く。

「・・・彼が、運んでくれたのか・・」

テントの中で寝息を立てる青年を思い出す。

「あの子も手伝ってくれましたよ」

彼女がセロに視線を向けた。
目を細め、優しく微笑む。
その後こちらに向き直り、言葉を続けた。

「エルフの女性が森に姿を消し、魔物達も全て森へ消えた後、貴方はその場に倒れました。・・・何日も不眠不休でいたんじゃないんですか?」

やや眉をしかめている。
昨日出会ったばかりだというのに、こちらの身を案じ、食事まで振る舞ってくれている。
この女性は慈愛に満ちあふれている。
ヒューマンという種族は全て、こんなに他人に甘く優しい存在なのだろうか?
彼女が不安げに言葉を続ける。

「・・・料理、口に合いませんでしたか?大したものはないですけど、まずは体を休めたほうがいいですよ。」

あまり経験のない独特の優しさに触れ、少々戸惑った。
一口二口温かいスープを口に運んだ。
美味い。
知らず、顔が綻ぶ。
途端、ぱっと彼女の顔が晴れやかになり、安堵の表情を見せる。
先ほどから不安げにしていたのは、料理が口に合うかどうかが理由だったらしい。

「昨日は、ありがとうございました。」

礼を言われた。
なんのことに対するものかわからず、彼女を見る。

「私たち二人で手に負えなくなっているところを、助けてくれましたね。」

彼女の視線がセロに向く。
特に深い意味はなかったのだが。
セロには「ヤツ」の相手は荷が重く、ヒューマン二人が多数の魔物を相手にするのも荷が重いと判断しただけだ。

「・・・礼を言わなければならないのは・・・俺だ」

「え?」

この女性に救われたのだ。
そして、恐らく自分をここまで運んでくれたのであろう連れの青年に対しても。
かなりの距離があったはずだ。
それを人一人抱えて運んだのだから疲労するのは当然のことだろう。
皿を両手に持ち、俯いた。
彼女に向き直り、正面から目を見た。
脆弱だと思っていたヒューマンに助けられた。
しかし、強い。
強く、優しく、勇気を持ち、慈愛に満ちた種族だ。
彼女の目にも、力強い光を感じ取ることができる。

「・・・ありがとう・・・」

小さく礼を述べた。
彼女は相変わらず、優しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたままだった。
しかしどこか嬉しそうに。


ちょうどそのとき、後ろで物音がした。
見ると、太陽を眩しそうに目を細め頭をかきながら、それまで寝ていた青年が出てくるところだった。
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2007年05月30日

17:彼女の名

エルフは衣服の胸元を開け、眩しいほどに美しい肌を晒す。
そこには美しさとは不釣り合いな、しかし醜さを感じさせない十字傷が刻まれていた。
その傷に愛おしそうに触れるエルフは、怒りに身を震わせるラファエルに向かって話しかける。

「はっきりと覚えているわ・・・二人で誓った永遠を・・・」

ラファエルからの殺気が一段と激しく膨れ上がるのが明らかに察知できる。

それは、二人から離れた場所にいるティファとアルバートにもはっきりと感じ取ることができた。
五感の鋭いハイウルフであるセロは毛を逆立て、自分の主に恐怖を抱いているようであった。

「なにが起こってるんだ・・・!?」

アルバートが魔物を両断して呟く。
はなれた場所にいるために、エルフとラファエルの会話をはっきりと聞き取ることができない。

「動きが止まった?・・・あの二人、なにか因縁があるの?」

ティファも二人の人外に視線をやり、思わず手を止める。
エルフとアルバートはお互いの間合いの外で視線をぶつけ合い、その動きを止めたままでいた。

「・・・あなたは、なにか知っているの?」

ティファがセロに視線を移し、訪ねるように言葉をかけた。
しかしセロはその言葉には答えず、苦悩するように低く呻るだけだった。



ラファエルの精神が怒りに塗り尽くされる。
視界が狭まり、周囲の風景が薄れていく。
今視界にあるのは目の前に立つエルフの姿だけだ。
意識が暗い殺意に染まっていく。
自分の中が黒く黒く埋め尽くされていくのがわかる。
自分でも恐ろしいほどの殺意が沸き起こる。
殺気を抑えることができない。
両手に装着された爪が、さらに残酷な輝きを増して鈍い光を宿す。
静かに、一歩を踏み出す。
まだ遠い。
一瞬にしてこの間合いを詰めるにはあと三歩必要だ。
エルフは動きを見せていない。
あと三歩。
エルフがこちらに視線を向ける。
だがまだ動く気配はない。
あと二歩。
エルフが動こうとしている。
左手をこちらに向けている。
だがもう遅い。
あと一歩。
何を笑っている。
何をしゃべっている。
もう無駄だ。
次の瞬間には貴様を貫く。
覚悟しろ。
その姿を、その声を、その記憶を俺から奪ったことを後悔しろ。
懺悔の時間など与えん。
一瞬で終わらせる。
・・・間合いに入った。
そこから動くな。
今こそ返してもらうぞ。

ラファエルの動きは、常人では捉えることはできないものだった。
およそ一足では飛び込めないであろう距離を、一瞬にして無くした。
エルフの懐へ飛び込んだラファエルは、感情の欠落した表情のまま右手に力を溜める。
そして、強力な闇を帯びた爪がエルフに遅いかかった。

油断ではなかった。
怒りで自分を見失っていたのか。
あまりの殺意で周囲の全てを排除していたのか。
ラファエルの爪が貫いたのはエルフの体ではなかった。
いつの間にか二人の間に割って入ったのは、一匹の名も無き魔物。
少なからず狼狽を隠せなかった。
普段なら絶対にあり得ないことだ。
目の前に現れた魔物の存在に気付かなかったのだ。
おそらくこの魔物が判断した行動ではないだろう。
エルフの仕業に違いない。
奴は他の魔物さえ操れるというのか。

一瞬だがラファエルの動きが止められる。
その一瞬の隙に、複数の魔物がラファエルの体を拘束した。
右手は最初の魔物を貫いたまま捕まれていた。
魔物達に捕らわれ、そのままラファエルはエルフの前に跪く形となった。
魔物達に拘束されたラファエルの四肢がぎりぎりと軋む。
その様子をエルフはさらに楽しそうに、嬉しそうに微笑みながら近づいてくる。
エルフはいつの間にか右手の武器化を解いていた。

「・・・捕まえた・・・」

一層の熱を帯びた声でラファエルに近づいてくる。
そしてラファエルの胸元に手をかけ、衣服を開けようとしている。
その表情は相変わらず恍惚とし、夢を見ているかのようにも見えた。

ラファエルに手が触れる直前。
彼の衣服に伸びるエルフの手が止まる。
今まで優しい微笑みを浮かべていた表情が無くなり、目に冷酷な光が宿る。
そして空気を切り裂く一閃の光。
その正体はエルフに向けられて放たれた一本の矢であった。
しかしエルフはその矢を視線を移すことなく左手で掴み取る。
そして明らかな怒りを伴ってその相手へと視線を動かした。
その視線が突き刺したのは一人のヒューマン。
離れた場所で、自分の攻撃が通用しなかったことに驚きを隠せないでいるようだった。

ティファは無意識のうちに放った矢があっさりと防がれたことをにわかには信じられなかった。
エルフから、凄まじい怒りの波動を感じる。
いかに離れた場所にいるとはいえ、これほどの殺気を受けたのは初めてだった。
体中の血が冷え切るような感覚に襲われる。
全身から汗が噴き出る。
震えが止まらない。

「・・・邪魔をするな・・・!」

静かな怒りをティファに向ける。
先ほどまでとは全く違う、明らかな感情がティファの全身を貫く。
しかし次の瞬間。

「・・・!これはっ!?」

エルフの表情が驚愕に歪む。
矢を掴んだ左手を見た。
僅かに湯気を上げ、火傷したかのようにただれていた。
矢を地面に落とし、得体のしれぬ物に対する警戒が生まれ、矢から離れた。
脆弱なヒューマンに、少なからず動揺を与えられたことにさらなる怒りが芽生える。

「貴様・・・」

エルフの視線に捉えられたティファは膝が震え、力なくその場に座り込んでしまった。
アルバートが駆け寄り、その頼りなげな体を支える。
ティファの恐怖が最高潮に達するかの時であった。

「・・・運がいいわね・・・もう時間だわ」

エルフの表情から怒りが薄れ、皮肉を含んだ笑みを口元に浮かべる。
いつの間にか空は白み始め、夜明けを知らせていた。
エルフは再び優しい表情でラファエルに向き直る。

「また逢いましょう、ラファエル」

優しい響きの言葉を残して森の中へと歩いていく。
魔物達がそれに続く。

「・・・待てっ・・・!」

ラファエルが喉の奥から絞り出すような声を出す。
そして彼を拘束していた魔物達も彼女の後に続く。
魔物達から解放されたものの、四肢に力が入らずぎしぎしと軋む。
よろよろと立ち上がりエルフの後を追おうとするが、それすらできぬほどに消耗していた。
やがてエルフの姿は微かな笑い声だけを残して森の闇の中へと消えていく。

「待てぇ!!」

二、三歩前へ出るが木に手を付き、悲痛な叫びを上げるにとどまる。
太陽が昇り始め、森の闇が徐々に払拭されていく。
暖かい光に包まれる中、ラファエルの声が木霊した。

「フェリジアァァァァァ!!!」

おそらくあのエルフものであろう名を天に向かって叫んだ。
その声には、言いようのない憎悪と、怒りと、悲しみが含まれていた。
posted by ラストエフ at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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